第146話 生存しよう! その2
「相手の人数は分かるかエルモア?」
「……相当数ですね。百前後います」
「マジか……」
「戦闘は可能な限り避けたいわね……」
「戦闘が目的じゃないって印とか出せないか? 話し合いでも出来れば……」
「じゃあ一旦防御結界弱めるわよ」
「出来るのか?」
「幻影で白旗を掲げてみるわ」
「……何でも出来るな」
「一度エルモアのグラフティを掲げた事あるのよ。フルオンで。無駄な戦いをせずに済むしね。けど……」
「……ここはフルオンじゃないからな」
「まだ距離もあるだろうからやってみるわ」
目に見えて防御結界が弱まり、簡単な魔法詠唱の後に白旗が頭上に掲げられる。風もあまり無い中、白旗が月夜に照らされてなびいていた。
「……」
「……」
「……まだやる?」
「エルモアどうだ?」
「殺気が増えてますね……」
「怒らせちまったか……?」
「戦いの国だもんね。白旗なんて上げたって罠としか思わないんでしょ」
「……」
「……」
「逃げるって選択肢もあったか?」
「今は動きを見せない方がいいんじゃない?」
「一匹…… 一匹が凄い殺気を持ってこっちに向かって来ています…… いえ…… これは……? 殺気ではない……?」
(なんだこれは…… 殺気……? いや…… 違う…… 俺はこれをどこかで……?)
緊張する状況のなか頭の中がフルに回転する。回って回っても落ちてこない回答にしびれを切らすが、本能なのか、または身体が覚えていたのか一つの結論に辿り着く。だがその回答出したのは聖夜だった。
「パイセン…… これ…… すごい気っすよ……」
「あぁ…… でも…… まさか……?」
俺が元の世界をバックレてきた理由は、ブラック会社の先輩から逃れる為だった。名は貸島先輩。その先輩もまた「気」の使い手だった。
だが目の前から来る「気」は、あの時のような禍々しさはない。純粋な「気」の量だろう。元の世界では感じる事の出来なかった「気」ではあるが、既に俺はこの「気」の探知能力をいつの間にか獲得していた。
「タロさんどうしますか?」
「一匹で来るくらいだ。白旗の甲斐があったか?」
「もしくは一匹で私たちを葬れる自信があるのかもね」
「あたし…… 殺気を押さえられる自信ないな。これ……アン様レベルの力あるかも」
「ちょっと私恐いなぁ~」
「アン様レベルか……」
やがて視認出来る距離に一匹の男が姿を現した。筋骨隆々。月夜を後ろに歩いてくる様はまるでオークのようだった。
「ネピア。白旗は維持していてくれ。だが奇襲を想定した防御を頼む」
「分かったわ」
「エルモア。相手はどうだ?」
「……かなりいい勝負が出来そうです」
(いい勝負か…… 相当強いんだろうな……)
「よし。俺が一度呼びかけてみる。皆はアイツが陽動である可能性を考慮し、防御に努めてくれ」
「「「「「 了解 」」」」」
あまり近寄られて、一気に攻撃に移られても困ると思い、絶妙な距離で一匹の男に声を掛ける。
「聞いてくれ。こちらに戦いの意思はない。信じてもらえないだろうが、空間転移魔法でこの場所に飛ばされたんだ」
(反応は無しか。ただ立ち止まってくれたな)
「情報が欲しい。一体ここはどこなんだ?」
「……もしかして鈴木君?」
「へ?」
「やっぱり鈴木君か。もしかして奥にいるのは聖夜君か?」
「も、もしかして……」
「覚えているかな。紺野勇雄。元、孤高のアルバイターだ」
「紺野さん!?」
「大パイセン!?」
「元気そうで何よりだ。また逢えるとはね」
「紺野さ~ん!」
「大パイセ~ン!」
「「「 ギュッ!!! 」」」
「何やってんすかこんなところで!?」
「戦っている」
「今も戦っているんですか!?」
「いや、先週九回目の戦いが終わってね。今は戦待ちだ」
「あの~?」
「す、すまんエルモア。彼は敵じゃない。元の世界から一緒に来た最後の面子だ。みんなも警戒を解いてくれ」
「あい」
「あ~ よかった~ 疲れたよ~」
「本当だね~」
「戦わず済んで本当に良かった。女王様のご加護を」
紺野さんは後ろを振り向きながら手を振っていた。仲間に問題無い事を知らせたのだろう。硬い表情が少し柔らかくなり言葉を繋いでいく。
「しかしこんな所で出逢うとは。それでも無事で良かった。今の所、次の戦の連絡はまだない」
「そうですか。九回戦って生き延びれたんですか」
「そうだ」
「凄いっすね~ 大パイセンは~」
「いや。仲間のお陰だ」
照れくさそうに話す紺野さんを見て心底落ち着いた。初めて紺野さんに出逢った時の印象は吹き飛び、今は頼れる兄貴といったところだ。
(借金まみれの孤高のアルバイターだったもんなぁ…… それが今は精強な顔つきになっている……)
「ここではなんだ。私達の陣へ案内しよう」
紺野さんに誘われるまま道を歩いて行く。百人ほどいた紺野さんの仲間は山賊のような見かけではあった。だが紺野さんが友人である事を告げると、警戒を解いて和らいだ顔をしていた。
野営している陣に到着すると、ラヴ姉さんが炊事している者に声を掛けてさっそく食べ物を頂いていた。エルモア、ネピア、クリちゃん、シャーロット王女もそれにならって夕食を頂いていた。
「大丈夫だ」
「何がですか紺野さん?」
「ここの皆は女性には優しい」
「見た目は山賊みたいっすけどね~」
「この国にくる者は皆訳ありだ。皆、家族を亡くしている」
「そっすか。自分がいたスラムもそんな感じでしたね」
「紺野さんこの国はやっぱり……?」
「察しの通りここは戦国だ。近いうちに戦があるだろう」
「大パイセンはずっとここにいたんすか?」
「そうだ」
「ここから出ようとは思わなかったんですか?」
「結界が張られていると聞いている。女王様がお作りになったそうだ」
「じゃあずっと戦うんすか?」
「仲間を置いていけない。それに四十六歳になってようやく自分の道が決まった気がするんだ」
空に浮かぶ月を眺めながら、そんな事を言う紺野さん。覚悟の決まった目は元の世界では見た事のない眼差しだった。
そんな紺野さんを巻き込みたくはなかったが、俺たちの状況を簡潔に説明した。ゆっくりと頷きながら真剣に話を聞いてくれる。
「そうだったか」
「ここから出られる方法はありませんかね?」
「可能性としてはある」
「あるんすか!?」
「次の戦いで勝てればの話だ。十回勝てば女王様から褒美が頂けるそうだ」
「その戦いはいつあるんですか?」
「それは……」
『おぉーーー!? 爺さんが来たぞぉーーー!?』
一際大きい歓声が上がる。そちらに目を向けると信じられない光景が広がっていた。野営している陣地の向こうからマイクロバスが走ってくる。我らがロリフターズ一味も初めて見る光景に唖然としていた。
「へ?」
「あれが来たと言う事は……」
「なんすか!? この国には車あるんすか!?」
「いや。あれは特別だ」
俺たちが座っている真横にスモークガラスのロケバス仕様なトヨタ・コースターが停車する。運転席の窓ガラスが横に開いていたので運転者に目がいく。そして運転席に座る人物を見て驚愕した。
「やっぱりオートマには排気ブレーキじゃの~」
「じいさん!?」
「じいちゃん!?」
そこにいたのは元の世界から、この異世界に送り出してくれた謎のじいさんだった。相変わらず飄々とした物言いでいたが、俺と聖夜の顔を見て驚いていた。
「久しぶりじゃの」
「何やってんだじいさんこんな所で!?」
「仕事じゃ」
「仕事?」
「バイトでデリバリーのドライバーをしとるんじゃよ」
「デリバリーっすか?」
「お前達仕事じゃぞ~」
「「「「「 は~い 」」」」」
マイクロバスの社内から若い娘の声が聞こえてくる。声の重なり具合からすると、フル乗車していてもおかしくない程であった。
「まぁまぁお前さん達も楽しむといいのじゃ」
相変わらず胡散臭い喋り方をし続けるじいさん。目まぐるしく変化する状況に付いていけなかったが、俺はいつも通り流される事に決めたのだ。