第141話 スラムに行こう! その4
扉は手前に開かれた。何の問題も無く。蟲が出る事も埃まみれになる事もない。ラヴ姉さんとクリちゃんが希望していたベットまである。サイズはダブルサイズかそれより少し大きいくらい。だがそれしかなかった。
どうやってベットをこの部屋に入れたのか疑問に思う程に、マッチングしているベッド。部屋にすっぽり収まるようにして置かれている。他には何もない。いや、屋根裏部屋の時と同じように高い天井の上に窓が一つあった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
期待していたのかもしれない。多少はこの俺でもしていた。だがもう一つの扉を開けても同じ有様だった。
「……意外に綺麗なシーツが哀愁を漂わせるな」
「……そうね」
「……ベッドで寝れますね」
「ちっと期待外れだったけど、これもまたおもろい!」
「ま、まぁ、無料ですから」
それぞれ感想を言った後に部屋を後にした。せっかく広い所で眠れるんならと、レースで斡旋していたホテルへ戻る。先ほどの部屋とは打って変わって、より豪華な作りに見える。だがこれも明日の朝まで。
「あ~ ヒポの事聞くの忘れてたな~ 連れて行って大丈夫かな~」
「大丈夫じゃない? 倉庫の周りも広かったし」
「腹減った!」
「そうだね~ お腹減ったね~」
「ホテル暮らし最終日…… だし……」
「だし?」
「派手に行くぞ~! 聖夜再開記念パーティー前夜祭だっ!」
「「「「 お~!!!! 」」」」
「ルームサービスを呼べぇ!!!」
「サー!」
いつも通り。いつも通りの展開になる。このアホな乱痴気騒ぎはお手の物。暴れているのに安らいでいる。そんな宴が俺らロリフターズの看板だ。確かに聖夜と再会出見たのが嬉しかったのは事実。だが俺は明日の行動の為に、明日の彼女らを行動を不能にする酩酊パーティーをオーガナイズした。
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時は昼前。正午にはまだまだ時間がある。日も大分に上がり気温も上がってきた頃に俺は一匹行動する。昨晩は周りを盛り立てるのに徹し、己の酒量は控えめにしていた。何故なら、いかがわしい本屋に行かなくてはならないからである。
(ヒポよ…… 男の誓いを守ろうぞよ……)
本来であればチェックアウトしなくてはならない時間ではあるのだが、追加料金を支払い夕方近くまで滞在出来る事になっていた。
(あぁ~ 異世界でそういった本を買えるとは思ってもみなかったなぁ~)
気分は気温と一緒に上昇する。太陽さんも一緒だ。そして己が息子も張り切ろうと息巻いている。
ホテルのロビーを抜け一路本屋を目指す。場所は風俗街に近い裏通りにある。鼻歌をまじりながら上機嫌で街を散策する。楽しい時は時間が過ぎるのも早いものだ。新しい鼻歌を作り上げる前に目的の場所へ到着する。エロ本屋だ。
(ここか…… いざ! 参らん!)
お邪魔しま~す。とは言えず、寡黙な男のフリをしてアングラな本屋に入室成功。こういった手合いの本屋には珍しく、レジ近くに四人がけのテーブルと椅子がある。そこに座る三人の男がチラリとこちらに目線を向けるが、俺は気にしなかった。
(結構種類あるな~ おぉ!? これは伝説の発禁本!? 若人妻強欲ロメロ・スペシャル!!)
「(チッ)」
「(いるいる、ああいう奴)」
「(人妻モン選んで置けば玄人ぶれると思ってやがんだぜ)」
何やら店内に居座る常連らしき三人がなにやら呟いていた。会話は聞き取れなかったが、目線は厳しく刺さる。
(なんだ? これ欲しかったのかな? まぁいい。ここには魅力がいっぱいある。ぬふふぅ)
「(あ~あ ああいうニワカが来るようになったら、この店もお終いだよなぁ~)」
「(ホントホント)」
「(お前みたいな新参者が簡単に入れる店じゃねーつうの)」
(おっと…… いけないいけない…… 俺の買い物は後だ…… まずは魔法馬のグラビアを探さないと…… モロ出しがあればいいなぁ~)
厳しい視線が刺さる中、乱雑に置かれている本を確認してみるが、それらしい本は見つからない。もちろん見逃しもあるのだろうが、まず魔法馬のジャンルが見当たらない。
(う~ん。気まずいけど…… 店主さんに聞いてみるか……)
レジの奥で巻きタバコを燻らせている爺さんに声をかける事にした。
「すいませ~ん」
「……」
「あの~?」
「(チッ)」
「(あ~あ 店長にいきなり声かけるなんて)」
「(まったく調べも無しに来る新参はよぉ~)」
「……なんだ」
「魔法馬のグラビアを探しているんですけど……」
「「「(なっ!?)」」」
「……冷やかしなら帰れ」
「冷やかしではありません」
「……なにゆえ ……なにゆえ必要とする」
「知らない奴がいるんです」
「……知らない?」
「そいつは女を見た事がないんです。だから見せてやりたい」
「(なっ!? 真性童貞にいきなり獣姦本を!?)」
「(なんて奴だ……)」
「(こいつは…… ヤバいぜ……)」
「……グラビアか?」
「出来ればモロ出し丸出し外れ無しを」
「……もう一度だけ聞く。本気だな?」
「はい。約束しましたから。俺は……俺は……あいつに性的興奮を知ってもらいたいんです!」
「……分かった。付いてこい」
「はい!」
「(初回でレジ奥の宝物庫にっ!?)」
「(俺たちですら入れないのに……)」
「(本物だよ…… あいつは……)」
レジ奥に入り床板を外す爺さん。地下に続く階段を降りるとそこは神秘的な図書館のようになっていた。
「……お主のような紳士には問題ないかと思うが、あまり人を立ち入らせる事の無い場所でな。これだ」
「よかった…… これで…… あいつは興奮を覚える事が出来ます」
爺さんは特別な場所をあまり他人には見せたがらない様だったので、目的の品を手にした後すぐに階段を上ってレジに戻る。
「助かりました。おいくらですか?」
「……金銭では買えない」
「それでは……?」
「……既に頂いておる。持っていけ」
「ですが……」
「あの場所にあるものは非売品どころか、聖杯といっても過言ではない」
「なら……」
「聖杯を金で買う奴がいるか? いたとしてもワシは売らん。さぁ早く渡してやるんだ。それがワシの望みでもある」
「はい! ありがとうございます!」
「……まさかそいつを渡す事が生きている間にあるとは」
店を出ようとすると、店内で腰掛けていた三人が俺に声を掛ける。
「済まなかったな。俺は…… 勘違いしていた」
「え?」
「俺たちの方が素人だったよ…… まさか俺がこんな事を言うなんてね……」
「え?」
「古参ぶってた割には新参者にお株を奪われたって事さ」
「え?」
「アノマロだ」
「クロミス」
「俺はトーマシー」
何故だか良く分からなかったが、熱い気持ちを持っている事は理解出来た。自ずと手を差しだし別れ際に自身の名前を告げる。
「俺はズーキ。社会派紳士のタロ・ズーキだ。紳士達よ! さらばだ!」
こうして俺はヒポとの約束を守る事が出来た。それも同好の士であるもの達の気持ちがあったからこそだった。ヒポブーストは本日より雄として目覚め始めた。そして俺はエロ本を買い忘れた。