第134話 競馬に出よう! その3
レース前に俺は海を眺めていた。昼間の気候や人混みのような荒々しさはなく、穏やかなものだった。朝晩はアドリード王国を増す寒さという、ギルディアンが首都カーサ・ダブルオー。泊まった場所が良かったのか、あまり感じる事もなく快眠と言えるだろう。
(もう行かなくてはな……)
名残惜しい訳でもなかったが、いつまでも海を見ている訳にもいかない。バルバートさんの船が、ゆらゆらと波に合わせて上下するのを見納めし、一人レース会場へ向かう。
(ふぅ…… よし…… やるぞ……)
レース関係者しか入れない建物を抜けて、ヒポブーストと一緒になってパドックへ向かう。他の仲間に任せても良かったのだが、レースの事を考えるとヒポと一緒にいてやりたかった。
「な、なんだぁ?」
「見て~ かわいい~」
「あ、あれ…… う、馬なのか……?」
「ヒポブーストだってよ…… 名前だけは一丁前だな……」
「あんな短足がレースで勝てる訳ないだろ~」
罵詈雑言が聞こえてくるかと思ったが、さほどではなかった。それなりに最初は目立っていたが、掛け金の対象にはならないと思ってか、次第に他の優美そうなアスリート馬に視線が戻る。
(ヒポも落ち着いているな…… 関心がないだけかもしれないがな……)
パドックから戻りスタートまでの時間も刻一刻と迫っている。1200という距離は一瞬という程に短い時間ではないが、長い距離でもない。勝負はすぐについてしまう。
(タイミングが難しいよな…… ヒポが勢い余ってスタート前に走らないようにしないと……)
元の世界の競馬のようにゲートがあるのだが、ヒポの体格ではゲートを突破出来ない事もない。そして俺はゲートにぶち当たり落馬。そうなってしまっては元も子もない。
(落ち着け…… 俺が落ち着かないでどうする……?)
他の馬と合わせてゲートへと向かう。軽く慣らすように走っているが、ヒポはやる気もないのか歩いている。ゲートまでの距離が短かかったのが救いだ。何せレース場という場所ではなく、街の通りを使ってのレース。大通りを半周するようにしてゴールするのだ。
(そろそろだな……)
ゲートに吸い込まれるように馬が入る。周りには「ステータス杯」と書かれた段幕と観客が辺りを覆い尽くす。女王様が作ったと言われているステータスカードに敬意を表したレースらしい。
「ズーキくん!? 頑張って!? 借金返済!?」
「タロー!? いっちょカマしてやりなさい!」
「タロさん!? 戦の始まりですよ!」
「馬具の調子は大丈夫ですか!?」
皆の声も聞こえていたが頭には入っていない。だがラヴ姉さんの悲壮とも言える真剣な顔だけは印象に残る。ゴールはこの大通りのすぐ裏手。スタートを見送ってから一斉に観客が裏手に回るのだ。
「ヒポ?」
「(ふる)」
「俺はさ…… 自分の事だけだったよ……」
「(ふる)」
「仲間が出来たって一人喜んでいた…… でもさ…… 違うんだよ…… それじゃあ駄目だ」
ゲートに吸い込まれていく残り少ない馬たち。それを見送るようにして俺たち二匹もゲートを目指す。
「お前はさ…… ヒポはさ…… 大人しくてさ……」
「(ふる)」
「皆は言うだろ? ヒポの事を草食系だって……」
「(ふる)」
「俺はそう思っていないんだ……」
ついにゲートに入る俺とヒポ。鼻息を荒くした馬たちに紛れ、背の低い一匹の獣と淫獣と呼ばれた社会派紳士がそこにいる。
「ヒポはさ…… 草食系なんかじゃない…… 出会っていないだけなんだ…… 俺のようにさ……」
「(……)」
「だから……」
『ダートのG1 ステータス杯。十六頭立て体勢整った』
ついに始まってしまった。そう思った時は既にゲートは開かれていた。タイミングはズレてしまったが後悔している暇もない。その場に残される俺とヒポブースト。
『さぁスタート! グッと飛び出した! セサミロード! Bダッシュ! Bダッシュ! ビンビン! ビンビン! 出て行きます!』
「逢わせてやる…… 魔法馬の雌に……」
「( !? )」
「だが、すぐには無理だろう…… だからグラビアでどうだ……?」
「( !? )」
『さぁ先行争いですが、セサミロードで、内をついてはザンシンカレーライス、真ん中からはチェリーボーイ、これも公営ギルドの馬、前三頭の形になるのか、マメジャックの赤い帽子』
「グラビアと言ったがそれだけじゃない…… モロ出し丸出し外れなしだ……」
「( !? )」
「それを勝利した暁には…… おわっ!?」
「ンゴォーーーーーー!!!!!!!」
「ちょっ!? まっ!?」
超えた。ダウンヒルレースをやった時のエルモアとネピアのスタートダッシュを優に超える出だし。まるでカタパルトからはじき出されるような、とてつもないGが俺を襲う。
『さらにヒポブースト、タロ・ズーキは最後方からの競馬になりましたが、とてつもないスピードで遅れを取り戻しています』
「おわーーー!? ちょっと!? マジで落ちちゃう!?」
「ンゴォーーーーーー!!!!!!!」
『大建物の向こう各馬が通過していく、600標識通過した、前三頭の体勢です』
「ヒポ!? ヒポ!?」
「ンゴォーーーーーー!!!!!!!」
尋常ではないスピードではあるが、前との距離は依然として遠い。既にカーブを通過している各馬はゴールに向けての直線に入ろうとしているだろう。
『一番外セサミロード、内に三枠二頭、ザンシンカレーライスとチェリーボーイです、公営二頭が先行する形になった、内からはザンシンカレーライス、この前三頭で直線を向いたステータス杯』
「待って!? ヒポ!? あの大きな建物にぶつかっちまう!? スピード落とせって!? 曲がれないって!?」
「ンゴォーーーーーー!!!!!!!」
信じられなかった。観客も信じられなかっただろう。あろう事かヒポ、ヒポブーストはそのままのスピードで建物を駆け上がり、勢いを殺さないままカーブを突き抜けていく。
『後ろから攻めてくるのは、マメジャックの赤い帽子が小気味に迫ってきて400標識を通過した! 前四頭、後続勢はまだなかなか追って来ないぞ! ニューヨークカラー懸命に叩いているが、ちょっと前との差は詰まってこないか!?』
「いやぁーーー!?」
「ンゴォーーーーーー!!!!!!!」
スピードと遠心力に翻弄されて行き着いた先は、ヒポの大ジャンプだった。先行する馬には届かなかったが、最後のストレートでいい勝負出来る位置につける。
『空から飛んできたヒポブースト! 空からヒポブースト飛んできた! しかし前までは彼のサイズだど十、十二馬身以上ある! 200を通過した! 先頭ザンシンカレーライス突き抜けた!』
「こうなったら行けーーー!? ヒポーーー!?」
「ンゴォーーーーーー!!!!!!!」
『凄い足! ヒポブースト! 三番手! 二番手! 前に! 抜けるか!? 抜けるか!? 抜けるか!? 抜けるか!? 抜けたぞ!! 抜けたぞ!! 差し切り勝ち凄い足だ!! ヒポブースト、ダート初戦快勝だ!!!』