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第27話  瞑想しよう!


「そういや何を買うんだネピア?」

「漬ける野菜」

「そう言えばまだ何も漬けてないね。ネピアは何にするの?」

「そうね~」


 二人はウメさんから貰った、糠漬けを持っている。流石に室内に置いておける訳もなく、階下に間借りさせて頂いている。そして二人は一日交代で糠をひっくり返している。朝一と寝る前にに行いたいそうだが、ネピアはともかくエルモアは起きてから通常モードになるまでに時間がかかる。その為に仕事終わりに行っている事が多い。


「茄子、人参、白菜、どれを漬けても美味しそうだから困っちゃうよね~」

「そうだね~」

「「 ね~ 」」


 俺達は仕事終わりに旧市街にある市場に来ている。生鮮食品だけでなく雑貨などもあり、ここで大体の物は揃う。エルモアとネピアは漬ける野菜を熱心に選んでいる。流石に邪魔する気にはなれず、二人に声をかけてから酒売り場に向かう。瓶詰めされた清酒が並び、ネピアに一本買っていてやろうかと考えた。


(あいつ清酒好きだもんな)


 清酒好きなエルフがこの世界では普通なのかは判断出来ないが、漬物に合うという判断はこの俺にも出来た。


「おじさん。この覇王ってやつ一本下さい」

「はいよ。三千五百クイーンね」

「はい。ちなみにクエルボとか置いてあります?」

「テキーラは向かいの三軒隣だね。はいまいど」

「はい」


 指示通りの店にてエルモア用のテキーラも一本購入する。俺自身の買い物は特に思いつかなかったので、暇つぶしに酒用のうつわを見てまわる。


(色々なうつわがあるもんだ……)


 酒屋は種類によって店が変わっていたが、うつわに関しては同じ店だった。何気なく入った店ではあったが、いつの間にか真剣に選び始めていた。


(ネピアは清酒。エルモアはテキーラ。お猪口とショットグラスだよな)


 お猪口は色々な絵柄や文字が入っており、多彩な品揃えだった。もちろんシンプルな物もあったが、俺が気になったのはこのシリーズだった。五十音をひらがなでお猪口一つに対して一字ずつに書かれている物だ。

 百円ショップで自分の名前のハンコを探している気分で、ネピアの「ね」とエルモアの「え」を探した。


 陳列は適当でどこに何があるのかは探してみないと分からない。ジャンク品を漁るようにひたすら目的の品を探し始める。

 

(くっそ。「え」はいっぱいあるのに「ね」がねぇ……)


 念のため店主に聞いてみるも、出ているのが全ての在庫という事なので虱潰しに探す。もう殆ど見てしまったという時に、手につかんだお猪口が俺を当たりへと誘う。


(あったよ…… ネピアの「ね」 はぁ…… 意外に疲れたぜ……ん?)


 すると掴んだお猪口の状態を確認しようと、手をずらし出てきた文字は「わ」だった。


(くっそぉ! おしいっ! けどこれじゃあなぁ……)


 仕方なく可能性にかけて、一度見たお猪口をもう一度再確認する。そんな姿に心を打たれたのか、この店の店主もまた在庫がこれだけなのか見て回ってくれ、このシリーズの在庫を奥に隠れていた箱の中から見つけてくれた。


「すいません…… わざわざありがとうございます」

「いいよ。俺もなんだか「ね」だけが無いのが不思議でさ。確か前に発注かけたんだけどなぁ」


 そう言いながら新しく出してきた箱を開けると店主が微妙そうな顔をしてきた。もしかすると別の商品が入っていたのかもしれない。


「やっぱありませんでした?」

「……いや。ありすぎた」

「?」


 開いた箱を店主側から覗き込むと同じ字が記載されているお猪口が満たされていた。「ね」。全て「ね」だった。もしかすると、「ね」が無くなって発注をかけたら、数を間違ってしまったのかもしれない。


「ま、まぁ……良かったねお客さん」

「は、はい。ありがとうございます」


 俺は「ね」と「え」が書かれているお猪口を一つずつと、二つのシンプルなショットグラスを合わせて購入し、それぞれ綺麗に包んでもらった。

 ほどなくして時間を潰すように酒売り場をうろついていると声がかかる。


「お待たせしました~」

「おまっとさ~ん」


 いやに上機嫌なネピアが手に何かを抱えていた。大事そうに愛おしそうに抱きかかえる姿はまるで、赤ちゃんを抱いている聖母のようにも見えた……とは絶対に言わなかった。


「なんだ? 随分ご機嫌じゃないか」

「そりゃそうよ~ ずっと欲しかったんだから~ やっぱり働いて物を買うって最高ね!」

「ネピアよかったね~」

「「ね~」」


 短い時間の中で二回も「ね~」が見れた俺は幸せ者だ。しつこいかもしれないが、あのネピアですら「キュン」とくるモノがあるこの行為。正直ずっとこれ見てたらどうなるんだろう考えもしたが、ありがたみが無くなるのも嫌だったので、その考えは捨てた。


「食品関係は任せっぱなしで悪いな」

「大丈夫ですよ。私たちは上手ですから!」

「そうそう。安心して待ってるがよいぞ!」


 二人は生鮮食品の目利きがとても良い。ネピアが言うには自分の力量と精霊の加護のダブル効果という話だった。それに関しては結果を見せられているので素直に認めている。エルモアも同じような事を言っていた。


「そういや勝手に選んじまったが、清酒買っておいたぞネピア」

「えっ! マジマジ? 何買ったん?」

「覇王」

「マジでっ!? まだ売ってる!? どこどこっ!?」

「あそこの……」


 言い終わる前に飛び出して行き、残念そうにすぐ戻ってきた。


「あんたのが最後だったみたい。……でもありがと。それいっぱい飲んでみたかったんだ」

「そうか。勝手に選んだから気が引けてたけど、それ聞いたら安心したよ。あ、そうそう。エルモアはクエルボで良いんだよな?」

「えっ!? 私のも買ってくれたんですか? ……すごい嬉しいです」

「色々種類あったけど、こないだ店で飲んでたのと同じやつにしたよ」

「はい。ありがとうございます!」

「なに~? 何~? え~? どうしたってのよ? そんなに貢ぎたくなっちゃう?」

「……酒なら貢いでも飲めるしな」

「……正直飲ませたくないんだけど、これ」

「独り占めしたい気持ちは分かるが、少しはくれよ……」

「タロさんタロさん! 安心です! クエルボは飲めます! 安心ですよ!」

「あっ……あぁ。 そう……だな」


(テキーラか……)


「タロさんタロさん! ライムがないと始まらんのですよ! さぁさぁ向こうに新鮮なのがありましたよ! 急ぎましょう!」

「ちょっ…… 待っ……」


 俺はエルモアに引きずられるようにその場を後にする。勢いがついたネピアも恐ろしいが、流石は姉妹。エルモアの行動力も半端なく、そして思っていた以上に力が強い。自分の力がこの二人のエルフには及ばないのではないかと、心配し始めた日でもあった。



 ご機嫌のエルフ姉妹をお供に連れて帰宅した我が家は屋根裏部屋。部屋に繋がる階段下で靴を脱ぐ必要がある為、今は荷物をその辺りに置いている。屋根裏への入り口となる天板にはザンさんが作ってくれた錠前がある。


 俺は鍵を取り出す前に、兼ねてから伝えようと思っていた俺たちにとって大変重要な案件を二人に話し始めた。


「そのまま、糠漬けしながら聞いてくれ」

「「 ? 」」

「……俺たちはこの屋根裏部屋に住んでいる。皆がお金を払って契約している皆の部屋だ。それを踏まえた上で一つお願いがある」

「何? もしかしてそれ言いたくてお酒くれたの?」

「それは別だ。元々、早い段階で伝えるつもりだったが、出会ってから本日まで忙しかったろ? それで言えず終いだったんだ」

「ふ~ん。で?」

「なんでしょうか?」

「端的にいうと、一人で屋根裏部屋を使用したい時がある。だがそれは一日の中で一回だけだ」

「何すんの?」

「……め……瞑想」

「瞑想すんの?」

「瞑想するんですか?」

「……はい」

「……」

「はぁ」


(なんだか怪しまれてる!? ……だけどここで諦めたら俺……別の失禁しちゃう……絶対二人に負けたりなんかしないっ!)


「その…… 俺は別の世界から来ただろ? この異世界で生きていく事を認められたとは言え、世界はそう思ってないかもしれないんだ。簡単にいうと俺は異物かもしれない」

「異物? この世界があんたを拒否しているって事?」

「そういう可能性もある。そして俺は元の世界に戻ろうとは思っていない。だがこれはあくまで俺の希望であり、向こうの世界から俺を引き戻そうとする力が働いている可能性もある」

「タロさん…… 世界は安定を求めていると考えているのですか?」

「そうだ。だが、本日まで何か不具合が起きているようには感じない。もしかすると知覚出来ていない可能性もあるが、今のところは大丈夫だと思っている」

「なら、大丈夫なんじゃないの?」

「もし大丈夫じゃなかった時、俺はこう思うだろう。何故気づいていたのにナニもしなかったのだろうか……と」

「それで…… 瞑想ですか?」

「心を静めて無心になったり、深く静かに思考したりする事によって、よりこの世界との結びつきを強くしていきたいと考えている。少しでも強大なる世界に立ち向かう為に……」


(結構いい事いってるよな?)


「……それでその瞑想はどのくらいかかるのよ」

「そうだな…… 集中すれば数秒から数分程度で問題ないだろう。ただ、瞑想する為の準備期間や後片付けを考慮すると……七、八分~十分は頂きたい」

「そんなのもでいいんですか?」

「はい」

「なんかもっと時間かかるのかって思ってた。いいよ。そんくらいなら」

「すまないな。なるべく不都合が生じないように、二人が風呂に行ってる時とかにするな」

「いいですよ。気にしなくてもタロさん」

「そうよ。大した時間じゃないし、それであんたの気が紛れるならどうぞ」

「……ありがとう。本当に感謝している」


(やったぁ!)


 それから屋根裏部屋の錠前を外し、購入してきた荷物を皆で運ぶ。エルモアとネピアは今聞いた俺の話に気を遣ってくれたらしく、さっそく二人仲良く風呂に向かっていった。

 一人暮らしをしていた時には考えられないくらい、常に人が近くにいる状態が現在である。そんな中で勝ち取った自由時間。俺はさっそく時間を無駄にしないように天板兼床板を締める。

 寂しい思いをしている俺に誰も慰めをかけてくれないのなら、己で慰めるしか方法は無いという事である。













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