第132話 競馬に出よう!
かくして俺たち六匹はバルバートさんの所持する船まで戻ってきていた。慌ただしく動く船員であるアウロスター一家。それをまとめるバルバートさんへ話しかける。
「どうだった?」
「おかげさまで上手くいきましたよ。相場ほどなのか分かりませんが、バルバートさんの名前を最終的には出しましたから、それ程にふっかけられていないと思います」
「そうか。まぁお前なら大丈夫だとは思っていたがな。何せアドリードとは随分違う国だからな」
「そうですね。それとレースに出る事になりまして、宿はそのレース主催者が押さえている宿に泊まれそうです」
「レース? あぁ、競馬か。馬はどうするんだ?」
「……こちらに」
自分がレースに出るとは思っているのか、それとも他人事のように気にしていないのか、干し草をのんびりと貪る魔法馬であるヒポに手を向ける。
「……マジ?」
「マジ」
「ま、まぁ…… お前の事だから何かあるんだろうと勝手に想像する」
「……お願いします」
(マジ…… なんですよ…… はぁ……)
「これからレースの受付と合わせて宿の下見に行ってきます。もし融通が効くなら皆で泊まりましょう」
「俺も陸で眠れるなら、そう願いたい」
「こっちも無理は通すつもりですよ」
「頼むぞ」
「はい」
忙しいアウローズを邪魔するラヴ姉さんと、それを楽しそうに眺めるネピア。特にアウロが邪魔されている所を見るのがお好きなネピアだった。
「あぁ~ 大変そうね~ そんなに重い荷物もっちゃってまぁ~」
「……執念深さは最強最高だな」
「ん~? 何か言ったかしら~?」
「……いや。ネピアの嬢ちゃんの言う通り、重い荷物持ってるから滑らないようにしないとな。だから邪魔しないでくれるか?」
「アウロ兄ちゃん! 重い? 重いの?」
「重いよ。けど持てない程じゃない」
「モテない人はいるのにね!」
「……俺は違うからな」
「知ってる!」
「ほら邪魔するならどっか行ってくれ。それにその嬢ちゃんも一緒にな。滑ったらマズい」
「滑るの? アウロ兄ちゃん?」
「あぁ。嬢ちゃんの近くは水気が多いからな。滴った水たまりに足を取られちゃ敵わん」
「あんたぁー!? その荷物で潰してやろうかしら!?」
(流石アウロだな……)
「旦那ぁ~! お待たせしました!」
「ランス。じゃあ行くか」
「はい!」
蒼く揺らめき燃え上がるような瞳をさせたネピアをなだめ、同じように六匹プラス一匹の計七匹でレース出場受付をする為に会場へ向かう。
「ランス。皆を宿に泊まらす事は出来るか?」
「はい! クライアント様に融通して貰えるように話してきました。皆さんは勿論、希望すれば船員の方達も可能ですよ」
「そうか。ならそうしてくれるか?」
「はい!」
これでバルバートさんを陸で眠らせる事が出来る事に安堵。それにアウローズも久々に陸で遊びたいだろう。そんな事を思っていると、ランスが馬車も引いて入れるような大きな建物の中へ俺たちを誘導する。
「こちらですね」
「おぉ。大きいが人は少ないな……」
「レースは明日ですから。もう出場する方はいないと思います」
「人少ない! ちょっと! 安心!」
「本当ね…… 暑いわ人多いわでげんなりするわ……」
「ネピア大丈夫?」
「ありがとう姉さん。さっき休んだから大丈夫よ」
「どんなところに泊まれるんだろうね~」
(俺と一緒の部屋ですよ? クリちゃん?)
「受付をお願いします。騎手はこちらの旦那です。馬は……」
「……まさかその生き物じゃないだろうね?」
訝しげにヒポを眺める受付のおじさん。当のヒポはアクビをするように口を大きく開けてから座り床と一体化する。一つの大きな饅頭が出来上がった。
「そのまさかですよ。よろしくお願いします」
「いやしかし…… 競馬だよ? 馬が走るんだからね? 流石にこれじゃあ……」
「(おいランス?)」
「(はい?)」
「(受付出来るのか?)」
「(出来ない事をするのが商売人ですから。大丈夫ですよ)」
「(そうか)」
(まっ、受付出来なきゃ船で寝るまでだ…… ふぁ…… なんだか眠くなってきたな……)
それからランスは必死に受付のじいさんとやり合っていた。互いに興奮するでもなく、淡々と情報を出し合っていた。
(実際どうなんだ? 流石に馬は無理があるか……? この受付のじいさんも魔法馬の事を知らないみたいだし……)
暇になったラヴ姉さんがヒポの上にまたがり、大の字でうつ伏せになって寝始めようとした頃に状況は変わる。初老の男性がこちらに向かって来ていた。眼差しの先にあるのはヒポ。
「これは……」
「あ、上長さん。こちらの方達がこれを馬だと言ってきかないんですよ……」
「馬だ……」
「へ?」
「馬だぞ」
「へ?」
「……知らんのも無理はない。これは魔法馬と呼ばれる馬だ。珍しい…… 私も初めて見た……」
「ほ、本当に馬なんですか?」
「勿論だ。主様はどちらだね?」
「俺です。え~とその魔法馬はヒポと言います」
「触れても構わないだろうか?」
「優しくして頂ければ構いません」
「すまないね」
そう言うと爺さんは娘を愛でるように優しく語りかけてから、ヒポを触れ始めた。だがその上にはラヴ姉さん。
(ラヴ姉さん流石だな……)
「……実在していたとは」
「上長さん。これで受付を認めて頂けますよね?」
「勿論だ。この馬…… ヒポが走る姿を見てみたい……」
(俺もだ。もう一回見てみたい……)
「彼女が騎手かな?」
「い、いえ…… ラヴ姉さんは違います。俺が騎手としてレースに出場する予定です」
「そうか…… 今回はどの馬に賭けるか悩んでいたのだが決まったよ。君たちにしよう」
「え?」
「見間違える事はないだろうが、馬の名前はヒポで出るのかね?」
「旦那? レース登録する馬の名前を決めて下さい」
「な、名前か……」
(爺さんは俺とヒポに賭けてくれるのか…… ならせめて名前くらい早そうな…… これは酒を飲む時くらいの勢いがないと駄目だな…… よし……)
「ヒポブースト!」
「「「「「 !? 」」」」」
「ブーストアップする魔法馬! 誰しも追いつけさせはしない…… ふふっ ははっ はぁーーーはっはっはっ!!!」
「「「「「 おぉ~ 」」」」」
(オラぁ!? どうだぁ!?)
「賭けよう…… 老後の為に積み立てておいた貯金を全額な……」
「「「「「 !? 」」」」」
(寝ていたラヴ姉さんも起きた!?)
「わかった。ヒポブースト。君に全てを賭けよう。友人の権利書も全て金に換えなければならん…… 忙しくなるな…… ではさらばだっ!(ダッ!)」
(えっ!? 友人の権利書!?)
「そ、それでは受付致しますので…… こ、こちらにどうぞ……」
「……」
「旦那ぁ! やる気になってくれて自分凄い嬉しいです!」
「あんたやるじゃない。爺ちゃんの人生どころか、その友人の人生まで背負い込むなんて。見直したわ」
「流石ですタロさん! 格好いいです!」
「ラヴ姉さん! 爺ちゃんに人生教わる!」
「走り屋の血が騒ぎますね…… ふふふ……」
皆が興奮し俺を褒めちぎるも冷静な脳内。その脳内よりも静かに生きている生き物が、傍らで静かに寝息を立てていた。