第21話 バンバン飲もう!
酒を飲んでいくウチに理解してくれたのか、俺の疑念は多少は晴れて殺されるレベルからは脱した。だが、今でも女性受けは大変悪く、このアドリアでは女性に関しては諦めなくてはならないような雰囲気をしかと感じ取った。
「……それにしてもエルモア、酒強かったんだな」
「そうですか? 私すぐお腹いっぱいになっちゃうんで、これくらいの方が好きなんです」
「なるほどね」
そうは聞くも合計二桁近く既に消費している。多分テキーラ自体が好きなんだろう。多めに切ってもらったライムを美味しそうに食べて、慌てずショットを流し込んでいる。そして最後に軽く塩を舐める様が小動物を思い出させる。
「すいませ~ん! このトラピストビール下さい!」
「タロさんはビール好きですねぇ。私はクエルボ追加ショットで!」
「あぁ。俺はエルモアみたいに酒強くないからな。ビールぐらいが丁度いいのさ」
「確かにクエルボはアルコール高いですけど、量は少ないですからね。でもトラピストビールは量もあるのにアルコールも高めじゃないですか。タロさんの方がお酒強いと思いますよ?」
「まっ、酒なんて自分で好きなモンを好きなだけ飲めばいいのさ。それが一番幸せだからな。それに今日はめでたい日だ。ちょっとばかし強めの方がちょうどいいのかもな」
「そうですねぇ」
「そういや、こっちの酒も以前の世界の酒も変わらないんだよな」
「そうなんですか? お酒は多世界共通なんですね~」
「あんたぁ~ 飲んでるの~?」
ネピアが酒臭い息をまき散らしながらこちらにやってくる。今までは酒場の連中と好き放題飲んで楽しんでいた。
いつもなら俺に近づこうともしないネピアが、腕まで組んでくるわ、首に腕を回すわ、やりたい放題だった。
「お前……」
「なによ……」
「いいなっ!?」
「いいでしょっ!?」
「オラぁ! 飲むぞぉ~!」
「じゃんじゃん持ってこ~い!」
「私も~」
三人とも追加に追加を重ねる。ここまで心置きなく飲めるのは、最初に絡んでいた荒くれ者のおかげである。好きなだけ頼んで良いという言葉をこの酒場の皆がしっかり証人になってくれて、今も継続中だ。
「飲んだな……」
「飲みましたねぇ」
「まだいけるぅっ!」
一人底なしのネピアが意気揚々と注文し荒くれ者を恐怖に陥れている。そして酒場の人気者になったネピアはまたもや酔っ払いの渦に自ら入り込んで行った。
「あ~ あいつまだまだ飲みそうだな……」
「はい。ネピアはお酒強いですからね~」
エルモアは酔っているのかいないのか分からない様子でネピアを見続けている。その優しい眼差しに俺は安堵する。
俺は帰りの事と、もしこれからまだまだ飲み続けるという事になった時の事を考えて、気分を変える事にした。
「ちょっと酔い覚まししてくる」
「あっ、私も行きたいです!」
「じゃあ行こうか」
「はい!」
ネピアに声をかけて酒場のみんなにもネピアの事を頼み、一度外へ出た。どこに行く事もなく、店の前でのんびりする。
店に足を入れれば喧噪だというのに、一歩外に出てしまえばなんだかその喧噪が随分と遠く感じる。酒場の回りには人は少ない。
段々と日が落ちてきて夕方に近い時間に差し掛かろうとしている。帰るならそろそろ頃合いだなとも思った。
隣にいるエルモアはどうなんだろうか。まだ飲んでいたいのか、それとも帰りたいのか。ネピアがあんな状態だからもしかすると、まだここにいたいのかもしれないと考えていた。
まだ出会って数日なんだ。彼女らの事なんて全然知らない。何が好きで何が嫌いか。どういった事をしてきたのか、またはしていきたいのか。何も知らない。
ふとそんな事を考えるとエルモアを遠くに感じてしまい、何気なく隣にいるエルモアを見ようとするがそこには誰もいなかった。
「エルモア? …………っ!?」
驚いた。どこかに行ってしまったと思ったエルモアがこの俺を後ろから抱きしめてきたからだ。
「タロさん。ごめんなさい。私は私の意思でタロさんの強い意思をねじ曲げます」
そう言うと、酒のおかげで薄れていたとは言え全身にあった痛みが少しずつ少しずつ引いてゆく。エルモアが身体全体で魔法を使い、俺の身体を癒やしてくれている事が分かった。
「ありがとうエルモア。 ……実はあの後さ、エルモアに直してもらおうと思ってたんだよ。だけどネピアの奴が面白がって啖呵切った俺に、前言撤回させないように色々言ってきただろ? それで俺も引くに引けなくなっちゃってさ。だから感謝してるよ。もう一度言うな、ありがとう」
「……優しいんですね。私は自分の気持ちを押しつけてます。それでも私たちが原因でタロさんが痛めつけられて、それを放っておけないです。それがわがままでも」
「あ~ 優しくはないし、原因って別に二人が悪い訳じゃないだろ?」
「……でも、解放申請に行ったからそうなったんです。それにその事があったから、耐えてくれたんじゃないですか」
俺が余計な事を言わないで素直に治療されていればこんな事にはならなかった。確かにあの時は頭にきていたし、たまたま考えついた仕返しが妙に楽しくて高揚してたってのもある。だが結果こういう状況だ。
「……そうだな。俺は色々な事から逃げてばっかりだった。ネピアが余計な事を言わなければ、すぐにエルモアに泣きついていただろうな。だってさ凄い痛いんだ。けどもうしょうがないって、いい意味で諦めた時に、なんだか初めて問題に立ち向かった気がしたんだ。逃げないで痛みを抱えてそれでもやる事をやっていく。そんな風に背負っていくっていう事を知れたのかもしれない」
エルモアはそれを聞いてなおさら後悔しているようだった。
「なら……邪魔しちゃいましたね……」
「……エルモア。俺らは出会ってまだ数日。エルモアの事もネピアの事も俺は全然しらない。だから教えておくよ俺の事。俺はさ……長続きしないし、すぐ逃げるんだ。だから、どっちにしてもエルモアに治療は頼んでたと思うよ。実際さ思い切り蹴り上げられた脇腹が本当に痛くてさ、俺にしては相当我慢した方だと思うけど、酒飲んでなければ屋根裏部屋でネピアに土下座してでも治療しもらっているよ」
「……」
「……」
「……本当ですか?」
「すぐ分かるよ。こいつ本当に色々な事からすぐ逃げるなって」
「ふふっ」
「そう……。エルモアは笑っていてくれないと。もちろんネピアもな」
「わかりました」
「これからも俺が怪我した時はよろしく頼む」
「……でもタロさんは多少我慢させた方が、良い雄になりそうですね」
「えっ!?」
「ふふっ」
そして俺とエルモアはそうなるのが当たり前であるように手を繋ぎ、外に出た時より互いの事を知って酒場の中へ入っていくのだった。