第133話 競馬に出よう! その2
受付を済んだ俺たちは、ランスに導かれるまま宿屋へと向かう。受付をした建物からさほど遠くない場所にあった宿屋は、高級そうな佇まいであった。佇まいだけでなく室内もゆとりがあり、外の喧噪とは触れ合う事のない異世界のようでもある。
(マジかよ…… 爺さん…… 全てを失わせちまうかもしれん…… うぅ……)
どちらかというと軽い気持ちで出場を決めた社会派紳士。そのツケが今ここで俺を締め付ける。
(大体ヒポが走るのか……? あまり競争心があるようには思えない……)
ランスは軽く今後の事を俺達に説明すると、バルバートさん達にこの宿を伝えに行った。部屋もいくつか与えられたのだが、今は五匹で一つの部屋にいる。
「前祝い! 前祝い! ま・え・い・わ・い!」
「そうね。飲みましょうか」
「わ~い!」
「ズーキさんも飲みます?」
「い、いや…… 今は戦略を……」
「流石はタロさんです! 戦への気持ちにブレがないです!」
「そ、そうだろ?」
(飲んで全てを忘れてぇ~!?)
ランスによるとレースは明日の正午。出来る事はほぼない。先ほど受付後にヒポに合わせた馬具の製作をクリちゃんに依頼。
「「「「 かんぱ~い!!!! 」」」」
ヒポに状況を説明するも、聞いているのか聞いていないのか。ただ巻き込まれたくないから黙っているのか。取り合ってくれるような感じでもなかった。
「美味しいじゃないこの清酒!」
「異種交配推進協会《H・P・A》の代表ラヴ姉さん! 一攫千金の前祝い一気! (クイッ)」
「「「「 おぉ~ 」」」」
「ズーキさんに乾杯!」
「「「「 かんぱ~い!!!! 」」」」
「あ、ありがとうな……」
(あぁ…… どうすればいいんだ……? もう酒を飲んで…… 駄目だ…… それじゃ何も解決にならん…… 考えろ…… あのヒポにやる気にさせる何かを考え抜くんだ……)
「ロリフターズ! 即応新鋭部隊がエルモア! 切れ味増し増しタロさん前祝い一気! (クイッ)」
「「「「 おぉ~ 」」」」
十五頭とヒポブーストを合わせて十六頭のレース。距離はダートの1200。当たり前ではあるが、どの馬もレース慣れしている。こういった大きなレース以外にも首都カーサ・ダブルオーでは頻繁に競馬が行われいてるとの事だった。
「風乙女の技術屋クリネックス! ぶっちぎり優勝が為の馬具を製作します! (クイッ)」
「「「「 おぉ~ 」」」」
なんにせよヒポがやる気にならないと話にならない。そして騎手である俺がヒポのやる気を出さなくてはならない。
「精霊の国!最強最高の魔法士ネピア! 受けた恩は応援で返すわ! (クイッ)」
「「「「 おぉ~ 」」」」
(前を…… 向くしかない…… 俺に必要なのは…… 勢い……)
「あっ、タロー。あんたも飲む?」
「……」
「タロさん?」
「……」
「うぇ~い! 借金返済だ~!」
「……」
「馬具は任せて下さい! これ飲んだら一気に仕上げますよ!」
「……」
(俺には…… 仲間がいる…… みんなが…… ハッ!?)
俺は皆を見渡すようにする。エルモア、ネピア、ラヴ姉さん、クリちゃん。紛う事なき俺の大事な仲間達。そして彼女らは女で俺は男。
「た、タロー?」
「タロさん……?」
「借金! 返済! 解放!」
「だ、大丈夫ですよ~? ちゃ、ちゃんと仕事はしますから~?」
「(ギロッ!?)」
「「「「 (ビクゥ!?) 」」」」
(くくく……)
「ふふっ ははっ はーーーはっはっはっ!!!」
「「「「 (ビクゥ!?) 」」」」
「……前祝いだ。頂こうじゃないか」
「ささっ どうぞどうぞタロさん」
「ありがとう…… 異世界から登場の社会派紳士! 明日はヒポブーストがこの街の人々を魅了する事になるだろう! 貴殿らはその歴史的瞬間を最前線で見る事が出来る歴史の生き証人たれ! (クイッ)」
「「「「 おぉ~ 」」」」
(なんだ簡単な事じゃないか…… 何故に気づかなかった…… 俺は社会派紳士…… 紛う事なき社会派紳士…… くくっ……)
「クリちゃん?」
「はい!」
「馬具は難しいかい?」
「大丈夫ですよ!」
「飲み過ぎる前に一緒に採寸しに行こう」
「はい!」
「皆はここで飲んでいてくれて構わない」
「は~い!」
「人手がいるなら私も行くけど?」
「そうだな…… よし。ネピアも来てくれ」
「あい」
「あの~?」
「エルモア…… そうだな…… よし一緒に行こう」
「はい」
「あたしも行く~!」
「ラヴ姉さん…… じゃあ一緒に行きましょうか」
「わ~い!」
かくして戦略の決まった社会派紳士は、明日のレースの為の馬具を作製する為にヒポブーストの元へ皆で向かう。途中エルモアとネピアにランスを呼んできてもらうようにお願いした。
「ズーキさん、ちょっとヒポちゃんに跨がってもらえますか?」
「あぁ」
(なんだかヒポも大きくなってきたよな……)
「ちょっとそのままでお願いしますね」
「了解」
「ヒポ草食べる~?」
「(ふる)」
「食べそうだね~ 待ってて~」
意外にも甲斐甲斐しく世話するラヴ姉さんを見ながら、俺は一人戦略を頭の中で妄想する。後はランスに情報を聞いて、可能性があるなら明日のレースも楽しめる事になるだろう。
「旦那! お呼びで?」
「あぁ。クリちゃん? 一旦ランスと話がある。少し外していいか?」
「はい。それまでに出来る所をやっておきますから」
「長くはならないから」
俺はランスを一度外へ連れ出してある情報を確認した。どうやら未確定ではあるが、可能性はあるとの見方をして、俺は自身の考えを決定する。
「旦那……」
「皆までいうな…… これしか方法はない……」
「ですが……」
「その時に責められるのは俺だ…… ランスではない……」
「こちらも確定としてお話出来れば良かったのですが…… 今からでも確認に!」
「……待てランス」
「旦那……」
「もしここで上手くいかなかった場合…… 俺は隠し通せる程に出来た人間ではない…… なら未確定でも未来が開ける可能性を信じて己を立たす」
「分かりました……」
「むしろ俺はランスを買っている。この情報で、すぐに答えが返ってくるとは思わなかった」
「ありがとうございます」
「それでもだ。俺はランスからの情報でいけると踏んだ。情報屋としてもやっていけるんじゃないのか?」
「商売に繋がる可能性があるなら、例えそれが恥ずべき事でも知識にします」
「そうか。ランスには荷が重い事かと思ってしまった事を、ここで詫びるな。すまん」
「旦那! 謝らないで下さい! こんな事に引きずり込んだのは自分なんです! むしろ……」
「そこまでにしておこう。互いにな」
「……はい」
(だがこれで道は開けた…… くくく……)
その後もクリちゃんと一緒になって採寸を進める。仕上がってきた馬具の微調整を完璧にこなしていく。俺はこの場にいる仲間達を見てから、深い眼差しでヒポもといヒポブーストを見つめる。何かを感じ取ったのかヒポも俺も目を見続けていた。
(俺は何も分かっていなかった…… すまんな……)
詫びる気持ちと合わせて、ヒポを巻き込んでしまった事を一人思う。そしてその事で生まれてきた勝利への道筋。確定した未来などない。だが確定してしまった過去はある。俺はヒポと出会ってから今日に至るまでの日々を思い出し、明日のレースに臨むのである。