第129話 商の国へ行こう! その4
時が経つのは早いもので、精霊の国の滞在時間をとうに過ぎて航海は順調。既に中心の海流に乗っており、遠目には大きな大陸が見て取れる。
「お前らそろそろ到着の準備をしておけ」
「「「「「 お~ 」」」」」
アウローズは停泊に向けた準備をし、我ら五匹とプラス一匹は商の国ギルディアンに釘付けになっている。
「まずは宿の確保か」
「そうね。港町なら大丈夫でしょ」
「そうですね。またお手頃価格の物件があればいいですね」
「屋根裏純愛組!」
「みんなで屋根裏部屋か~ それも楽しそうだね~」
(不安もない訳じゃないけど…… みんながいるからな……)
港が近づくにつれてあらわになる街の様子。街の名前はカーサ・ダブルオー。どうやらここが商の国ギルディアンの中心らしい。
「なんだか船が多くない?」
「すごい数ね……」
「港に入れるんでしょうか?」
「お祭り! お祭りだぁ~!?」
「賑やかそうだね~」
船着き場には所狭しと身を寄せ合って停泊している船の数々。どう見ても隙間があるようには思えなかった。
「マズいな……」
「バルバートさん」
「祭りと重なっちまったか?」
「祭り? ラヴ姉さんが言ったのは本当でしたか」
「まぁ行けばわかる。ただ宿はないかもな」
「……確かに」
「とりあえず無理にでも船を付けるから、最悪戻ってこい。陸の上で寝れなくとも海の上では寝れるぞ」
「ありがとうございます。バルバートさんは数日でまた航海を始めますか?」
「船体チェックもあるし、俺も久しぶりに丘に上がりたい。仕事もすぐ見つかるかどうかも分からんから、安心しろ」
「はい。宿が決まったら必ず報告します」
「ズーキ」
「はい?」
「こないだ話したとおり、ここは治安が良いわけじゃない。嬢ちゃん達なら大丈夫だと思うが、人手が足りなかったら声掛けろ。ここにいる間は助けてやれる」
「本当にありがとうございます。その時は助けてもらいます」
「こっちも船賃で助けてもらったからな。何せ仕事してないからって、船員の飯を減らす訳にもいかないからな。正直助かってる」
「こちらもですよ」
「アドリード王国や精霊の国とは違うって事だけ頭に入れとけ」
「はい」
息子の旅を心配する親父のように諭すバルバートさん。見た目には賑やかそうで楽しそうな雰囲気があるが、実際は貧富の差が激しい。この国は全てが金で決まる。どの国でもそういった所はあるが、ここは明確にそれが現実として現れているらしい。
「よし。お前らは船体チェック。買い物はある程度任せちまっていいか? これが発注書な」
「はい」
「ここなら荷運びは喜んでやる奴も多いから。ズーキ達は発注だけでいい」
「あい」
「任せて下さい」
「は~い!」
「それじゃあ行ってきますね」
「気をつけてな。余計なモンはここに置いてけ。金をすられるなよ?」
最後の最後まで心配を掛けてしまったが、五匹プラス一匹のパーティは、ギルディアンの首都カーサ・ダブルオーの地面を踏み、大量の人混みに混じりこんでいく。トップは興味津々なラヴ姉さん。前掛けの文字が「人間風情」から「積立貯金」に変わっていた。
「ほぇ~ 人多いね~」
「エルフでもあまり気にされないって言ってたけど、本当ね」
「これだけ人がいるんだから、エルフもいるんだろう」
「そうかも知れませんね。色々な人がいますからエルフもいそうですね」
「宿決めます? それとも買い出しですか?」
「宿も決めたいけど、先に発注だけ掛けよう。バルバートさんが指定してくれた店があるから先にそっちかな」
「「「「 は~い 」」」」
(それにしても今までとは打って変わって、緑は少なく一面砂色だな……)
元の世界にあった中東の町並みのようで、石造りや煉瓦で建物が形成されている。アドリード王国も同じような作りではあったが、色合いが違う。この乾燥した色を見ると、異国に来たという事を嫌でも実感する。足下は砂地になっている所が多く、その乾燥さと太陽の日照りが俺たちを蝕んでいく。
「暑いな……」
「暑ぃ~ あぁ~」
「暖かいですね」
「エルちゃん? 暖かいって感じなの?」
「この熱さがクセになる!」
(エルモアは暑さにに強く、ネピアは寒さに強い)
「ここだな」
「近いね!」
「あまり人が入ってないけど……」
「大丈夫でしょうか?」
「でもここだね」
(まぁ行けば分かるだろ)
「俺が交渉するから、適当にしてて」
「あい」
「任せますね」
「わ~い」
「ラヴ私も~」
店内に入るとまばらに置かれた商品のみで、本当に経営してるのか怪しい店ではあった。奥のカウンターでは髭を長く生やした爺さんが、ニヤニヤしながらレジの金を数えている。ラヴ姉さんとクリちゃんは、物珍しそうに店内を歩き回っていた。
「これ発注かけたいんですけど」
「……」
「商品はありますか?」
「……四十万クイーン」
「結構するのね」
「お船にはいっぱい荷物乗りますしね」
「四十万クイーンなら他で買うよ。じゃあ」
「え? いいの?」
「いいんですか?」
「……待て」
「……何か?」
「二十万クイーン」
「……急いでますので」
「十五万クイーン」
「角の店で発注掛けます。あそこは十二万クイーンでしたから。それでは」
「十一万五千クイーン。何処よりもウチが安い。そして品物も良い」
「じゃあ塩漬け肉なんですけど試食いいですか?」
「……これだ」
別に分けてある容器から一つ差し出す爺さん。千切られた小さい肉を大事そうに手渡してくる。見た目は問題なく、味も上々。だが俺はカウンターの奥へ歩いて行く。
「……どこへ行く?」
「実際渡してくれる塩漬け肉を食べに」
「……分かった。十一万クイーンでどうだ?」
「塩漬け魚やチーズも食べられたいならどうぞ」
「……この国は初めてではないのか?」
「バルバートさんにお世話になっておりまして」
「……バルバートの弟子か」
「やっぱりお知り合いでしたか。ここなら何かあっても大丈夫って言っていたので」
「……分かった。今回はワシが引こう。八万クイーンでどうだ?」
「爺さん。まさかこんな少量の発注で航海するって事はありませんよね? ここで引いておけば、バルバートさんが追加の発注をかけてくれるんじゃないですか?」
「七万五千…… いや七万クイーンだ」
「やっと適正価格になりましたか? それとも、もっと低いんでしょうかね? 俺にはここが限界です」
「バルバートの弟子の癖には無理強いしないのか。ここで儲けないとあいつにたかられちまう」
「ははっ そうかも知れませんね。お近づきの印という事で」
「ゲオファーガスだ」
「ズーキ。タロ・ズーキです」
互いに熱い握手を取り交わす。店内とはいえ、風土的なものなのか、とても熱く感じる。バルバートさんが俺を心配して、交渉の練習相手に馴染みの店を選んだのだろう。
「どうして適正価格も分からないのに十二万クイーンと適当に言った? そんな事を言ったらそれからは下がりにくくなるぞ」
「バルバートさんの発注依頼はほとんどが食料や水やお酒など。それも大した量ではない。この街での価格は不明でしたが、王都アドリアと精霊の国とさほど変わらないのであれば、そこまで高い金額ではないと思いました。ですが常備薬だけは金額が想像出来なかったので、適当に言ってしまいました。最後にはバルバートさんの名前を出せる強みもあったので……」
「そうか。それにしても精霊の国まで行っていたとは……」
「配送は任せますよ」
「あぁ」
ロリフターズからの眼差しを受けながら、店内を眺めているラヴ姉さんとクリちゃんに声を掛けてから外に出る。外で待機していたヒポに群がっていた人たちを払いのけながら、宿探しに向かう五匹プラス一匹のパーティであった。