第137話 競馬に出よう! その6
「嫌だぁーーー!? 誰か夢であると言ってくれーーー!?」
「どうする!? 金貸しの奴らにやられちまうぞ!?」
「……もう、失うモンはねぇ」
「……やるか」
「……あぁ」
混乱に次ぐ混乱は、混沌を生み出しては、新たな混沌を生む。嵐は生み出され、局地的な竜巻となって債権者を債務者が取って喰う。
どこもかしこも怒号に満ちあふれている訳ではない。所々に存在する静かな者達もいる。さながら台風の目の中のように静けている。我々もその中の一つのグループだった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
本当に静かな俺たち五匹。いや六匹。勇ましくもあったヒポブーストは地面と一体化して土饅頭を作り上げる。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
会話がなくなると気まずくなるという事もあるであろう。だが心から信頼した仲間達と一緒であれば、またそれも気持ちのいい瞬間なのである。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
だが本当にそうなのだろうか。今この時は幸せなのだろうか。否。間違いなく不幸せな存在が一匹いる。そして、それに呼応するかのように他四匹も引きずられるようにして大人しくなる。ヒポは除く。
(ヒポは大人しいけどな…… さぁ…… どうしたもんか……)
ここにいてもいいのだが、いらぬ騒乱に巻き込まれる可能性も否定出来ない。何せヒポブーストもいるのだ。そして騎手の金貸紳士。崇められる事はあっても、決して疎まれる事のない紳士ではあるが、非常事態と言えば非常である。
(とりあえず宿に戻るか…… 泊まれるかなぁ……)
ゆっくりと宿に向かって歩き出すと、昔のRPGのように一列になって動き始めるパーティー。俺がジグザグに歩いても背後霊のようについて回る計六匹。
(ヒポも来てくれたか…… さぁ、酒飲んで寝よう……)
ぞろぞろと連なりながらレース関係者の宿に戻る。追い返されると思ったが、既に金は頂いているようで本日まではタダで泊まれるようだ。そのまま一列になって昨晩世話になった部屋に皆で戻る。ちなみにヒポは専用の小屋で干し草を食べ続けていた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
五匹は思い思いの気持ちを胸に秘め部屋にいる。それを口に出す者はいない。その中心人物なるラヴ姉さんは、下を向いたまま動かないでいた。いや、動かないでいたわけではない。現実から逃げるように眠りこけていた。
「……俺も疲れたから昼寝するよ」
「……そうですね」
「……そうね」
「……そうしましょう」
既に胡座をかきながら就寝しているラヴ姉さんをよそに、残り四匹はそれぞれの場所で昼寝を貪る事にした。
どれだけの時間が経ったのか。思いの外、レースに出場していた俺は疲労していたらしく、日が落ちるまで眠りこけていた。
(俺だけじゃない。みんなも応援で疲れていたのか……)
未だに起きる気配のない四匹の娘達。うち一匹は娘ではなく、只の債務者である。本当にどうやって集金するか考え始めていた所でエルモアが起きる。
「……タロさん」
「……エルモア」
「タロさん」
「エルモア」
久々のゆっくりとした挨拶に心和むものの、俺の心は乱れていた。そう。金以外の集金方法でラヴ姉さんから取り立てようと、社会派紳士らしく妄想していたからである。
「どうしました?」
「いえ」
「どうしました?」
「なんでもありません」
「はぁ」
これまた久しぶりに、ため息ならぬエルモアの吐息を身近で感じる事が出来て嬉しく思う。だが彼女の澄んだ眼差しに映るのは社会派紳士であるこの俺。あまり汚れた心で見られる訳にもいかない。
「そうだ。ちょっと出掛けるんだけど……」
「はい」
「一緒に来てくれるか?」
「サー!」
(デートのお誘いって訳ではなかったけど、返しがこれだからな…… はぁ……)
そんな事も思いつつ、実際デートに誘った訳ではなく、見知らぬ土地の夜間に一人でお散歩する程に自信があるわけでもない。ただただ、完全自立型高機動戦闘幼兵であるロリフターズが片割れ、エルモアが側にいてくれれば、これ程に心強いものはない。
「じゃあ行くか」
「サー!」
「んぁ…… あれ…… どっかいくの?」
「出掛けるよ。ネピアも一緒に行こう」
「……あぃ」
(狂戦士も一緒か……)
眠い目をこすりながら立ち上がるネピア。それに呼応するようにクリちゃんも起き上がる。
「……ご飯ですか?」
「そうだな。それも出掛けてついでにしてこようか」
「? 何か用事でも?」
「慌てる用事でもないんだけど、わざわざ遅らす理由もないんだ」
「はぁ」
エルモアの吐息のようにクリちゃんもまた可愛らしい返事をする。こうなると、残り一匹も目覚めそうではあるが、彼女から声は出てこない。
「じゃあ行こうか」
「サー!」
「……エルモア? 差し支えなければいつも通りにして欲しいんだけど」
「はい」
「どうも」
「どういたしまして」
「こちらこそ」
「いえいえ」
(お漏らしロリフがいるなら、戦闘状態で待機させるものなんだしな)
「んで、どこいくのよ?」
「スラム」
「スラム? 日が暮れているわよ?」
「そうなんだけど、ネピアがいれば安心だろ」
「ま、まぁね」
「ズーキさんはスラムに用事が?」
「あぁ。ちょっと渡すものがあるんだ」
「知り合いですか?」
「直接的な知り合いではないんだけど…… まぁ、行きながら話すよ」
「分かりました」
そのまま部屋を出て行こうとすると、僅かにだがラヴ姉さんが振動する。その様子を知ってか知らずか、お優しいクリちゃんは質問を俺に投げかける。
「あの~?」
「はい」
「ラヴは?」
「……」
「……」
「……それもまた行きがてらに」
「待ってぇ!? 見捨てないでぇ!? お願ぃ~!」
捨てられると思ったのか、ラヴ姉さんは必死に俺にすがりつく。それを払いのけるような真似はせず、優しく語りかける。
「ゆっくりしていて下さい。疲れたでしょう? さぁ」
「絶対ここで見捨てる気ぃ~! 疲れてないもん! 大丈夫だもん!」
「いえいえ。心労が顔に表れていますよ? さぁお休みなさい?」
「全然! 平気! 問題無!」
「速攻! 返済! 借金!」
ラヴ姉さんと同じように、片言言葉で返すと同時に、ヒポブースト名物の土饅頭をラヴ姉さんが自らの身体をもって作り上げた。
「うぅ~ う~ ぅ~」
(ちょっと可愛い。その可愛さに免じてこの辺りにするか)
「ラヴ姉さん?」
「……はぃ」
「宿も探さなきゃならないし、やる事いっぱいあるから、頼むよ?」
「うん! 頑張る!」
素直な事は良いものだと実感するも、欲望に素直でありすぎるラヴ姉さんの今後を心配する。だが彼女達からしてみれば、俺もまた欲望に素直な存在であると認識されているだろう。深く考える事を止めた俺は、いつも通り流されて生きて行く事を決めたのであった。