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第19話  奴隷解放申請をしよう!


 ヒポを家畜小屋へ置いてきた俺たちは今、新市街を歩いている。今のところドローン嬢様のような人たちや、真性なる門番たちに出くわす事もなく順調に進んでいる。


 ただ一つ問題があった。それはこの社会派紳士に対する視線だった。本来、社会派紳士は尊敬の対象であり、また憧れでもある。もちろん俺はそのように生きてきたし、その教授を受けるだけの人物でもあった。しかしそれは異世界では通用しないのか、今までにない厳しい視線が俺の身体に突き刺さる。


「(見てよあれ~ クズが奴隷引いて歩いてるわよ~)」

「(かわいそう。まだあんなに幼い子供を市内で引き回すなんて。本当のクズね。私たちの見てる前で死なないかしら……)」


 俺は必死に耐えた。精神的な攻撃にひるみそうになるも、堂々と二人の鎖を持って歩いた。何せこの鎖が重いので引きずらせる訳にもいかない。ネピアなどは気にせず走り回っている時もあるが、わざわざ引きずらせる必要もないと思い今に至る。


(痛い……痛いよ……心だけじゃなく身体もなんだよ? みんなヒドいよ……)


 先ほどの集団傷害事件の被害者であるこの社会派紳士の心は折れつつあった。もちろん口撃による精神疲労もあるが、大部分は攻撃による肉体疲労だった。


(マジで肋骨とか折れてんじゃないだろうな……この痛みを忘れないようにって格好つけたけど、十分痛みは感じたしエルモアに直してもらおう…… 「身体と心には十二分に刻み終わったようだ」 とか適当に言えば誤魔化せるだろ……よしっ)


「それにしても……あんたやるじゃない」

「……?」


(なんだ? ネピアの奴いきなり褒めだしたぞ……ようやく俺の威厳に気がついたとでもいうのか?)


「私はね、あんたが適当こいて格好つけてるだけだと思ったのよ。あれだけ痛めつけられてるんだから、すぐ泣きついてくると思っていたわ」

「……えっ?」

「でもあんたはそうしなかった。今も身体と心に痛みを刻み続けている」

「……えっ?」

「本当の事を言うと人間ってバカで面倒な生き物だなって思ったの。でも気づいたのよ。簡単に回復してしまうからこそ、痛みという生物としての本質から逃げてしまっているという事にね」


(やめろぉ! そんな事を言うんじゃねぇ! こいつワザとやってんじゃねぇだろうなっ!? )


「だから……その……ごめん。謝る。タローのその気持ちを私は心の中とはいえ踏みにじったわ」

「本当にすごいです。意思の強い人なんですね!」


(いやーーーっ!? マジで頭下げやがったこのクソエルフっ!? しかも唯一の逃げ場所のエルモアまでっ!? ネピアだけならエルモアに内緒にしてもらって回復出来たのにぃーーー!!!)


 絶望に絶望が降り注ぐ。泣きっ面に蜂。人生というものは何かが連続して起こる事が往々にしてある。それは良い事も悪い事も。そしてそういう際に悪い方へ導いてゆく最低のクソエルフがいる事も人生の一つであると心に刻んだ。



 相も変わらず陰口と刺すような視線に晒されながらも、ようやく目的地である役所に到着する。


(長かった……長かったよ……)


 俺はハローワークを見上げた時と同じように体が震えた。吐き気でも恐ろしい「気」を感じた訳でもない。そして達成感からくる震えでもなかった。


(痛い……痛いよぉ……)


 痛さのあまり身体に震えがきている。久しぶりに多人数からボコられた俺は痛みという信号に参ってしまっている。

 だがまずやる事がある。そう思った俺は早速中に入り手早く申請を済ませる事にした。


(総合受付……ここで聞いてみるか……)


「あの~ 奴隷の解放申請に来たんですけど……」

「はい。二階の奥側の住民課になります」

「どうも」


(二階か奥か……)


「あの~ 奴隷の解放申請しに来たんですけど」

「あ~ 四階の税務課で一度確認だね」

「あ……はい」


(なんだよ……四階じゃねぇか)


「あの~ 奴隷の解放申請しに来たんですけど」

「えっ? 福祉課でしょ? 三階にあるから」

「えっ? 税務課で一度確認だって言われたんですが……」

「税務課で奴隷に何が出来るの? いいから福祉課行って」


(知らねぇから聞いてきたんだよ)


「あの~ 奴隷の解放申請しに来たんですけど」

「はい。それでは解放した書類をこちらにお願いします」

「えっ? まだ解放していないんですけど……」

「そうしますと、一度解放して頂いてそれから福祉を受けるようでしたら、こちらにお立ち寄り下さい」

「……あの、解放するには何処に行けばいいんですか?」

「移民課ですね」

「……本当ですか?」

「そうですけど……?」

「……あの、ここに来るまで散々にたらい回しさせられたんです」


 すると福祉課の担当者が上司に確認してきてくれた。


「移民課で間違いないようです。五階の一番奥にありますので」

「ありがとうございます。感謝します」

「いえ、ご面倒おかけしてしまいましたね」

「こちらこそ。それでは失礼します」


(やっと見つかった……役場は異世界でも同じか……でもいい人もいるんだよな)


「あの~ 奴隷の解放申請しに来たんですけど」

「……カード」


(カード? あぁ、ステータスカードの事か)


「あっ……はい(スッ)」


 俺はステータスカードに触れながらそれを提示する。職員は何回かステータスカードに手を触れ内容を確認しているようだ。

 

(なんだか対応が雑だな……それに俺のステータスカードで解放申請が出来るのか?)


「……書類」

(くっ…… 堪えろ……受付は通ったんだ……)

「よろしくお願いします(スッ)」

「……(パシッ!)」

(んがぁ! 俺が女王様なら接客がクソ厳しい民間会社に入社させて心根を修正させてやりたいっ!)


 職員は渡した書類に目を通し大きな丸い判子を押す。そして日付なのか小さい判子を使って必要と思われる事項に追加の判子を押していく。同じように向こう側で用意した書類にも同じ作業をしていた。


「……手」

(もうこれで仕事出来ちゃうから、一生変わらないんだろうな)


 俺は出来上がった書類に手を持って行こうとするが、職員はこちらを一瞥し軽く手を払うかのような行動をする。


「……」

「……」


 互いに無言になる。たった一言あれば詰まったモノが全てが流れていくとしても、職員は絶対何も言わないだろう。職員は今後の流れを知っている。職員にしてみれば当然で分かりきった事。だが俺は初めてだ。この差が俺たちの関係と同じだという事。この腐りきったクソのような状況を打破してくれたのは二人のエルフだった。


 二人が出来上がった書類に手を触れると、俺がこの世界でやって来たような魔方陣の小さいモノが二つ展開される。二人はその展開された魔方陣に一人ずつ手を触れる。すると付けていた首輪と鎖が光り出してそのまま光粒となって消えてゆく。


(おぉ……やっぱり凄いよな魔方陣……こっちにしてみりゃ普通なのか?)


「……(スッ)」

「……ありがとうございました」


 判子が押された書類を渡されて終了する。いざ申請すれば早いもので、ものの数分で終わってしまった。


「あ~ 首が軽い軽いっ!」

「……やっと解放されました」


 ネピアは元気に首を回し、エルモアは心底ほっとしているようだ。このまま戻ろうとも思ったが、三階の福祉課へ一応訪ねていく事にした。



「アドリード王国で住民登録するのであれば、色々と手当が受けれますよ。奴隷解放申請の後ですと、お金も仕事もない場合が普通ですから、生活資金を月々提供する事も出来ます。詳しくはこちらのパンフレットをお読みになって頂くか、私でよろしければ簡単に説明する事は出来ます」

「ありがとうございます。二人はどうするんだ?」

「ん~ 私たちは精霊の国に帰るから、この国へは登録しないわね」

「……そうですか」


 二人ともフードを被りっぱなしなので、エルフとは思われていないようだ。耳袋が付いているので分かりそうな気がするのだが。そう思うも、今まで一度も耳の長いエルフには会っていない事に気がつく。この国にいるエルフは少ないのだろう。

 すると丁寧な職員が回りを見渡しながら小声で話し始める。


「(ちょっと話しを合わせてもらっていいですか?)」

「(……? はい構いませんけど)」

「……おほん。それでは、一度私からしっかり説明した方がよさそうですね。個室の相談部屋がありますので、皆さんご一緒にどうぞ」

「はい。じゃあ二人も一緒に行こう」


 そのまま三階の奥にある個室の相談部屋へと向かう。職員はさりげなく回りを気にしていて、どうにも不安を感じる。このまま部屋に閉じ込められるような感じではないが、少なくともあまり良い話ではなさそうだった。











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