第22話 ネピアを起こそう!
あれから飲み続けると言ったネピアを説得するのに大分かかった。最終的には帰りと屋根裏で飲む分のぶどう酒を革袋に入れてもらい、それを渡してやったところで落ち着いた。そして荷車に乗った瞬間に寝落ちし屋根裏まで運んだのはご愛敬。
最悪の一日であった日の終わりを、最高の気分で迎えた夜は既に過ぎて翌日になっている。
エルモアはいつも通り早い時間に起きるものの、目はほとんど閉じていて長座の体勢から動かない。時折目をこすったり、手を当ててあくびしたりするが、それ以上に進展がない。
ネピアは全く起きる気配もなく豪快に寝ている。相変わらず両手を上げるように伸び伸びと寝ている様は羨ましくもあったが、決してこの格好が羨ましかった訳ではない。ただ寝ているネピアを見ると一緒に睡眠したくなるのだ。睡眠誘発エルフとして不眠症の方におすすめしてみたい。
(とりあえずヒポんとこ行くか)
一階を目指し階段を降りていくと、ちょうどザンさんが朝食を終えたところだったのでキチンと挨拶をした。特にこの建物では挨拶は重要だからだ。
「一悶着あったようだな」
「はい。守り切りました。……ですが早速、門番相手にアン様の名前を」
「そうか。仕方ない」
「何が仕方ないって?」
「あっ……いや」
「あんだって!?」
すると同じように食事が終わったのかアン様もここにやってくる。そのアン様はいつも通りハッキリ喋らない相手に向かって詰め寄っていた。だがザンさんには借りがあるので人身御供に俺はなった。
「はいっ! アン様! 自分は保身の為にアン様の名前を門番相手に出しましたっ!」
「そうかい。キッチリと……シメ込んできたんだろうね?」
「すいませんっ! 逃がしましたっ!」
「……まぁいい。そうさね。あんたぁ守りきったみたじゃないか。よくやった」
「はいっ!」
「昨日の気持ちと痛みを忘れるな。いいね」
「はいっ!」
アン様は満足そうに出て行った。相変わらずの「気」だったが、今日はほんのり暖かい感じもした。
それからヒポに挨拶し家畜小屋を掃除する。水を替えて、草をいっぱい置いてやる。滞りなく終わった頃にエルモアがここへやって来た。
「おはよう」
「おはようございます。早起きですねタロさんは」
「……エルモアの方が起きるのは早いんだけどな」
「そうかもしれませんね。けど、ぼ~っとしちゃうんです。朝は苦手です」
「そのようだな」
「そのようです」
「……」
「……」
話がなくなっても気まずい事はない。何故なら互いに「ぼけ~」としているから。廊下にある横長の椅子に腰掛けている俺とエルモア。それが仕事であるかのように座り続ける二人。俺は思った、何してるんだろうって。すごい当たり前の事なんだけど、宴会した次の日だからなのか、気が抜けている。
「エルモア」
「タロさん」
「……エルモア」
「……タロさん」
意味もなく呼び合い全く意味がない事に気がつくも、それもどうでもよくなる。もう今から二人で裏庭に行って一緒に早めの昼寝でもしようかと考えた。
「あのタロさん。お出かけしませんか?」
「んぁ? いいよ」
そんな事を考えているとエルモアの方からお誘いがあった。一緒に屋根裏部屋へ上に上がりネピアの様子を見に行く。
先ほどと変わらずバンザイしながら寝ている。そして相変わらずの薄着。その薄着でさえもはだけている。既に日は昇り始めているので暖かくはなっているが、朝晩は冷え込む。それでも変わらずこの状態である。
「……ネピア。おはよう。起きれるか?」
「……」
「ネピアおはよう~ もう起きる時間だよ~」
「……」
「おいネピア。朝だぞ」
「……」
「ネピア~お出かけしようよ~ ね?」
「……」
「(ムニっ)」
「……」
「(ムニっ ムニっ)」
「……」
全く反応しない。顔をつねっても起きない。昨晩の深酒で睡眠も深くなっているのだろうか。何にせよこのままでは昼過ぎになっても起きないような気がした。
(本当に起きないのか……? 考えろ……なにかネピアを起こす方法があるハズだ。何かヒントが……。あっ!そうかっ!)
この睡眠誘発エルフは、その特殊効果を自身にもかけられるようだ。その為に睡眠の誘発効果を自身に継続し続けて起きれなくなってしまっている。
仕方なく俺は魔法を使う事を決意。古から伝わる睡眠解除魔法を使うしかないとの判断に至る。この魔法を使えるくらいのメンタルポイントは存在する。メンタルポイントというのはヒットポイントの下にあるやつの事だ。
最近はこの社会派紳士に対しての間違った周囲の認識のせいで、著しくメンタルポイントが低下し、ほぼ枯渇したと言っても過言ではないような精神的疲労に見舞われた。
しかし前夜の解放パーティで美味いビールにありつけた事によって、俺のメンタルポイントは回復しきっていた。
「ネピア~ 行こうよ~」
「ちょっと待ってくれエルモア。ネピア姫は永遠の眠りについてしまってるようだ。この社会派紳士という名の王子でしか目覚めさせる事は出来ない」
「はぁ」
永遠の眠りにつく姫。俺は三角木馬の王子様。連続しての乗馬は危険とも言える。王子は自己を守る為に下馬し姫の近くへ進む。
真横に座り込み自身の顔を直接近づけて接吻しようと思った。すると屋根裏部屋に響き渡る乾ききった連続音。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
朝っぱらから何をそんなに興奮しているのか驚きを禁じ得なかった。だが興奮しているように赤くなっているのは俺の頬だった。
「あんたっ……何しようとしたのっ!?」
どうする。冷静な状態ではないネピア姫。これではまともに話合う事は出来かねる。
「……」
「淫らな獣よ。何をしようとした?」
ネピア姫は口調変化させる事で、自身が立腹している事を明確に表現した。この状態では何を言っても俺の責任として扱われるという、酷く矛盾した状況になる可能性を否定出来なかったので、うまく誤魔化す事にした。
「しぇっぷんれす」
「ちゃんと言え。偽痛ぶっているのは分かる」
(だいぶ痛いよ?)
なんだか社会派紳士であるこの俺が悪いような展開になっている。世の中は理不尽だらけだ。もし格式の高い貴婦人だらけならこんな事にもならないだろう。しかしここにいるのは奇婦人。
「接吻です」
「なぜ接吻する必要があった?」
「永遠の眠りについているように起こしても起きなかったからです」
「分かった。意味もなんとなく理解した」
ネピアは頭の回転も速いし、ちゃんと話せば理解してくれる優しい奴なんだ。
「よし。褒美をやる。こちらへ来い」
「はいっ! 光栄でありますっ! うっ!?」
近づいた瞬間に鳩尾に一発綺麗なのを入れてきた。そういう感じはしたものの痛みを感じる前に俺はブラックアウトした。