第28話 考え抜こう!
俺は堪能していた。いや、堪能し終わったのではあるが、また堪能しているのである。その名は余韻。この屋根裏部屋で一人きりになり、個人作業という名の瞑想を終了した。今は風情がある余韻に浸っている。
個人作業自体はすぐ終わってしまったが、何せ異世界で初となる試みだったので、身体に心地よい疲労感が伝わり、このような余韻に長く浸っているのである。
(フルマラソン走りきった後、地面に座り込んで少し経った時のようだ…… あぁ…… やりきった充実感……)
辺りを見回してももちろん誰もいない。あるのは俺らの少ない荷物と、今は特に存在感を示している「ロールの葉」だけだ。
この「ロールの葉」というのはロールという「木」から生えている葉っぱの事。この葉っぱが珍しい伸び方をしているようで、十~十五センチの幅で永遠に伸び続けるようなのだ。
(ありがとう…… この世界のティッシュの代わりよ……)
永遠に伸び続けると言うともちろん語弊があるのだが、このロールの木が生きている限り、毎日毎日、毎時間毎時間どころか、毎分、毎秒で伸び続けていく生命力溢れた植物なのである。
(緑色なのが気になっていたけど、それもなんだか自然って感じがして俺は好きだぜ。これからもよろしくな)
分かりやすく言うとトイレットペーパーが緑色になったという事だ。植物で自然のモノだから、さわり心地や大きさなどが均一ではないが使用には問題ない。
「ロールちゃん。よろしく」
俺はこれから何回も世話になる「ロールの葉」に対して心で思うだけではなく、ちゃんと声に出して自分の気持ちを伝えた。
(やっぱり言葉にするって大事だよな………… っ!?)
「お~い。まだ瞑想してんのか~?」
「……まだしてるんじゃないの? 待っててあげよう……ね?」
「あ~ 早く覇王飲みたぃ~」
(ヤバいっ!? どんだけ余韻に浸ってたんだっ!? 作業時間は数秒だぞっ!? とりあえず…… 丸めたロールちゃんは…… ポケットに入れるか)
「あっ……すまないな。既に終わっていたんだが、余韻に浸ってしまって、今開けるよ」
「おぉ~ よかったよかった。はようはよう」
「おじゃましま~す」
俺はそのまま床板件天板を開き二人を招き入れる。
「さっそく飲むぞ~ ……ん? ……何か ……すんすん」
「なんでしょう……? すぅ~ ……? これ……精霊たちがざわついています」
「……っ!?」
(ヤバいっ! 匂いが残っているのか!? 全く考えてなかったぁ!)
「……すんすん ……すんすん」
「すぅ~ ……?」
(マズいぞ…… エルフの生態なんて知らない…… どうやって交配するのかも…… もしこれで身籠もってしまったら…… 俺は匂いで身籠もらせた社会派紳士として一生十字架を背負って生きていかなければならないっ!)
「待つんだっ! すんすんしたり、クンカクンカしたり、すぅ~と深呼吸するように、ここの空気を吸ってはいけないっ!」
「どしたん?」
「なぜですか?」
「……その ……な、俺は過ちを犯してしまったんだ。この世界の事を強く思って結びつきを強くするなんて大きい事を言ったのに、実際は以前の世界を思い出してしまってこことリンクさせちまったんだ。この匂いは…… 俺のいた世界の匂いだ」
(考えろっ! 考え抜くんだっ!)
「あんたの世界はこんな匂いすんの? なんだか気になる匂いなのよねぇ…… すんすん」
「ネッピッアッ!! 待っつんっだっ!! いいかっ!? 以前の世界はこの世界に比べて空気が大変汚れているっ! 匂いというのは、匂いを出しているモノの匂い物質が鼻の中にある粘膜に溶け込んで感知されるんだ! もし俺にとっては問題ない匂い物質でも、ネピアやエルモアに問題ないとは言い切れないっ! だから絶対に、すんすんしたり、クンカクンカしたり、すぅ~と深呼吸するように、ここの空気を吸ってはいけないっ!」
「精霊が騒いでるのは……」
「そうっ! 危険を感じているんじゃないのかっ!?」
「ん~ そういうんじゃないのよね~」
「そうなんです。何というか…… たくさんの生命が生まれて…… そして一瞬で失われたような…… 儚い…… 何か……」
(くっそぉ! せっかく納得してくれるかと思ったのにぃ!)
「……これはあくまで俺の考えにはなるが、以前の世界の総人口は七十億人をゆうに超えていた」
「えっ! 七十億っ!?」
「そんなにいるんですかっ!?」
(よしっ! 喰らいついたっ!)
「そうだ。俺の瞑想時間が短かったとは言え、それだけの人がいるんだ。その瞬間にだって生き死にはあるさ…… もちろん平和じゃない国だっていくらでもあった」
「それで精霊たちが敏感になってしまったのでしょうか?」
「……断定は出来ない。だがあまりにも違い過ぎる情報は時としてエラーを起こす。こことは違い過ぎるんだ。さぁ…… もういいだろう。一度階下へ降りよう。なっ?」
「そこまでいうなら…… いいけど」
「じゃあ降りますね」
(やったぜ! オラぁ!!)
「大丈夫だネピア。すぐ換気するから…… 終わったら早く飲もう」
「そうそう! はようはよう!」
「じゃあここにいますね」
俺は全力で走り階下にいるザンさんに声を掛けて、脚立を借りてくる。そのまま屋根裏へ行き脚立を置き、勢いよく窓を開く。
すると心地よい風が窓から吹き込んできて、開いている出入口に向かって流れてゆく。これだけ風が通れば問題ないだろうと思い、二人を呼び込む。
「すまんな二人とも。結局、俺の瞑想のせいで迷惑をかけた」
「いいよ。もう終わったし。さぁ飲も~」
「私も~」
(……ふぅ。一時はどうなるかと思ったけど、なんとか上手くいったな)
「そうだ。俺はこれから風呂いってくるけど……二人がお酒飲むならこれ使ってくれ」
そう声を掛け二人に紙袋を渡す。多少飾り付いたものだが、プレゼントという程の飾りでもない。
「なんなん?」
「なんでしょう?」
「酒飲みながら開けてくれ……俺は風呂行ってくるよ」
そう言って俺はポケットにしまった使用済み「ロールの葉」のロールちゃんを思い出して慌てて階下に逃げ込むように、風呂に入りに行ったのである。
同時投稿でエラーしていました。申し訳ございません。