第135話 競馬に出よう! その4
「「「「「 おぉーーー!!!!!! 」」」」」
大きな歓声と合わせて気の早いギャンブラー達は、なけなしの投票券を上空へとバラまく。だが他大勢はヒポブーストの勇姿にに見惚れていた。
「やった! やったぁ!? 借金返済どころか大金持ちにぃ!?」
「すごい! 本当に凄いよズーキさんにヒポちゃんは~!」
「ふふふ…… 流石はタロさんです…… こと戦においての勝ちを引ける運はこの私以上かもしれませんね…… うかうかしていられません!」
「……ねぇラヴ姉? ……いくらかけたの?」
「ぬふふぅ~ 内緒! 楽しみにしてて!」
「そ、そう……」
だが一向に魔法掲示板には勝馬の番号が表示されないでいた。もしかすると何か問題でもあったのだろうか。その問題に対して考え始めたところで、魔法掲示板に「審議中 勝馬投票券は確定までお手元に」と表示されアナウンスが流れる。
『お知らせ致します。ギルディアン、カーサ・ダブルオー競馬、ダートのG1 ステータス杯は審議を行います。上位に入線した馬が審議の対象ですので、お持ちの勝馬投票券は、確定までお捨てにならないようご注意下さい』
「「「「「 おぉーーー!!!!!!?????? 」」」」」
「マジかよ!? 馬券捨てちまったぞ!?」
「拾え! 拾ぇ~!」
「くっそ!? それは俺の馬券だぁー!?」
「馬鹿共が運命を捨てやがったぞ!?」
「オラぁ!? てめえら! そこをどきやがれ!」
足下に落ちている勝馬投票券を、こぞって奪い合うカーサ・ダブルオーの住民達。その混乱に飲み込まれる事なく状況を考えていた。
(……このステータス杯をかき乱す事が俺の仕事。そして俺はそれをやり遂げた。勝ちにならなくても多少の金額をスッただけで、ただの遊びとしてのギャンブルに負けただけ。だが…… 何か……)
「なんで!? どうして!? 何故ゆえに!? 困るぅ!? 審議されちゃったら困るぅ!?」
「ら、ラヴ? だ、大丈夫?」
「大丈夫じゃないさ!? どうしって!? どうしって!? 借金がぁーーー!?」
「ラヴさん…… せっかく借金がチャラになるところでしたもんね…… でもまだ分かりませんよ? 確定してませんから」
「でも!? その確定してないのが恐いんさ!? もし!? もしぃ~!?」
「……空を飛んできたのがマズかったのかしらね」
「うわ~ん!?」
歓声と怒号が入り混じった、嵐のような状況に合わさるラヴ姉さんの悲壮の声。借金がチャラになったと思っていた矢先に不確定要素が入り混じる。これはラヴ姉さんでなくても同じ思いになるだろう。上げて落とされる程に嫌な事もないからだ。
(……だがエルモアの言う通り確定はしていない。未だ審議中のまま。だがある意味人生を賭けたラヴ姉さんの気持ちが分からない訳ではない。ネピアの言うとおり、俺とヒポブーストが建物を駆け上がり空を飛んだのがマズかったのだろうか。ショートカットはしていないのだが)
「オラぁ!? 早く結果だせってんだよ!?」
「そうだぁ!? さっさとしやがれってんだーーー!?」
「審議もクソもあるかぁ!?」
「そうだそうだ! 勝ちは決まってんだろ!?」
「へへへ。大穴狙いも買っておいて良かったぜ……」
(周りの状況から見て、俺とヒポブーストの行動は受け入れられている可能性は高い。流石にそれでも容認したくないブックメーカーが口を挟んでいるのか……? いや…… 何か…… もしかして…… ハッ!?)
「ランスーーー!? ランス!? いるか!?」
「旦那!?」
「行くぞ!」
「はい!」
「皆はここにいてくれ! ヒポブーストを頼む!」
「サー!」
「いってら」
「は~い」
「頼むよ~!? ズーキくん!? 確定させて~!? あたしの人生を!?」
既に状況を理解していたのか、ランスは俺の考えを読み取り走り出す。直ぐに同じ考えを所有しているのか確認したかったが、周りの奴らに聞かれたくなかった。いくつかの路地を抜け人通りが少なくなった事を確認し、ランスに声を掛ける。
「ブックメーカーの所に向かっているんだよな!?」
「はい! 旦那!」
「よし! 流石はランスだ!」
「旦那こそ!」
レース主催である大通りから離れた高級そうな佇まいである一画へ滑り込む。カーサ・ダブルオーのほとんどの住民がステータス杯を見に来ているような静けさがここには感じられた。
(……もう ……時既に遅いか?)
「この建物です!」
「行くぞ!」
「はい!」
建物のホールを抜け階上へ向かう二匹の漢。上がりきった階段の先にある扉をぶち破るように踊り入る。
「っ!?」
「……どうやら予想通りの展開のようです」
盗賊に荒らされた後のような室内。至る所に書類などが散乱していた。肝心のブックメーカーどころか、人ひとりとしていない静寂が俺たち行動を決定付ける。
(逃げたか…… 意外にヒポブーストに賭けてた奴が多かったのか……? ならやる事は一つ……)
「……どうしますか? 旦那?」
「よし。ランスは古物商とも取引は出来るか?」
「無論です」
「なら室内に残っている家具や品物を全て売り払う段取りを付けてくれ。数十分でだ」
「可能です。ですがブックメーカーを追わなくていいんですか?」
「そっちの方は俺たちがやらなくても、他の者達が十分な人数と行動力で確保出来る可能性が高い。なら、今のうちに金に変えられる所は変えておこう」
「分かりました。では!」
言うが早く階下へ向かうランス。古物商が来た時の為にある程度、片しておこうと室内を整え始めて数分後、ランスはどう見ても堅気ではなさそうな怪しい風体をした爺さんを連れてきた。そして傍らには屈強そうな大柄の男性が六人。
「全て金に換えて欲しい。今すぐにだ。出来るか?」
「誰に口を聞いておる。おい。お前達は今すぐに室内の荷物を荷車へ運び出せ」
「「「「「 はっ!!!!! 」」」」」
引っ越し屋の達人のように大きな高級そうなソファーを一人で軽々しく持ち上げ階下へと持って行く爺さんの配下。ものの十分もしないうちに全てを運び出す。部屋には何も残されていない。
「私達にしか出来ない事だ」
「理解した。安く見積もってもらっていいぜ」
「ほう?」
「旦那!?」
「だがランスには足が付かないようにだけ徹底しろ。それが条件だ」
「……旦那」
「お前はいいのか?」
「俺は争い事は好きではないが、よく巻き込まれるから構わない。その分、条件を徹底してくれ」
「あいわかった。手持ちはこれだけだ……」
すると爺さんは懐から三つの札束を俺に渡す。想像以上の金額に驚いていると、爺さんが嫌らしそうに言葉に出す。
「もっと低く見積もってもらいたかったか?」
「先ほど言った通りだ。ランスに問題がなければいい」
「そうか。ならこれで失礼する」
「助かった。またな」
「ありがとうございました」
「この事は他言はしない。だがランス。儂は貴様の事は覚えておこう。この儂との繋がりの為にな……」
「はい! これからもよろしくお願いいたします!」
「行くぞお前達……」
「「「「「 はっ!!!!! 」」」」」
悠然たる足取りで階下に向かう爺さん達。それを見送るようにしてから、別の方向から建物の外へ出る。身を隠すようにして裏通りを抜けて、元の場所へ戻ろうとすると、あの建物へ向かって走る大勢の人間がいた。そう、俺たちは誰よりも先にしてやったのだ。