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第26話  仕事を続けよう!

「……」

「……」

「……」


 相変わらずのテンションではあったが、仕事は続いている。昨日は軽く買い物をしてから風呂に入り泥のように眠った。それでも朝の眠さはさほど変わらず、昨日より幾分ましかといった程度だ。


「……」

「……」

「……」


 そして俺達は昨日とは違う安宿にいた。送迎の馬車は鍛冶屋ザンの建物から近い安宿から出発している事が判明。いわゆる始発便だ。それに目をつけた俺達は一番奥に陣取り、二人を奥側に座らせて少しばかりのお休みに入る。


「……」

「……」

「……」


 やはり通勤時に座席に座れるというのは、今日一日の運命を左右するのではないかと思う。異世界ですら始発に乗れて本当に良かったと感じたから。

 だが以前の世界ならどうだったか。始発便ですら一本見送る事もあるだろう。途中駅なら満員電車の中で頑張って、座席近くに喰らい込む事でスタートする、魔の椅子取りゲーム。

 この椅子取りゲームを制するのは運と経験にかかっている。記憶力の良い者はそれを武器にし、誰がどの駅で降りるか逐一確認してその前を陣取る。だが毎回そうも上手くいかないのがこの椅子取りゲームの面白いところである。


 そしてこのゲームを脅かす存在もいくつかいる。それは片付けだすモノたち、または落ち着きの無いモノたちが一例である。

 彼らは駅近くになると動きだす。 「よし! こいつ下車げしゃる!」 と心の中でガッツポーズをするも降りない。何故だか降りない。そして駅発車から到着近くまでは動かない。だがまた近駅近くなると動き出す。この絶妙な動きに通勤・通学の初心者《若葉マーク》は騙されてしまうのである。


(あぁ……変な事を思い出したら……寝れなくなった……あぁ)

 

「……」

「……」


(ネピアの野郎……気持ち良さそうに寝やがって……これは許せないな)


 俺は自分が寝れなくなった気持ちを、ネピアにちゃんと伝えて理解し合おうと考えた。出会ってからまだ少しではあるがそれなりに濃い時間を過ごしている。だが本質的なところではまだまだろう。こういった何気ない会話のやり取りが今後の関係の礎となっていく。


「(ムニっムニっ)」

「……」


 ほっぺたをつまんでみたが動きはない。だがそれでは困る。話を聞いてもらわなければ俺達に未来はない。しっかりと見据えた未来を独りよがりではなく皆と、今回はネピアと一緒におこなっていかなくてはならない。


「(ニュっ)」

「……っ ……はぁ ……はぁ」


 鼻をつまみ呼吸を妨害する事で意識を現実へと引き戻す。だが今度は口を使い呼吸し始める。なんだか苦しそうに息をするネピアを見て助けてやりたい気分になってきた。


「(スッ)」

「……。……。……」


 俺は鼻をつまむ手を離し様子をみる。元通り静かに鼻で呼吸するようになった。俺はなんだか楽しくなってきて、同じように鼻をつまんだり、離したりして遊んでいた。


「(ニュっ)」

「……っ ……はぁ ……はぁ」

「(スッ)」

「……。 ……。 ……」

「(ニュっ)」

「……っ ……っ ……はぁ」

「(スッ)」

「……。 ……。 ……」

「(ニュっ)」

「…… …… ……」

「(スッ)」

「………………」

「………………」

「………………」


(あれっ!? なんだか鼻をつまんでも、つままなくても息しなくなっちゃったぞっ!? ヤバいっ! 俺の犯罪履歴に過失致死が追加になっちまう! 落ち着けっ! 呼吸がない場合はどうするっ!? どうすんだっけ!? あっ! 人工呼吸だっ! 早く助けてやらないとっ!)


 俺は上級救命講習を近くの消防署で修了しており、技能認定証を頂いた社会派紳士である。慌てる事なく鼻をつまみ人工呼吸をする為に、ネピアの小さな小さな口から的を外さないように、しっかり狙いを定めて息を吹き込んだ。ハズだった。


 連続の平手打ちから生み出される甲高い音。まるで公道走行使用不可のレース用チャンバーを装備した、2サイクルエンジンから吐き出される排気音のようだった。そして荒い息を排気する口呼吸エルフ。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


 ネピアは俺が鼻をつまみ遊んでいた時よりも激しい口呼吸になり、俺は心底心配するも自分の顔の状態も心配になった。


「あんたっ! 何しようとしたっ!?」

「……」

「言え」

「人工呼吸です」

「そうか。お前は言われなかったか? 呼吸ある者に人工呼吸はするなと」

「言われました」

「そうか。では何故した?」

「鼻をつまんだり、離したりして遊んでいたら、呼吸音が聞こえなくなって恐くなりました」

「そうか。人命救助の為に仕方なくという事か?」

「そうです」

「よし。それなら実際に救命処置の流れを確認していこう。モデルは貴様だ」

「(ドンっ!!!)…………うっ!」


 そうして俺は心肺蘇生法のモデルにはなったが、全く使用される事なく放置されるのであった。




「……」

「……」

「……ふわぁ」


 まだまだ眠そうなエルモアは口に手を当ててなにやら呟いている。今だ夢の中をさ迷っているのかもしれない。ネピアはあの件で完全に目が覚めたのか、こちらに対して威嚇なのか警告なのか分からない目つきで俺を凝視している。

 俺はネピアの事が心配で心配でたまらなかった事による救命処置が、全くネピアに伝わらなかった事に対して遺憾に思うものの、これから一緒にいる時間はまだまだあるので、いつか理解してもらえるだろうと明るい気持ちでいた。


(そう。社会派紳士は諦めない!)


 逃げるし続かないのが俺で、諦めも悪いのである。そんな事を心で考えながら自分の持ち場に向けて歩き出す。


 まだ二回目の仕事だっていうのに慣れた手つきで仕事を行う。身体に染み付いた一連の流れが俺を自動運転モードに切り替える。正直言うと身体は辛い。何せ肉体労働するのが久しぶりだからだ。だが実際行ってみて、身体を動かすという事はやはり良いことだなと実感もする。

 

(それにしても気持ちがいい。もし何かに迷ったら、身体を動かす仕事をしてみるのも悪くないな……)


 日光を浴びて活動し始める植物のように、照りつける太陽を全身に浴びて活動的になる。やはり人間は太陽を浴びてナンボなんだと再認識し、太陽さんがさんさんと輝いている様を見ながら作業に没頭していった。




(……最初はいけると思ったけど……キツイな)


 時間が経つにつれて新鮮味はなくなり作業という言葉が重く俺にのしかかる。言葉だけでなく、おおみかんの重さも疲弊に繋がっている。


(……まだかなお昼は)


 何せ昼までの労働時間が長い。総労働時間の約四分の三は午前中だ。当たり前の事だが、昼まで行けばもう終わったも同然なのである。最初に苦労するか、後で苦労するか。そんなもんだ。


(……そろそろ荷車も満載になってきたな)


 そう思い荷車の後に周りの木々を眺めると気が付いた事があった。


(ん? こっち側の木には実がついていないな……)


 俺が採取していた木々の列の横は、すでに収穫が終わっているのか実が付いていなかった。そしてよくよく見ると奥側の方も付いていないように見える。


「どうしたの? あぁ、荷車満載だね。一度引き上げようか」

「あの…… こちら側はもう収穫終わったんですか?」

「うん。もうほとんど収穫は終わっているかな。今週末までに終われるといいんだけどね」

「えっ!? 今週で収穫終わりですか?」

「うん。あれ? 聞いてなかった?」

「はい。これだけ広い所だったので、まだまだあるかと思っていました」

「君にとっては残念だろうけど、私にとっては安心だよ。なんとか収穫終了までに人が来てくれたからね」

「あっそうですよね。なんだかすいません」

「いいんだよ。本当に感謝している。何せ旅人達の噂の広まりは爆発的で行動も早いからねぇ。ここも一瞬で広がって結構な人が王都から出ていったよ」


(なんだ……? 噂……?)


「あの……噂ってなんですか?」

「君は聞いてないから、ここに来てくれたのかもね。簡単な話さ。税金の上乗せだよ」

「税金? 上乗せ?」

「この王都で王都民以外が働くと給料から三十パーセント税金で引かれるんだ。だけど、この税金は条件を満たしていれば後で戻ってくる。申請してから時間がかかるけど、それでも半分近くは戻ってくる」

「なるほど。勉強になります」

「それでね、ちょっと前から返還申請が撤廃されるって噂が流れたんだ」

「撤廃? 三十パーセント取られっぱなしって事ですか?」

「王都民以外は全員一律で三十五パーセント。どれだけ長くここで働いていても税金の返還は無し」

「……それで王都民以外や旅人たちはここから出て行ったと」

「特にここのような単純作業の農場はね。だから君たち三人が来てくれて本当に嬉しかったよ。今の時期になると箱詰めが忙しくなってくるんだけど、あの子たちの手際がいいから本当に助かってる。最初は大丈夫かなって思ったけどね」

「それって話は本当なんですか?」

「……残念ながら本当なんだよ。前々から役所にいる友人に聞いてはいたんだけど、今月から正式に施行されたんだ」

「そうですか……」


 その日も滞りなく業務は終了する。農園の方から順調に収穫と箱詰めは進んでいるという言伝があって、やはり仕事はあっても今週末で終了するとの事であった。


「また……お仕事を探さなくてはいけませんね」

「あぁ……そうだな」

「どうしたんですか?」

「いや……どんな仕事があるかなってさ考えてたんだ」

「ふ~ん……」


 納得していないような態度と言葉で、もらった給金を再度眺めているネピア。こちらに意識はあるものの、大部分は日給である一万クイーンを見続けている。


「まぁやるしかない。いつもどおり安宿めぐりしてから帰ろう」

「そうですね。市場でお買い物もしてきましょう」

「そうね、買い物には賛成だわ。ふふふ」


 本人にとっては嬉しそうな顔をしているつもりなのだろうが、金を眺めながら言うその表情はあまり気持ちのいいモノとは言えなかった。











 ブックマークして下さった五人の方、並びに定期的にお読み下さっている皆様、また一話だけでも見て下さった方、誠にありがとうございます。本当に励みになっております。

 本日から「俺 VS 脳」を同時投稿いたします。こちらもアホな展開をアホに書いておりますが「異世界ロリフターズ!」に比べて、サクッと読めるように致しました。ご興味ございましたらどうぞ。全五話になります。

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