第20話 乾杯しよう!
「……まず精霊の国に戻るという事ですが、もしかしてそのお二人はエルフですか?」
「そうよ」
「そうですけど」
あっけらかんとフードを取り尖った長い耳を職員に見せる。すると職員は慌てて二人のフードを戻す。
「勝手にフードを掴んだ失礼はお詫びします。ですが新市街では見せない方が賢明です」
「エルフと仲が悪いのか?」
「その、貴方もアドリード王国民ではない?」
「そうです」
「……その ……アドリード王国は人間の国なんです。特に今は」
(特に……今は……ねぇ)
「正直危なかったですよ。奴隷の解放申請も多分なくなります」
「なくなる?」
「えぇ……詳しくは話せません。その……他言は……」
「安心して。あなたが不幸になるような真似はしないわ。それに全て話せなんて絶対言わない。現状救ってもらってるしね」
「そうです。あなたからは精霊を通して優しい気持ちが伝わってきています。無理しないで下さい」
「……ははっ。そう言われると、なんだか話したい気分になりますね」
「奴隷の解放申請がなくなるって話しでしたけど、もともと奴隷自体も少ないんじゃないですか? 俺らみたいのは困るでしょうけど、絶対数は見た感じ少ないように思えました」
「そうですね。奴隷は実際いるでしょうけど、商いの国に比べれば表だってはいない。ですが、今後は多くなります。確実に」
「多くなる? なら申請とか出来る方が便利なんじゃないですか?」
「奴隷という表現は捨てて、あたかも王国民のように迎え入れるけど実際は奴隷ってオチじゃないの?」
(なるほど。王国の名には傷がつかないように、大量の使い捨て労働者を手に入れるって寸法か)
「……そしてあなた方に伝えたいのは精霊の国への事。出来るだけ早い出国をお伝えします。この国は変わってしまいました。私に話せるのはここまでです」
「ありがとうございました。俺はタロ・ズーキです」
「ネピアよ」
「エルモアです」
「これはご丁寧に。アクトゥスです。皆さんの無事の帰国を及ばずながら願っています」
アクトゥスさんに礼をして役所を去る。大きく優雅な出入口を出て役所を振り返る。なんだか俺たちを威圧するように見えてきてしまったのは、アクトゥスさんの話を聞いてしまったからだろうか。
「早くいきましょ。ここにいて何かあったらアクトゥスさんに迷惑がかかるかもしれないわ」
「そうだね。タロさん行きましょう」
「あぁ」
俺たちは強敵を背にして逃げ出すように旧市街へと向かっていった。
「はい。おかえんなさい。もう行かれます?」
「あぁ、助かったよ。全くヒドい奴もいたもんさ」
「最近は新市街の奴らが大分幅をきかせてますからねぇ」
「本当だ。もうこんな目には遭いたくない」
「確かに。そうです旦那、なら酒場で厄払いなんてどうです?」
「酒場か……」
(どうするか……なるべくザンさん、アン様の近くにいた方がいいか?)
「行きたいっ!」
「行きましょう!」
「あっ……あぁ……そうだな。解放記念にパァーっと行くか!」
「「おー!」」
「旦那。私はこの動物が気にってね。何せ本当にかわいい。だからゆっくりしてくるといいよ。金も今の時間まででいいから」
「本当ですか? それは申し訳ない」
「いやいや。ちゃんと面倒見てるからゆっくりいってきなさい」
「早くぅー!」
「タロさん!」
二人が俺を早く早くと急かす。こんな勢いを二人同時に見る事は初めてだったので及び腰になるも、この笑顔が見れたのであればしょうがないかとも感じていた。
だが今日はまだ終わっていなかった。酒場の入り口を入ると手前側にあまりガラのよくない者達が集まって酒を飲んでいる。突き刺さる視線。
(どうせ俺にくるんだろ? もう今日は諦めてます……)
その予感は裏切られ、事もあろうかエルモアとネピアに向かっていった。
「おいおい嬢ちゃん? ここは大人の場所だ。早く帰ってママのおっぱいでも吸ってな」
「ぎゃっはっはっはっ」
「違いねぇ」
(厄払いどころか厄がお見えになってるんですけど……)
するとエルモアが一歩前に踏み出す。その後も全く怖がる様子もなく毅然に歩いて行く。そして一番最初に口を出してきた荒くれ者に声をかける。
「はいっ! お母さんのおっぱいを吸えるように頑張って国へ戻りますっ!」
「あっ……あぁ……そうか」
言われた荒くれ者はどう答えていいものか分からず、困っていた。すると騒ぎを見ていた酒場の客が話し始める。
「(あっ、あれ! ほらっ! 噂の奴隷商人よ!? あの面妖な出で立ち間違いないわ)」
「(……でも女の子達に首輪と鎖がないよ?)」
「(あれでしょ? 見えない鎖で呪縛してるんだって現れでしょ? 見えない所ではこれが俺の鎖だ! 繋がらせてやるっ! とか言ってるんでしょ……)」
「(かわいそう……本当に急性アルコール中毒で死なないかな。あのクズ)」
(もういいんだ。今日は。いいんだ)
色々な話がこの酒場を蔓延していく。いやがおうにも聞こえてしまう話の数々。それを聞いていた荒くれ者が目尻に涙を浮かべながら話し出す。
「……嬢ちゃん。済まなかったね。おじさんも人生色々あったさ。けど負けなかった。勝てない時もあった……。けど……俺は……負けなかったから……うっ」
「大丈夫ですか? はい、これ使って下さい」
「うっ……自分の事が精一杯になってもおかしくないってのによぉ……なんて出来た子なんだ……」
なんだか完全に俺クズ扱いされて大変居づらい状況になる。ネピアは心底楽しそうにこの流れを見ている。
「……そこの嬢ちゃんも大丈夫か? この子と一緒に頑張るんだよ」
「……はい。でもつらいです」
「そうか……(キッ!)」
酒場の皆の殺しにくるような視線を感じるが、もう動じない俺がいる。何せ俺は社会派紳士で実際は彼女達になにしている訳でもないからだ。
だがネピアという性悪クソエルフが存在している事を忘却していた。
「……失禁。強制的に失禁させようとしてくるんです。うっ……」
「「「「「 なっ!? 」」」」」
「……それを王国民の前で公開させてやるって。いつもそんな事を……」
(こいつぅ! この場でそれを言いやがるかぁ!?)
「(あぁ~ 人殺してもこれなら許されるよな)」
「(あぁ。殺してもみんな知らない振りしてくれるだろ?)」
(もう……助けて……)
流石に心配になったのかエルモアが助け船を出す。
「あのっ! 大丈夫です! 私たちは大丈夫なんです! 信じて下さい! お願いしますっ!」
深々と頭を下げるエルモア。だがその気持ちは全てエルモアへ返る事になった。
「自分の身よりこのクズを守ろうとするとは……よし分かった。嬢ちゃん好きなモン頼みな。お腹すいているだろう?」
「えっ? そんな。悪いですよ」
「いいや。いいんだ。ほれ」
するとメニューを渡しエルモアへ好きなモノを注文するように促す。しかしエルモアは困っているようで、なかなか決められそうになっていなかった。程なくして、一番安かったのか「枝豆」をお願いする。
「おいおい嬢ちゃん、遠慮するな。こういう時には遠慮したらかえって失礼ってもんさ。なっ? 好きなモノ好きなだけ頼むんだ。大丈夫。金はあるから」
「……ホントにいいんですか? あの……飲み物でも?」
「あぁ。いいよ好きなだけ頼むのが今は礼儀だ」
「はい分かりました。すいませ~ん!」
奥で話を聞いていた小柄な女の子の店員さんが涙を拭いて、笑顔でこちらに向かってくる。一度だけこちらを見た時の目つきは尋常ではなかったが、それも一瞬の事、すぐに営業ではないスマイルを保持し続ける。
「お待たせしました。ご注文をどうぞ」
「クエルボをショットで……」
「「「「「 !? 」」」」」
「お……いおい嬢ちゃん? 自棄になっちゃいかん。酒を……しかもテキーラをショットでなんて……」
「えっ?」
「あ~ どうも~ 店員さんだけにこちらをお見せしま~す。年齢は内緒ですよ~?」
言うが早く、ネピアは店員さんに自分のステータスカードを見せる。そしてエルモアにも持たせてそれを店員に見せた。驚愕したような顔つきになるが、ステータスカードが絶対なのはこの世界では当たり前のようなので納得せざるを得ないだろう。
「クエルボっ! ショットで頂きましたっ!」
「「「「「 おぉ~ 」」」」」
テキーラのショットが入りどよめく店内。だがここは酒場。酒の飲める相手だと知って皆が勝手に盛り上がる。ネピアも便乗して食べ物と清酒を頼みだす。
ようやく俺たちの解放記念パーティーが今ここで始まったのである。