第145話 生存しよう!
光に包まれてから、どれだけの時間が過ぎたのか。悠久を冒険する旅人のように、生き長らえていたのか。それとも瞬きするような一瞬の時であったか。その両方かもしれないと思ったのは、己に感じた違和感からでもあった。
(視界がぼやけて……)
世界から世界へ旅をする者は、このような気分になるのだろうか。以前の世界からこの世界に存在する自身の殻に、同じサイズの自分をはめ込むような無理矢理感。入りもしない器に自身の意思とは関係なく強制的に埋め込まれていく。
(焦点がブレる……)
周りを見ようと右に顔を向ければ、自分が思い描いた景色が見えず、ワンテンポ遅れて景色が見えてくる。多少時間の空いた連続写真のように視点が飛び飛びに映る。
(少しずつ……慣れて……)
意識も段々とハッキリしてきた頃、光から禍々しさが消えて、暖かみのある優しい光だけが残る。その心地よさに包まれていると、次第に身体の自由が効き、全感覚が取り戻っていく。
「タロさん! タロさん! タロさん!」
「う……」
「タロさん!」
「え…… える…… エルモア……?」
「タロさん! よかったです!」
「あ…… そうか…… 空間転移魔法で…… みんなは……?」
「無事よ。あんただけ起き上がってこないから心配したわ」
「……そうか」
自分を中心に輪が出来ていた。心配そうに見守るエルモアの顔。俺が意識を取り戻した事によって安堵するラヴ姉さんとクリちゃん。辺りを伺うようにしているのは聖夜。その隣にいるのはシャーロット王女だった。
「……すまん。結構時間経っちまったか?」
「大丈夫ですよ。気にしないで下さい。どこか具合が悪い所ありますか?」
「いや…… 大丈夫だ。心配掛けたな」
「わかりました。何かあったら言って下さいね」
「ありがとう」
「本当に大丈夫なんでしょうね?」
「あぁ。暖かくて優しい光に触れていたからな」
「そ、そう? そう思ってくれるなら嬉しいわ」
久しぶりに素直なネピアの感想を聞いて、心配を掛けたのだろうと思う。立ち上がろうとする際にエルモアが手を出してくれたが、手で制す。
(寂しそうな顔させたなエルモアに。けど具合が悪そうにしていてもしょうがないしな)
「ここは何処だ?」
「分からない。どこかの森の中ね」
「みんなは怪我ないか?」
「むしろあんたに聞きたいくらいだわ」
「大丈夫だ。という事は問題ないって事だな。流石はネピア。最強最高の魔法士だ」
「……」
「馬鹿にしてる訳じゃないぞ」
「分かってるわよ。ただ悔しかっただけ。既に発動していた場所におびき寄せられるなんて……」
「仕方ないだろ。エルモアやネピアが気づき始めた頃にはアイツが先手を仕掛けて、話して来たんだからさ。あの状況ではしょうがない。当時は兵士を呼ばれる訳にいかなかった」
「けど……」
「なんにせよネピアの防御結界のお陰で無事に転移出来たんだ。誰かがかけるでもなく怪我する事もなかった。ありがとうな」
「……うん」
みんなで寄り添うように円陣を組む。辺りには深い深い森。前後を一本の大きな道が切り開かれいているだけで何もない。先ほどと時間は変わっていないのだろうか。月明かりが俺たちを照らしていた。
「いったい何処なんだろうな」
「わからなっす。自分はカーサ・ダブルオーから出た事ないっすから。パイセンでもわからないっすか」
「わからんし見当もつかんな」
「私にもわかりません。みなさんを巻き込んでしまい申し訳ありません。元王女という身分ではありますが謝罪いたします」
「いいよ~ 仕方ないっさ~」
(こういう時のラヴ姉さんは本当に助かるな……)
「エルモアどうだ?」
「空気が違いますね」
「空気?」
「アドリード王国でもギルディアンでもない。ましてや精霊の国でもないです」
「となると……」
「戦国」
「考えたくないけど…… その可能性は高いわね……」
「戦国ってなんすかエルモアさん?」
「基本的にこの世界は四つの大きな島で構成されています。シャーロット王女のアドリード王国。私たちの精霊の国。そして聖夜さんがいたギルディアン。そしてここは多分……戦いの国、戦国。この国に関してはあまり情報はありません。何故なら入ったら基本的には出られないからです」
「出られないんすか? でも空気で分かるなんてエルモアさんは凄いっすね~」
「それもあるんだけど……」
「なにネッピー?」
「パネーゼが言ってたでしょ? 王女さんをアドリード王国に戻す気はないって。それにその場で殺す気もなかった。けど……」
「……消えてはもらいたかった。二度とアドリード王国に戻れないようにって事か?」
「多分ね」
「あのような者達にアドリード王国を任せるなど…… 悔しいです……」
(大臣が継承権を持つまでも結構やりたいようにやっていたもんな。そいつが王子になんてなったら……)
「その悔しさは取っておきなさい。絶対ぎゃふんと言わせてやるんだから」
(お前は「ぎゃふっ」までは言ったことあるけどな……)
「(ギロッ!?)」
「……すいません」
「なにネピアさんに謝ってるんすか?」
「……色々あるんだ」
「そっすか」
「でだ。道は前後に開けている。どっちにいったもんか」
「お月さんの方へ行こうよ~! ね!?」
「適当だな~ ラヴ姉さんは」
「考えても仕方ないわよ。導かれましょう。お月さんに」
「そうだな。闇夜を照らす光だ。間違いも起こるまい」
「女王様のご加護を」
「王女っぽい!」
「元ですけどね。ふふっ」
その後、シャーロット王女より改めて礼を言われてから、各々自己紹介をした。やる事も前に進む事だけなので、これまでのいきさつを話しながら進んでいく。
「みなさん凄い方達なんですね。お逢い出来て光栄です」
「いえいえ」
「まっ 悪い気はしないわね」
「報奨金よろ!」
「ラヴは現金だね~」
「ふふっ 楽しみにしていて下さいね」
「楽しみ~!」
(出る事の出来ない国にいるかもしれないのに、この明るさだ。だが今は本当に救いになっている)
進めども進めども変わらない道。これが俺たちの未来を提示しているよう。変わらない状況。好転しない状況。そんな事を表しているようでもあった。
(悪くならないだけマシか…… 現状維持でも腹は減るがな……)
するとエルモアがみんなを手で制した。その瞬間ネピアは魔法の詠唱を始め、クリちゃんは魔法の泉にしまってある魔法具と、各々の道具を手渡してきた。
「……尋常ではない殺気ですね」
「……しかも相当の手練れね」
「マジか?」
「まだかなり遠い場所にいます。ですが既に感づかれていると思います」
「どうするの?」
「戦いの国か…… 避けられそうにもないな…… 交戦準備用意。ただ、殺気は消してくれ」
「サー!」
「ネピア? 念の為に防御結界を貼れるか?」
「出来るけど…… この国だと魔源の消費は抑えたいわね…… 結構魔源の消費が激しいし、これからどれだけ戦う事になるか分からないのよ」
「分かった。だがあまりにも情報が無さ過ぎる。最初でつまずいたらそれで終わりだからな」
「それもそうね。分かったわ」
「エルモア?」
「サー!」
「ギリギリまで引きつける。相手が魔法士なのか飛び道具を持っているのかだけでも確認したい」
「サー!」
「ネピアは索敵出来るか?」
「防御結界貼りながらだと、難しいわね」
「了解。索敵はエルモアに任せる」
「サー!」
「パイセン? 自分はどうすればいいっすか?」
「聖夜は王女さんの護衛を任せる。武器はあるか?」
「ないっす。けど親父に鍛えられたんで、素手でもいけるっすよ。竹刀あればもっといけるっすけど……」
「じゃあこれだな。短いけど」
俺はスーツのベルトに差していた短剣を聖夜に渡す。エルモアとネピアを騙していた悪徳商人から借りた短剣だ。一緒に借りたショートソードは携帯性に優れていなかったので荷車タイプSに積んだままだった。そして俺はこれまた借りたリボルバーに弾を詰める。攻撃用の赤い弾だ。
「クリちゃんは俺と一緒に遠距離攻撃だね」
「はい。魔法クロスレンチをブン投げます」
「ラヴ姉さんはエルモアと一緒に前面に出てもらいたいけど大丈夫?」
「はいさ~(ブンブン)」
「まだ殺気は出さないでお願いしますね」
「は~い」
のんきなラヴ姉さんの返答を皮切りに、俺たち計七匹は最初の戦闘を開始する。