第138話 スラムに行こう!
走り疲れたヒポブーストは小屋で眠っている。実際眠っているかは確かめていないのだが、勝手にそうであると解釈する。何故なら今、彼に会ったら興奮させてしまう可能性があるからだ。
(次にヒポに逢うのは、魔法馬のグラビア本を渡す時だ……)
既にランスには、いかがわしい本屋の場所は確認してある。だが彼女達を連れて行く事は出来ない。俺もヒポの男友達として、シークレットなサービスを徹底するつもりだ。
(俺も欲しいしな…… 人型のグラビアだけど……)
表通りから裏通りを歩き、人気のいない路地を目指す。日が暮れて間もない時間ではあるのだが気温が低い。この商の国ギルディアンでは夜間は相当冷え込むようだ。
「寒くないか?」
「寒くなりそうです」
「そう?」
近くにいたロリフターズに声をかけるが、いつも通りの返事が各々から発せられる。雪の降る街を裸で歩いても風邪を引かなそうなネピアをよそに、俺とエルモアは今後の気温の低下に気分も落ちそうな案配だ。
「んで? なにすんの?」
「これを渡すのさ」
うらぶれた生活感のある通りに出る。百万クイーンを入れた巾着袋をネピアに見せる。エルモアも一緒になって眺めていた。クリちゃんはラヴ姉さんを慰めながら後ろを歩いている。
「何はいってんの?」
「金」
「いくら?」
「百万クイーン」
「マジで!?」
「マジ」
「本当ですかタロさん?」
「本当」
俺はその巾着袋を手の平に持ち、軽く空にあげてポンポンと手に慣らす。百万クイーンと聞いて目が覚めたのか、ラヴ姉さんらしき鋭い目線が、俺と百万クイーンの入った巾着袋を刺す。
俺はなんとなく居心地が悪くなり、皆より少し前を歩き始める。その鋭い殺気とも言える視線に気を取られ過ぎてしまった。俺が次に巾着袋を空に上げた瞬間、陰で身を潜めていたスラムの子供に奪い取られてしまう。
「いただき~! バッカで~!」
「あっ!? ちょっ!? コラぁ!? クソガキっ!? 待てっ!?」
「タロさん!」
「任せて!」
ものの数秒もしないうちに、お縄になるスラムの子供。フードを目深にかぶり顔は見えない。エルモアとネピアに押さえつけられている。
「放せっ! 放せよっ!?」
「ん~? バカなのはどっちかなぁ~? とりあえず返してもらうぞ…… ったく」
「くっそぉ! 放せ! 放せよぉ~!」
「お~ お~ もう涙声じゃないか? 恐いかい? ボクちゃん?」
「……完全に悪役ですねズーキさん」
「悪人なら子供にも容赦は必要なしさ。オラぁ!? 顔見せろってんだよ!? あぁっ!?」
「ひっ!? 誰かぁ~!?」
「……ねぇ」
「なんだネピア?」
「私もあんたの仲間みたいで嫌なんだけど……」
「間違いなく仲間だ」
「いや」
「いや…… じゃね~んだよ!? 仲間だろ!? 俺たちはあの精霊の国で誓い合った仲じゃないか!?」
「なっ!? な、何も誓ってないわよ! て、適当な事いってぇ~!?」
「誓い合ったんですか?」
「……エルモアさん?」
「誓い合ったんですか?」
「……いぇ」
「誓い合わなかったんですか?」
「……いぇ」
「どっちなんですか?」
「……すいません」
「はぁ」
己の失言をエルモアに弁明しようとするが失敗。この無力感を盗人にぶつけようと考え始めた所で、後ろから一人駆け寄る音がする。盗人と同じようなローブとフードといった出で立ち顔は見えない。だが声は発してきた。
「サーセン! その子が何かしちゃったすか!?」
「あぁ? てめぇの子供か? 俺様の大事な金を盗んで……」
後ろを振り向きながら、スラム住民の男が発する声色と言葉遣いに気が付く。脳の中にある一つの引き出しを開けて、記憶を確認するより早く相手のフードが彼の背中に垂れる。そこにあった顔は紛れもなく、一緒に異世界へ飛び出した仲間三匹が一匹、五十嵐聖夜だった。
「せ、聖夜っ!?」
「ぱ、パイセンっ!?」
「聖夜ぁーーーっ!!!」
「パイセーーーン!!!」
「「(ギュッ)」」
「無事だったかぁ…… 良かった…… よかった…… 本当によかった…… うぅ……」
「パイセン…… 心配してたっすよ…… でも…… よかったっす…… 元気そうで良かったっすよ~」
(出会えた…… 生きてたんだ…… あぁ……)
「タロさんの知り合いかな」
「あの様子じゃ、元の世界の仲間じゃないの?」
「違う! あれ! 愛!」
「「「 !? 」」」
「ら、ラヴ姉?」
「ネピっち~ あれは完全に愛してる抱擁だよ~ あんな美しい同性同士の抱き合いは見た事ないね~」
「え…… ズーキさんって…… え……?」
「流石は紳士食い…… 喰える者は何でも喰う…… それが社会派紳士たる由縁……」
「で、でもラヴ? そ、その……」
「ん~? どうした~ん? 顔赤いよ?」
「だ、だって…… そ、その…… どうやって……」
「それはネピっちが知ってる!」
「なっ!? 知らない! 私知らない!」
「ね、ネッピー? お、教えて?」
「し、知らないわ、わ、私はなにも……」
「ふっふっふっ~ それは嘘!」
「生物としての本能すら凌駕するDNAクラッシャー…… だが全ては破壊から生まれる…… 混沌の紳士…… それがタロさん……」
後ろで何か良からぬ事を話し合っている風には感じたが、今はそれどころではなかった。生きていた。異世界でもう一度出逢えた。それだけで何もかもどうでも良くなってしまう。
「え、え~と? タローの知り合い?」
「あーーー!? 話をそらしたーーー!?」
「そ、そらしてない!」
「私も気になる…… ネッピー? 後でね?」
ネピアに話しかけられて、ようやく抱擁を解く社会派紳士とローブを着たホストもどきの聖夜。離れるのが寂しそうに互いに離れ合う。
「(ほらぁ~ あの離したくないブリ~ 間違いナッシ!)」
「(ほ、ほんとだぁ~ ラヴの言う通りだね~)」
「(ちょ、ちょっと! もう終わり! ほら!)」
「(私も気になる……)」
「(ね、姉さん!?)」
(そうだ…… 俺の大事な仲間を紹介しないと…… ふふっ……)
「何回か話した事はあると思うけど、一緒にこの世界へ旅だった大事な仲間…… 聖夜だ」
「よろっす! 五十嵐聖夜っす!」
挨拶と同時に皆に握手して回ろうとする聖夜。その屈託のない笑顔と喋りは彼女達を魅了する事だろう。
「は、初めまして。ね、ネピアよ」
「ネピアさんよろっす! 双子さんすか? そちらの方もよろっす!」
「これはご丁寧に。エルモアです」
「あたしラヴ! ラヴ姉さん!」
「ラヴ姉さんっすか! チーッス!」
「わ、私は…… クリネックスです…… そ、その……」
「クリネックスさんよろしくっす! どうしたっすか?」
「そ……」
「そ?」
「……詳しく聞きたいです」
「おーけーっす。大丈夫っすよ。それと自分に敬語はいらないっすよ」
「え? で、ですが」
「パイセンよりずっと年下っすから」
「は、はい。聖夜さん」
「聖夜でいいっすよ」
(クリちゃんは渡さない……が、聖夜ならいいか……)
聖夜ともう一度逢えた喜びを噛み締めながら、この世界にくる直前の出来事を思い出していた。元の世界から異世界に飛んだのは合計三匹。社会派紳士である俺が一匹。寺の地図記号をネックレスにしたチャラ男の聖夜が一匹。そして借金まみれの孤高のアルバイター紺野さんが最後の一匹となる。