第25話 仕事に行こう!
「……」
「……」
「……」
日の出前に起きて日の出前に安宿に到着する。昨日仕事を見つけた安宿の入り口は閉まっている。どうやらここから仕事に行く人はいないようだ。
「……」
「……」
「……」
気分が高揚していた二人は、遠足に行く前の子供のようにはしゃいでいた。ネピアは言うまでもなく、驚いたのはエルモアのテンションが高かった事だった。大人しそうな印象を受けるエルモアだが、侮るなかれ。彼女もネピアの双子の姉である。もしかすると好奇心はネピアより強いのかもしれない。
「……」
「……」
「……」
だが今は三人ともお通夜のように静まり返っている。
昨日の夜は寝たと思ったらいきなりエルモアが笑い出したり、静かになってようやく眠り付けるなと思った瞬間にネピアがちょっかい出してきたりして、大変な思いをした。そのツケがいま完全に回ってきているのである。
「……」
「……」
「……」
正直帰って眠りたい。それにいつ来るのか分からない状況も気落ちする原因となっている。日本ならまず遅れる事はない。それどころか時間に余裕をもっているだろう。だがここは異世界である。以前の世界の海外のような時間スタイルと思っていた方がいいだろう。
「こない~ こないよぉ~」
「……」
「……まだ日の出前だ。午前中いっぱいは待とう」
「えっ!? そんなに待つの?」
「かもな」
「なら……もっと寝れたよ……」
「あぁ……」
「……」
(流石に仕事だから、日の出を過ぎれば迎えに来るだろう)
ネピアの目には、くまが出来ている。エルモアは見るも無惨な表情で、目が完全に死んでいる。よく立ち続けていられるモノだと思う程の有様だった。
「あっ! 来たっ! 来たよ~!」
「……」
(エルモア……生きるぞ……)
ほどなくして目の前に馬車が来る。御者が何も言わずその場に馬車を停止させる。
「……」
「……」
「……」
ネピアは何か感じ取ったのか、一切喋らずに俺とエルモアと一緒に乗車する。車内は真ん中に通路があり左右に木椅子が備え付けられていた。だがすべての席が埋まりきっていて、俺たちが座れる場所は無かった。
仕方なく入り口付近に陣取り、安らぎのない送迎馬車に揺られる事になった。
「……」
「……」
「……」
誰も口を開く事なく馬車が前進する。車内はエルモアと同じように死んだような目をしているか、死んだように眠っているかのどちらかだった。俺らも先人たちに倣いそのまま揺れる馬車に乗って、船を漕ぎ出す三人であった。
どのくらいの時間が経ったか全く分からなかったが、睡眠が足りていないのはよく分かった。馬車が停まり、皆がうつろな目として下車する。もう慣れっこなのか作業に入ろうと各々が持ち場へ移動する。
そのまま立ち止まりまごまごしていると、声を掛けられた。
「あんた初めて?」
「はい。この二人もそうです」
「ん~ 二人はこっちね。この中で箱詰めするから。これ持てる?」
「はい!」
「持てる!」
すると大きな大きなみかんを二人に手渡す。流石は「おおみかん」だ。俺が知っている元の世界のスイカと同じくらいの大きさである。
「意外に……力あるね。よし。しっかりやってもらうよ」
「「はい!」」
「あんたは外ね。その人たちに付いていって」
「はい。じゃあまた後でな二人とも」
「はい」
「いってら」
広大な土地に植えられている木々は縦横無尽だった。その木々に、おおみかんが沢山なっていて、広大なスケールに心を打たれる。だがこれらの、おおみかんを刈り続けるという事がどれくらい大変な事か想像してしまった。
「はい。じゃあやってくれる? この荷車に入れていくから。いっぱいになったら小屋まで持って行く。下ろす。また刈りにいく。簡単でしょ?」
「はい」
「何かあったら声かけてね」
おおみかんを刈る → おおみかんを運ぶ → おおみかんを荷車に入れる → おおみかんの木に戻る → おおみかんを刈る
このパターン化された行動を永遠とこなす。俺はこの手の単純作業の経験はあるにはある。そして単純作業の辛さは色々だ。この、おおみかんのように重量があると時間と共に疲弊していく。だが時間が経つのは遅い。だがそれもまだまだ。
始まったばかりで新鮮みもある。今日はどんなに大変でも乗り切れる。そう自分に言い聞かすようにして作業を続けた。
「甘かった……」
おおみかんがではない。俺の見通しが甘かった。単純作業の苦しみと、肉体作業の苦しみが派手にミックスされたこのお仕事。
(絶対もう昼近いよなぁ……まだ昼休憩とかにならのいのか……)
はぁ。気持ちが落ちるものの、時間が経たないウチは帰れないし終わらない。これからくるであろう、お昼に期待しながら作業する。
(昼かぁ……何を食べようか…… あっ! 昼飯ねぇ! 二人もねぇ! そもそも昼飯作ってねぇ!)
「あの~ すいません」
「ん? どうしたの?」
「昼飯って……どこかで食べれますか?」
「持ってきてないの?」
「……はい」
「う~ん。ここいらにはないねぇ。まぁ、これ食べるしかないね」
そうして、おおみかんに指を差す。そうだ、こいつがいるじゃないか。これだけ大きなみかんなんだ。腹も膨れるだろう。
「おいくらですか?」
「えっ? 今食べる?」
「いえいえ。今は仕事中ですから、昼時に……」
「なら小屋にいったら、不出来なおおみかんもあるから、それを貰うといいよ」
「えっ……いいんですか?」
「こんだけあるからね。それに捨てるのももったいないでしょ」
「はい。じゃあ後で頂きます」
「はい。それじゃ頑張ってね」
それからというもの、昼飯が楽しくなって集中して作業すると、すぐに昼飯の時間になった。時間を早く感じるというのは身体の不思議の一つでもある。
「おつ!」
「お疲れさまです!」
「あ~ 疲れたよホントに。そっちはどうだった?」
「はんっ! このネピア様ならどのような仕事もこなしてみせるわっ!」
「箱詰めたのしかったです!」
「そうか。なによりだ。それと昼食の件なんだけど……」
「「あっ! 忘れたぁっ!」」
二人が声をあげると同時に頭を抱えながら膝をつく。そこに登場するこのおおみかん。俺は二人に差し出していた。
「あっ! くれるんですか!」
「たべたいっ!」
「あぁ、一緒に食べよう。ちなみにこれ貰ったから後でちゃんと礼を言ってくれよ?」
「「は~い!」」
俺はこのおおみかんを初めて食べる。まず普通のみかんのように外側の皮を剥く。出てくるおおみかん。その様は外側の皮を剥いたみかんと一緒ではあるが、もちろん大きさが尋常ではない。そして出てきたおおみかんに付いている薄皮が多少硬いのでこれも剥いてみる。すると下部を残して綺麗に剥けた。
「美味そうだな。頂きます」
「いただきましょう!」
「いただきますっ!」
おおみかんの果肉は意外としっかりしていて、一粒一粒がしっかり主張している。その一粒の果肉が口内で潰れるたびに、清涼感が全身を支配する。
「美味いな。こう言ったら失礼だが、もっと大味かと思っていた」
「おいしいです! おいしいんですよ! おいしかったんですよ!」
「ほんわぁ~ あんまぁ~ うんまぁ~」
エルモアが食事中なのに、いきなり敬礼しながら立ちあがり宣誓し始めた。ネピアは清涼感にやられているのか、その辺りでゴロゴロし始めた。
あまり行儀のいい状態ではなかったが、昼飯の忘れた俺たちにとってはとても良いサプライズになった。
それから軽く昼寝を三人でして午後の作業に入る。午後の終わりは早いので気が楽だった。それでも作業中は長く感じるものだ。先ほどのように昼に食べるおおみかんを想像していた時とは時間の流れが遅く感じた。
「はい。おつかさんね。これ今日の分の給料だよ。確認してね」
「はい。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「ごちそうさまでしたっ!」
「実働八時間で手取り一万クイーン……日曜休みだから二十六日働けば三人で七十八万クイーンか」
「数年で帰れますかね?」
「なんだか現実味が増してきたわね……」
「まぁ生活費もあるからな。それでも五十万クイーンくらいは貯めれるか?」
「あまり無理をしても身体によくないですからね。使うところは使いましょう」
「そうそう。楽しくいこう!」
未来が手に届くような感じがして俺たち三人は、互いの給料袋を見せ合い笑い合うのであった。