第136話 競馬に出よう! その5
「……何とか間に合ったな。流石はランス。最高の出来だ」
「……」
「どうした? 安すぎたか?」
「……いえ」
「すまんな。ランスに何かあったらマズいと思ってな。出過ぎた事なら働いて返すよ」
「そんな! 自分の事を思ってくれたんですから。嬉しかっただけです」
「……ちなみにいくらくらいだと思っていたんだ?」
「五百万クイーンは」
「五百万!?」
(札束が三つだから三百万クイーン…… 二百万クイーンも安く見積もられたのか…… ミスった…… 出しゃばったな…… あぁ……)
「仮に五百万クイーンで決まっても即金で頂けたのは三百万クイーン。残りの二百万クイーンは、運び賃や換金手数料といった事でごねられてしまいます。それに自分だけだったら、即金で金を頂けなかった可能性があります。交渉で安く見積もられて突き放されてしまう事も多い若輩者ですから……」
「そ、そうか。そう言って貰えると助かるよ」
「元々、確実な金を手に入れる為の行動でしたから。しかし即金で頂けるとは思ってもいませんでした。旦那、流石ですよ」
「お、おう。ありがとな」
(照れるな……)
「それにしても凄い金額になったもんだ。あれを売ったらいくらくらいになるんだろうな?」
「……実はあのソファーが骨董品のレベルで」
「マジ?」
「マジです」
「……いくら?」
「一千万クイーンを超えるかもしれません」
「……」
「……」
「で、ですが、自分にはあれを安全に売り払えるルートはありません。売れば確実に足が付きますからね。先ほども言ったように、その場で現金で貰えるという事が一番ですから」
「……すいません」
「旦那!」
「はい! なんでしょうか!?」
「自分はこれからブックメーカーを追い詰めに行きます」
「一人でか?」
「いえ。隊をなしていると思いますので同行します」
「分かった。じゃあ渡しておくな」
俺はその三本の札束をランスにそのまま渡す。驚いた顔をしながらも、金が大事な事はランスが一番分かっているらしく、大事そうに受け取る。
「少なくしちまって悪かったな。気をつけて行ってこいよ商売王」
「旦那! こんなに受け取れません!」
「多いに越した事はないだろ?」
「ですが……」
「いいから」
「……」
「早く行かないと遅れちまうぜ?」
「……やはりお預けします」
するとランスは一束を懐にしまい、残り二束を俺に渡す。どう考えても功労者たるランスが得るべきお金だ。だが好意は無駄に出来ない。一束を受け取り、残りの一束をランスに渡す。
「これでどうだ? 走りやすくなっただろ?」
「……旦那には敵いませんね。だからこそ頼みたい事があります」
「承った。なんだ?」
「この一束をスラムにいる先生か、お弟子さんにお渡し下さい。旦那なら確実です。色々お願いして申し訳ありませんがよろしくお願いいたします」
「分かった。だが俺はその先生の事は何も知らん」
「スラムに行って旦那が先生だと思った方が先生です。旦那なら間違いありません」
「間違ったら洒落にならん金額だ。風体とか教えてくれよ」
「仙人みたいなお爺さんがいます。スラムで何かあれば直ぐに出てきますから、すぐ分かりますよ」
「じゃあスラムに行って仙人みたいな爺ちゃんを探して渡すよ。俺が判断出来なかったらランスが帰って来るまで持ってる。場所は……」
「大丈夫ですよ旦那。情報屋としてもやっていけるって言ってくれてたじゃないですか」
「そうだったな。よし。じゃあまたな。それとありがとう。百万クイーンも稼げるとは思っても見なかったよ」
「はい。それじゃ旦那、行ってきます」
「気をつけてな!」
「……」
「ランス?」
「……自分の事を心配してくれて本当に嬉しかったです。どうやら人を見る目は養われたみたいです。それでは!」
照れくさそうに走り去っていくランス。そして照れくさそうに見送る社会派紳士。どちらも不器用な性格をしているのかもしれなかった。
なるべく人目に付かないように歩き、レースの行われている場所へと戻る。近づくにつれて人が多くなるが、不審な動きをしないよう、目立たないように街に溶け込んでいく。
「おい! 聞いたか!? ブックメーカーがバックレたらしいぞ!?」
「ホントかよ!?」
(どうやらこちらにも情報が回ってきたらしいな……)
その情報は瞬く間に人々に伝わり、レースの勝敗を決める魔法掲示板のあたりまで駆け巡る。怒声と共に舞い散る桜のように馬券が空を覆う。
(綺麗だな…… だが人々の心は荒みきっている……)
「どういうこったぁーーー!? レースが無効だとーーー!?」
「追うぞ! 捕まえて馬の餌にしてやる!」
「あぁ…… 俺の一ヶ月分の給料が……」
「……俺も逃げようかな」
「ちょっといいかな?」
「いやぁーーー!?」
人それぞれの状況が混沌を生み出し、荒れに荒れていくカーサ・ダブルオーの住民達。それに負けないようにして混乱を生み出す一人の青年と我らがラヴ姉さん。
「オラぁ!? 早く金を返せってんだよ!? あっ!?」
「待って!? 待ってよ~!?」
「時間貸しって言ったろ!? もう一時間経つぞ!? 一時間過ぎたら金利倍だからな!?」
「うわ~ん! ヒドいよ~!? だって! だってぇ!? まだ確定してないじゃ~ん!」
「だからブックメーカーが逃げたんだろ!? 無効だよ! 無効! お前らは餌にされたんだよ!」
どうやら勝馬投票券を購入するに当たって、ラヴ姉さんは街金なのか闇金なのか、分からない程に怪しい奴に金を借りていたらしい。それも一時間単位で。これだけの情報が歩きながら近づくにつれて理解出来てしまうほどに騒々しいやり取りであった。
「どうした?」
「あっ!? ズーキくん! 助けて!」
「なんだてめぇはよ!? こいつのツレか!?」
「安心しろ。お前と同じく同業者だ」
「あ? そうかよ。俺だけでなく他にも借りてんのかよ…… つくづくどうしようもない女だな……」
「うわ~ん! ヒドいよ~!(バンバン!)」
(ヒドいね…… 本当にヒドいよラヴ姉さん……)
「助けて! ズーキくん! 助けて!?」
「あ~ すまないな。それで君はいくら彼女に貸したんだ?」
「……本当に同業者か?」
「いいから。それでいくらなんだ?」
「ちっ。二十万クイーンだよ」
「「「「 !? 」」」」
「青年、大いに安心しろ。俺は債権者あって彼女はただの債務者だ」
「ヒドいよ~!(バンバン!)」
(ちょっと本心だからね? ラヴ姉さん?)
「金利は?」
「イチゴだ」
「一時間で五割?」
「「「 !? 」」」
「それ以外あんのかよ? ポッとでの姉ちゃんに二十万クイーンも貸せるか?」
「「「 …… 」」」
「証書は?」
「これだ」
「よし。金利を半分にしろ。後は俺がまとめて一本化する」
「あ? 舐めた口聞いてんじゃねぇよ?」
「なら一銭もくれてやらん。そしてお前は二十万クイーンも回収出来なくなる」
そう言いながら青年だけに札束を見せる。ポケットマネーから二十五万クイーンを取り出して青年の目の前に出す。
「この程度の金銭で手を焼いているようじゃ、他の回収も難しいぞ? それに早く他の回収に行かないと、この状況だ逃げられる。同業者として老婆心ながら提案する」
「ちっ…… 分かったよ……」
「面倒だが証書の金利を変えてもらうぞ」
「分かったよ!」
吐き捨てるように言い放つ。だが内心それどころではなさそうだった。ひったくるようにして二十五万クイーンを掴み、人混みへと消えていった。彼もまた今回のレースの被害者なのだろうと勝手に想像する。そしてラヴ姉さんは是非とも、今後を想像して欲しいと説に願った金貸紳士なのであった。