第29話 喜ばれよう!
「あぁ~ はふ~ん はぁ~ん」
孤独な遊戯が終わった後のお風呂は最高なのではないだろうか。全身に行き渡ったお湯が疲労を回復させていく感覚。もしくはこの湯に含まれている成分が身体に染みこんでいるようだ。
(温泉ではないんだけど…… 温泉のように感じる…… この世界のお湯は凄い)
プラシーボでも良かった。なぜならそう感じているのは他の誰でもない自分だから。本当に気持ちが良い。
(……それにしても危ない。エルフがもし匂いで身籠もる種族だったら俺どうしよう。……どうしようも何もないな。彼女たちの方がどうしようと思うハズだ。俺が……社会派紳士の俺がしっかりしていないと)
これからの事を不安に思うが、まず自分がしっかりしていないと二人も助けられない事を理解し、もっと社会派紳士である事に気を引き締めて生きていこうとお風呂で誓った日になる。
風呂から上がり屋根裏部屋へと向かっていく。段々と階段を上がって行くにしたがって、楽しそうな声が軽やかに聞こえてくる。
天板兼床板を屋根裏部屋に上げっぱなしにして、二人とも階下に足を放り出して酒を飲んでいるようだ。
(正直ネピアの足を引っ張ってビビらせてやろうかと思ったが、お腹の中にいる赤ちゃんに何かあったら大変な事になるな……こういうところも紳士でいこう)
「おっ! おかえり~ はよ飲もう!」
「おかえりなさ~い! 今から用意しますね~」
屋根裏部屋から顔を出し手を振ってくる二人。大変上機嫌に見える。そのまま階段を上がって行き俺も階下に足を放り出して座る。
「はい! クエルボです!」
「あっ…… あぁ…… ありがとう」
(風呂上がりにテキーラをショットか……)
「おぉ~ 旦那~ いきますねぇ~」
ほろ酔いで一番楽しそうな時間を謳歌しているネピア。ネピアはどうも酒を飲むと距離感が近くなるようだ。ずいずいとこちらに躙り寄りながら笑顔でお猪口をショットグラスに向けてくる。
「「「 かんぱ~い!!! 」」」
文字通り器を空にする。今度はネピアがお猪口を俺に手渡し、ショットグラスはエルモアがタイミング良く持っていってくれる。
「覇王もうんまいよ~」
「おぉ…… こいつは楽しみだぜ。やっぱ清酒かな~」
「……クエルボは楽しみじゃなかったんですか?」
二杯目を用意していたエルモアが悲しそうな表情をしながら一旦ショットグラスを置き、片手でクエルボの瓶を持ってもう片方の手で寂しそうに撫でている。
「いっいやっ! そうじゃないんだ! 覇王は売れ線みたいで、しかも在庫これだけだったからちょっと興味あったんだ! だからクエルボも楽しみにしていたよ!」
「そうですかっ! そうですよねっ!? そうなんですよねぇ~! よかったね~ いっぱい飲んでもらおうね~」
何やら嬉しそうにクエルボの瓶に向かって話し始めるエルモア。俺は完全に選択肢を間違えたが、エルモアの嬉しそうな顔を見ると満更でもないかと苦笑するが後に後悔する。
(覇王はどれ…… ほう。これは水みたいにスッと喉に入っていくな…… だがクエルボの刺激が強すぎてそう感じている可能性も否定出来ない…… うぅ…… 最初に飲みたかった……)
「うんまいかぁ~? うんまいよなぁ~!」
(……うらやましい。正直ネピアが羨ましい)
「あぁ。美味い。ネピアがもっと買おうとしていた気持ちが分かるな……」
「でっしょ~ なんて初めて飲んだんだけどね~ あははははは~」
「タロさんタロさん! ささっ! こちらもどうぞ!」
追加ショットかと思い若干身体が強ばるが、直ぐに通常状態へとシフトする。エルモアが手にしていたのは小皿に盛り付けた漬け物だった。
「あれ? もう漬かったの?」
「いえ! 市場で売っていたので本日分として購入してきました!」
「なかなかの味よ! でもウメさんには勝てる人はこの世界には一人しかいないっ!」
(女王様って漬け物もやるのか……)
「まぁ…… 頂きます…… うん。普通に美味いな」
「でも…… ウメさんの方が美味しい」
先ほどのテンションは何処へいったのか、少し寂しそうに話すネピアを見て俺は故郷を思う自分と重ね合わせてしまった。ウメさんやヨヘイさんはこちらで出来た心許せる数少ない人たち。それも一番最初にだ。
でもこの世界に来る前は俺にも帰る場所はあったんだ。そしてこの二人にも存在する。この現在の世界に存在する二人の故郷。俺は一日でも早く二人を帰郷させてやりたいと思った。
「ささっ! 先ほどはライムをご利用されていなかったようですから…… はい!」
「あっ…… あぁ…… ありがとう」
(やっぱり…… これ開けるまで寝れないのかな……)
「…………(パクッ)(クイッ)」
「タロさんはいいですね~ それでは私もいかせていただきましょう!」
すると俺からショットグラスを受け取り、そのグラスに直接クエルボを入れる。ライムを多めに頬張り、ゆっくり咀嚼すると勢いよくショットを身体に流し込む。そして指にのせていた塩を舐め取って一息ついていた。
「はいはい! 今度は覇王ちゃんだよ~! タロー!」
「あっ…… あぁ…… ありがとう」
(ま…… まぁ…… 覇王は美味いからな……)
「……(クイッ)」
「いいねいいね~ タローは飲むね~ そんじゃ私も飲まなきゃねぇ~」
すると俺からお猪口を受け取り、そのお猪口に直接覇王を入れる。いくつか漬け物を頬張り、味を堪能してから味わうように覇王を身体に流し込む。
「あっ! タロさんタロさん! すいませんでしたっ! ライムの事ばかり考えていてお塩のことを失念しておりましたっ! さぁさぁ! ご用意しましたのでどうぞっ!」
「あっ…… あぁ…… ありがとう」
(えっ!? 同じペースでテキーラを!?)
「…………(パクッ)(クイッ)」
(あれっ? 塩は?)
するとエルモアが、自分の左手の親指と人差し指の付け根の部分にのせた塩を俺に差し出してくる。
「どうぞ!」
「……(ペロッ)」
「あっ…… なんだかくすぐったいですね……」
(俺もなんだか…… こそばゆいな)
「タロー! 覇王まだまだあるよ~」
またしてもネピアからお猪口を渡される段になって、一度流れを断ち切る事を決意した。
「おう! ありがとう! だが、ちょっと待ってくれ……飲みたくない訳じゃない。少しゆっくり飲みたい。二人とも話したいしな」
「ふ~ん。しゃべりたいの~? ね~? しゃべりたいの~?」
「……あぁ。二人が凄い飲むのはこないだの酒場で分かったけど、それにしても今日はハイペース過ぎないか? というより、俺に飲ませ過ぎだろう? まぁ……二人も同じだけ飲んでるけどさ」
「それはそうですっ!」
「なんででしょうかね? エルモアさん?」
「うれしいです! うれしいんですよ! うれしかったんですよ!」
「そうよ! そうなの! そうなのですよ!」
エルモアが敬礼しながら立ち上がって宣誓するのを見て、同じようにネピアが同じような言葉遣いで真似をする。
「市場で漬ける野菜が買えたからか?」
「それもあります!」
「ある!」
「はぁ」
エルモアがたまに使う「はぁ」という返事を俺もしてしまった。彼女もこんな時にこの返事を使っているのだろうか。
「他にあるのか? ネピアは何か他にも買っていたよな」
「買った!」
「ネピア買った!」
「はぁ」
(……エルモアは買ってないのか)
「……酒か」
「飲んだ!」
「飲みました!」
「はぁ」
(……飲んだなぁ ……十分なぁ)
「……」
「……」
「……」
(……えっ? あっ…… 酒って事?)
「旦那~ そんなにじらすなんてぇ~ ネピア困っちゃうのぉ~」
「タロさんはいけない人ですね~」
(……もうちょっと俺も飲まないと酔いに差があって対応に困るな)
「オラぁ! もっと酒よこせぇ!?」
「「 は~い!! 」」
もうどうにでもなれと言わんばかりに俺も二人に倣う事を心に決めた。何せ俺が風呂に入る前から飲んでいるんだ。俺が彼女らに追いつく必要がある。
(行くぜっ! ブーストアップ! 押し込めっ!)
「(パクッ)(クイッ)(ペロッ)」
「(クイッ)」
「「 おぉ~ 」」
(アホ丸出しだけど…… アホだも~ん! うぇ~い!)
「チョリーッス!」
「えっ?えっ? 何それ~? タローもう一回いって~?」
「チョリーッス!」
「チョリーッス!」
「チョリーッスッス!」
「「「チョリーッス(ッス)!」」」
「うぇ~い!」
「うぇ~い!」
「(パクッ)(クイッ)(ペロッ)」「(パクッ)(クイッ)(ペロッ)」
(エルモア! すげぇ! ショット二回連続かよっ!)
そこまで酒が強くない俺はブーストアップしなくても、少し時間が経てば彼女ら以上に酔っ払えたのだが、それに気づく事もなく酒を入れてしまう。
「あぁ~ 効くわ~ 明日の仕事考えられないな~ もうかなり酔っ払ってきたぜ~ あぁ~ 寝落ちしないように飲み続けるかぁ~?」
「……」
「……」
(あっ…… 飲んでる時に明日の仕事なんて言っちまったから素に戻ったか!?)
「……その、ね? ありがとう。うれしかったよ。このプレゼント」
「……私も本当にうれしかったです。ありがとうございます。大事にしますね」
二人はそれぞれ文字の入ったお猪口とショットグラスを大事そうに抱えてそう俺に伝えてきた。風呂場で色々な事を考えていたらすっかり二人に渡していた器の事を忘れていた。
(それで飲んでいたというのに…… まっ、喜んでくれたからいいか)
「そうか。道具も使ってくれた方が嬉しいだろうから、これからも晩酌よろしくな。でも飲み過ぎには注意な。二人は大丈夫なのかもしれないけど、なんでも過ぎると良くないからさ」
「うん。そうだね」
「は~い」
「なんだか説教くさくなっちまったな。切り替える為に飲むか!?」
「「チョリーッス(ッス)!」」
俺たちは明日の朝に後悔する事は分かりきっていた。だけど、それでも自分の気持ちや仲間の気持ちに応えてやりたいと思ったからこそ、これからアホのように酒を飲み続け、起きるまでに分解出来ない量のアルコールを摂取する事を決めたのであった。