第163話 アドリード王国を救おう! その11
「た、タロー……」
「……頑張れ」
「け、けど……」
「……明けない夜がないように、終わらない握手会もとい、お祈り会はない」
「あぃ……」
正直ネピアにもラヴ姉さんを張り付かせてやりたかったが、ネピアならこの場にいる誰にも負けはしない。だがクリちゃんは違う。本気を出せば魔法クロスレンチと、多大なる魔源でこの辺り一面を吹っ飛ばせるかもしれないクリネックス君ではあったが、魔法自体はあまり得意ではなく、体術も護身術に優れているという程らしい。
(それでも、十人くらいは余裕だろうけどな……)
だが今は餌に群がる豚のように、クリネックスに群がる野郎共。クリちゃんには絶対汚れて欲しくないので、ラヴ姉さんに鉄壁のガードをさせている。
(エルモアの列は本当に礼儀正しいな…… 生物としての本能がそうさせるのか……)
そのエルモアは余計な動きはせず、まず敬礼。相手も敬礼。そして目を瞑りながら軽く詠唱し祈りを捧げる。祈られた相手が少し光り、最後に笑顔で「精霊の加護を」
と言っていた。その瞬間に訪れる聖修道女。皆、朗らかな顔を見せる。欲にまみれたネピアの列とは大違いだった。
(ネピア…… 頑張れ…… お前はそういった手合いに好かれやすいんだ……)
単純作業が得意なネピアは、怯えながらもお祈りを丁重にこなしていく。エルモアのように目を瞑ったりしない。ネピアは無防備そうに見えるが、仲間以外には警戒は解かないガードの硬い娘だ。だが彼らもネピアは大事に思っているのか、目は血走っているがマナー違反はない。それどころか、幼気様に祈りを捧げられた事によって、顔つきが明らかに変わっていった。
(童貞を捨てましたって感じするな…… 何人斬りだネピア……?)
『ギロっ!?』
(ひっ!?)
ネピアに睨まれたのではない。お祈りを捧げてもらった者から、尋常ではない殺気を受け、思わず恐怖する。
(俺の天使になんて事を思うのかってところか。だがそいつは天使ではない。お漏らしなんだ)
そして一番の欲望が渦巻いている列はここ。クリネックス君の並びだ。背が低い事を除けば、非の打ち所のない身体をしているクリちゃん。自ずと成体エルフ目当てで人だかりが出来る。
(俺はミニグラマー好きだから背が低い事はむしろメリット! クリちゃんは正規エルフ優良個体!)
既にクリちゃんの近くには電撃で痺れた男共が倒れている。ラヴ姉さんの魔法十手による功績だ。感情を抑えきれなかった者達の処遇は既に決まっている。
(君たちは電撃だけでは済まない…… くくっ……)
彼らにはキャプテンガイの相手をしてもらう事になる。俺は精霊の国への旅費を貯める際にカニ漁の船に乗った。その時の船長の事だ。ゲイだけどナイスガイのキャプテンガイ。既に宿屋で待機して貰っている。
(彼らに新しい道が開けますように……)
俺もロリフターズにならってお祈りをした。ラヴ姉さんも何故かお祈りしていた。そしてシャーロットさんはエルモア、ネピアのお祈りが済んでクリちゃんの列に並んでいる。
(流石に王女様に何かする奴はいないか……)
護衛に聖夜を付けているとは言え、あれ程までに自由に動く王女様をみて微笑ましくもあった。それからは大きな混乱もなく、お祈り会は無事に過ぎていった。
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「どうですか? 王城へ戻っていく不審な者はいませんでした?」
「今の所は大丈夫だな」
報告に来た者と確認を取る。演説した情報が漏れないように、王城周辺にはレジスタンスのメンバーが待機している。王城へ情報を持って戻ろうとする奴らがいれば、そこで討つ。
「安心しました。今回は精霊の国へ逃げれば済む話じゃないですからね」
「そうだな。あの時に撒いたビラは、今でも酒場のネタになってるぞ」
「お陰様で。バラまいた時は大丈夫でした?」
「あぁ。俺が撒いた事を知る者はザンさんだけだ。城内には飛び道具使ったから余裕だな。だが新市街の方はビラ撒く度に、俺の後を追ってくる男共が多くて恐怖したよ。ははは」
彼もロリフターズ帰郷の為の立役者だった。王都に混乱を招く為にあるビラを撒いてもらったのだ。計四百枚。
「それでですね、あの者達の勤務帯は分かりました?」
「今夜遅くまで。明日は午前中から仕事のようだ」
「分かりました。なら明日でいいです。出来れば仕事に向かう途中くらいのタイミングで。無理なら仕事中の時間で正午前までに」
「可能だ。既に取り入ってる者がいる。まぁミイラ取りがミイラになる感じだけど、お陰で信用はしてもらえてるようだ」
「それを聞いて安心しました」
「これからでも伝えられるぞ?」
「いえ。下手に行動的になってもらっては困ります。明日の仕事中に抜け出してくる可能性は全くのゼロでないとは思いますが、厳戒態勢中ですから限りなく低いかと」
「そうだな。分かった」
「せっかくの記念日に働かせてしまってすいません」
「任せろ」
「気をつけて」
「おうよ」
そのまま路地の暗がりへと消えていく。代わりにやって来たのはアクトゥスさんとアルマートゥスさんだった。
「お疲れさん。盛況だったね」
「ネピアは精神的に憔悴しきってますけどね」
「……ネピアさんには申し訳ない事をしてしまいましたね」
「大丈夫ですよ。それと現状では情報が漏れるような事はなさそうですね」
「しかし、ある程度は漏れていると思っていた方がいいだろう」
「そうですね。まずは正門突破です。明日も頑張りますよ。細かい所は任せてしまってすいません」
「構わないですよ。元々自分たちの事なんですから。お助け頂きありがとうございます」
俺たち社会派紳士ご一行様は、遊撃部隊であって即応部隊。可能な限り急いで宮殿へと向かう。ヤベーゼとパネーゼさえ押さえてしまえば後はどうにでもなるからだ。出来る限り戦いは避けて通りたいが、そう上手くもいかないだろう。
(俺たちが倒せなかった敵は、レジスタンスの敵となる。出来る限り排除はしてやりたいが、戦局を左右する事柄だ。奮戦してもらうしかない)
俺より遙かに仕事量の多いアクトゥスさんとアルマートゥスさんは、人混みに紛れるように先へ進んで行く。俺はそれを見送りながらロリフターズを労う為に歩みを続けた。
「……何か言う事は?」
「お疲れ様でした」
「……そんだけ? ……褒美は?」
「終わったらな」
「疲れました……」
「ありがとうエルモア」
「ですが、私の列にいた方達は凄い気迫がありました。初の実戦で役に立つのは技量だけではありません。気合いです。とてもよい戦働きをしてくれるでしょう」
「そっすね~ エルモアさんの列はビシッとしていて格好よかったっすよ!」
「ネピアの列はどうだ?」
「あ~ 最初は恐かったけど、お祈りしたら随分と様変わりしたわね。何か一本入った感じしたわ」
「後は…… 本当にお疲れ様クリちゃん……」
「……」
(しなだれてる……)
「クリっち! 大人気! 一推し!」
「クリネックスさんは大人気でしたね。私も頑張らないといけませんね」
その癖、妙に嬉しそうなシャーロットさん。ロリフターズにお祈りされてご満悦だ。
「あんたもやってみるといいわ…… はぁ……」
「精霊の加護を授ける事は出来ませんが、これからまとめ役の皆様の所へ行って、士気向上の役を承っています」
「そうでしたか。念の為に一緒に行ってくれるか聖夜?」
「お安いご用っすよ! じゃあ行きましょうシャーロットさん!」
「はい。護衛の任務よろしくお願いいたします」
聖夜も満更ではないのか、楽しそうに二人で歩いて行く。残されるは本日優良働きのロリフターズと、マネージャー、偶像警備員。俺たちの前夜祭はこれから始まる。だが、クリちゃんは魔源を吸い取られて抜け殻になっていた。