第130話 商の国へ行こう! その5
「あんたやるじゃない」
「格好よかったです!」
「結局のところはバルバートさんの名前のお陰さ。それに俺はアドリード王国とか精霊の国の支払い方法が好みだよ。交渉は面倒だ」
「なになに~? 何かあった~ん?」
「タロさんが交渉を頑張ってくれたんです!」
「ごめんなさい。店内ばっかり見ていて」
「構わないよ。そう言ったの俺だし」
(クソ…… こんなに褒められるなら、クリちゃんに格好いいところ見せたかった…… くぅ……)
相変わらず多い人混みに紛れながら通りを歩いて行く。バルバートさんが教えてくれた宿泊街までもう少しといったところだ。
「……ねぇ」
「どうしたネピア?」
「……暑い」
「……だろうな」
「あぁ~ 暑ぃょ~ あぁ~」
「魔法でなんとかならないのか?」
「出来ない事はないけど…… 魔源の消費量が多いのよ…… それに一度頼ると元に戻れる気がしないわ……」
「確かにな。まぁ宿泊街っていうくらいだから、あっちいったりこっちいったりする無駄はないと思うがな」
「……期待するわ」
「大丈夫? ネピア?」
「だめ」
「日陰に行く?」
「いい」
(確かに暑すぎるな……)
「エルモア?」
「はい」
「ネピアとヒポと、そこの日陰で待っていてくれないか?」
「はい。行こうネピア、ヒポ」
「いいわよ。大丈夫よ」
「無理すんなって。次第にこの暑さにも慣れるだろうけど、今日到着したばかりだ。急激に身体に負荷をかける必要はないだろ?」
「……うん」
「エルモア? 話しかけて来る奴は全員敵だ。意に介さないように」
「サー!」
「相手に攻撃の意思アリならやってしまって構わん」
「サー! サー! サー!」
「あ、あんた…… 姉さんにそんな事を言ったら……」
「ネピアに最終判断は任せる。頼んだぞ」
「サー!」
「分かったわ。ごめんね」
「すぐ戻るから。ヒポ? エルモアとネピアをよろしくな」
「(ふる)」
ひょんな事からラヴ姉さんとクリちゃんだけがお供になる。三匹が闊歩するはカーサ・ダブルオーの路地。大所帯で歩くよりかは軽快感は増す。
(だがクリちゃんを狙うクソ人間からの警戒感も増す)
睨みを効かすように歩く社会派紳士。睨みを効かせても肝心の目はVR型サングラスに隠されていてあまり意味はない。
(オラぁ!? 社会派紳士様のお通りだぁ!?)
こういった所では弱みを見せると食い物にされるが、粋がると死ぬ。ただなんとなくクリちゃんにいい姿を見せたかった。
(格好いい俺を~ ハッ!?)
気が付いてしまった。ちょっとした気遣いから生まれた、ごく自然な三匹の集い。いつもならネピアに感づかれて淫獣呼ばわりされるのだが、今回は自身が気づきもしないうちにサクセスロードへ。
(クリちゃんもラヴ姉さんも俺に借金がある。そして今はエルモアもネピアもいない…… くくっ ははっ はーはっはっはっ!)
「楽しそうだねズーキくん! でも優しぃ~ね! ラヴ姉さん! 嬉しくなっちゃう!」
「本当ですよズーキさん? 自然にネッピーを心配している姿は格好良かったですよ」
「そ、そうかな?」
「うん! それに船に積む商品の交渉も凄かったんだって~? ネピっちも褒めてたよ~」
「エルちゃんも言ってましたよ」
「そ、それはそれは」
(駄目だ…… 褒められ慣れてないから照れちまう…… くぅ……)
照れに支配された俺の思考は、当初の計画をすっかり忘れて、気が付くと最初の一件目の宿に入っていた。
「中も凄い人だな……」
「息苦しいね!」
「ラヴはちょっとハッキリ言い過ぎだね……」
人をかき分けて受付に行くも、受付も人で溢れていた。順番を守るという概念が無さそうだったので、隙をみて受付にいるスタッフに声を掛ける。
「五匹…… いや五人でいくら?」
「満室」
「え? マジで?」
「金出せば今泊まってる奴を追い出すよ」
「……ちなみにいくら?」
「一人十万クイーン」
「通常なら?」
「今は一人二万クイーン」
(適正価格は相変わらず分からないけど、建物自体はいい所だからな……)
「邪魔したね」
(今は一人二万クイーン。繁忙期なんだろうな、どう見ても)
「泊まれるって?」
「満室だって」
「いくらくらいでした?」
「一人二万クイーン。泊まりたいなら、泊まってる奴追い出すから一人十万クイーンだって」
「十万!?」
「追い出す!?」
「流石は商の国ってところか……」
仕方なく建物の外へ出て、虱潰しに回ってみるものの結果は同じ。金額の差、部屋の差はあれ、満室である事には変わりない。一人七万クイーンを出せば、既存客を追い出して泊まれる所もあったが、あまりにもヒドい建物と胡散臭さであった。
「祭りだからか……」
「なんのお祭りなんだろうね?」
「なんだろうね?」
「旦那ぁ!?」
「ん?」
「旦那旦那。部屋をお探しですかい?」
「いやもう決めた」
「そう言わないで下さいよ~ どこも満室だったでしょ?」
「金さえあれば泊まれる。問題はない。他を当たれ」
「まぁまぁ旦那? 旦那がこの手の誘いを乗らないのは重々承知してますって!」
「分かってくれて嬉しい。じゃあ皆行こう」
「騙す為に声を掛けた訳じゃありませんぜ」
「騙す奴はそう言うし、話を聞くつもりもない」
声を掛けてきた少年は、媚びるような手つきと顔をしながら俺にすり寄ってくる。体型も少年と言った然で、笑顔も眩しく感じる程だ。だがこういった手合いを相手にする必要はない。
「どうもお嬢様方。大変にお美しい」
「ホント!? ありがと~」
「照れるね~」
(こいつクリちゃんに手を出したらヒポに喰わす)
「旦那。隠したって分かりますよ。今し方到着した」
「……港にいたか?」
「騙すつもりも隠すつもりもありあせん。こう言った方が警戒しますかい?」
「するな」
「祭りの内容も知らない」
「そうだな」
「大レースがあるんですよ。お馬さんのレース。競馬ですよ。旦那は賭け事はどうです?」
「しないな。人生が賭けみたいなもんだからな。それに上手くいってない奴が賭け事に勝てるとでも?」
「くくっ なら賭けないでレースに出るのはどうですか? 人生が賭けなら面白い事になりませんか?」
「面白いだろうが、あいにく馬は飼ってなくてね。それを貸しにでも来たか?」
「旦那。あたしゃ一切旦那から金を受け取りませんぜ」
「俺を売って、他の奴から金を受け取るかもしれないだろ?」
「一部はその通りです。ですが旦那を売るのではなくて、レースに出て貰いたいだけです」
「レースの料金がべらぼうに高いのか?」
「旦那には一切金を出してもらう必要はありません」
「なら、何を出せばいいんだ?」
「馬ですよ。馬」
「だから飼ってないって」
「分かりました。また近いうちに逢いましょう」
「じゃあな」
決してまたな、とは言わず、お別れを込めて吐き捨てるようした。少しでも隙を見せると食い込んでくる寄生虫のような奴も多い。だが、不思議とそのような嫌な感じはしなかった。
(だからといって…… 話を聞いていて何かに巻き込まれるのも嫌だからな……)
賭け事が好きそうなラヴ姉さんは目を輝かして、クリちゃんと一緒になってお祭りを楽しみにしている。結局、宿を決める事は出来ず、ロリフターズとヒポのいる日陰まで戻る事に決めた。