第124話 実家に帰ろう! その15
あれから交代で寝ずの番をし、エリエール様の追撃を警戒していたが、そのような事は無く、無事に乗り換えまで済んで今はフルオン。
「ここに来た時も不安だったけど…… 今の不安の方が確実に勝ってるよ……」
「気は抜かない方がいいわ……」
「束になったって敵わない……」
「恐かったよ~」
「エリエールさんがあんなに怒ったの初めて見た……」
フルオンに滞在しても良かったのだが、上陸してから日数も経っていた為に、一度深林海岸に停泊しているバルバードさんの船に戻る事にした。
「じゃあ行きましょう」
「そうだね」
「あぁ」
「もうキノコの里に戻れないのかなぁ~」
「クリっちは大丈夫! あたしも!」
「そういやそういう感じだったな……」
「クリちゃんはしっかりしてるから…… ラヴ姉は赤ワイン好きだった事が功を奏したのかもね」
魔方陣列車が来るまで辺りを警戒する五匹。多少の待ち時間も俺たちにとっては恐怖以外の何者でもない。程なくして到着した深林海岸行きの極急列車に乗車した。馴染みのエルモアのラグの上で、気の抜けない一息を付くという中々にして難儀な行動をとっていた。
「寝台列車でもあまり寝付けなかったよ……」
「交代制で見張りしていたとは言え、緊張してたからね」
「あっ!?」
「どうした!? エルモア!?」
「フルオンでクエルボちゃん買ってくれば良かったですぅ…… うぅ……」
「ま、まぁ…… とりあえず一旦船に戻るって事だから、また買いに行けばいいさ」
「……漫画」
「ね、ネピア?」
「漫画ぁ~ あぁ~」
「エルちゃん…… ネッピー……」
「当分はこんな感じだろうね!」
(クエルボちゃんもショックだろうが、ネピアの漫画は正直可哀想だな…… なんとか回収でも出来ればいいんだけど……)
「クリちゃん?」
「はい」
「エリエールさんって何者?」
「精霊の国の軍隊にいたんですよ」
「なるほど…… それでエルモアとネピアは幼少の頃から英才教育って訳だ……」
「制裁されそうになったけどね! それも教育の一部!」
「エルちゃんは体術が得意で、ネッピーは魔法式の組み立てが得意でした」
「……それをエルモアとネピアに教えられたって事は」
「何でも出来る兵隊さん!」
「そうですね。エルちゃんとネッピーが奇襲を掛けても勝てないと思います。むしろエリエールさんに勝てるエルフがいるのか……」
「……マジ?」
「マジ」
「ホント!?」
「ホント」
(ネピア…… 俺もお前の漫画読みたかったよ…… うぅ……)
「あのおじさん大丈夫かな?」
「す、スコッティさんは多分……」
「多分……?」
「……」
「……」
「……」
「……スコッティさんの事を皆が忘れたら、それが本当の死です。語り継いでいきましょう」
「は~い!」
(え…… マジで……? え……?)
多めにシバかれるくらいかと勝手に想像した結果がこれなのか。俺は囲いの無い魔方陣列車から上空を見つめる。木々の間から差す光から太陽を探し、スコッティさんの最後の声を思い出していた。
「プシュー」
「深森海岸~ 深森海岸~ 終点です。お忘れ物ございませんようご注意下さい」
魔方陣列車にお別れを言い、深林海岸の土を踏む。ラヴ姉さんが買った疑似エルフ耳を販売している商店も変わらずあった。
「おばちゃ~ん! いる~?」
「……あいよ」
「何か変わった事は?」
「砂魚とばが売れたね」
「もしかして人間?」
「あんたらの仲間さ」
「砂魚とば美味しかったです」
「……そうかい、ならもうちっと頑張んないとね」
「おばちゃんまた後で!」
「またお世話になります」
「砂魚とば下さい」
「あ、あたしも~」
「私も買おうかな」
「あ、あんたら……」
「私も買おう」
「ね、姉さんまで……」
「とりあえずここまで無事来れたんだ。ちょっとくらいはいいだろ?」
「ま、まぁ…… そうだけど……」
納得しているようでしていないネピアをよそに、残り四匹は商店で買い物をする。ラヴ姉さんは何故かもう一度、疑似エルフ耳を手に取っていた。
「まいど」
「でも知らなかったですよ。おばちゃんがこの砂魚とばを作っているなんて……」
「誰にも教えてないからね……」
「じゃあネピアが聞いたのか?」
「うん? いんや?」
「エルモアが?」
「違いますよ。ネピアと一緒におばちゃんが作っている所を見たんですよ」
「なるほど」
「じゃあお船にお戻り~!」
「私は船を見るの初めて~」
「じゃあ行こ~」
「そうだね」
「……ちょっといいかぃ?」
「ん?」
「はい?」
「どしたん?」
「どうしました?」
「何か……?」
商店のおばちゃんは、ラヴ姉さんとクリちゃんが海岸に行くのを止めると、一度深く目を閉じてから話し始めた。
「試練に口を挟むのはどうかと思ったんだけどね…… 砂魚とばを褒めてくれた礼さ……」
「「「「「 え? 」」」」」
「あんた達が相手しているのは、そんなに甘い相手なのかい?」
「「「「「 !? 」」」」」
「遅かったですね…… 愚姉妹と粗品を持つ男よ……」
「「「「「 !? 」」」」」
そこには存在してはならないエリエール様がいた。悠然なる佇まいからは想像出来ないほどの禍々しさを纏っている。
「そ、そんな……」
「ど、どうして……」
「スコッティさんは! スコッティさんはどうなって!?」
「……」
「と、父さん……」
「お、お父さん……」
「他を心配する余裕があるのですか……?」
「「 ひっ!? 」」
怯えるロリフターズならぬクリミナーズの前に出る社会派紳士。俺はエルモアとネピアを守ると誓ったんだ。今は亡きスコッティさんに。
「脆弱なる人間の雄よ。時間稼ぎにもなりません。己の不甲斐なさを愚姉妹に見せつけて戦意喪失させるだけですよ?」
「それでも…… 引く訳にはいかない…… 誓ったから…… スコッティさんに…… 誓ったから!」
(もう後がない…… 一か八かこの頼りない魔法具に頼ってみるしか方法はねぇ……)
拳を握り込むようにして胸元へ近づける。何も反応しなければ終わり。その後の考えは浮かんでこない。ただ、死地に赴く兵隊のように吶喊するだけ。
(頼む!)
「……待ちな兄ちゃん」
「お、おばちゃん?」
「誰ですか邪魔するのは…… 老体でも容赦は致しませんよ……」
「随分と訓練に意気込みを感じるねぇ…… エリエールかい?」
「コットンフィール…… 生きていたのですか……」
「あんたにとっちゃあ死んでいるように見えるかもねぇ……」
「こんな所で何をしているんです? あなた程なら今すぐにでもトップクラスの待遇で軍隊に……」
「それはこっちのセリフさね…… あんたも辞めた口だ……」
「……」
「娘可愛さに厳しくなるのは分かるがね…… もう十分に大人さ…… 羽ばたきたくもなるだろうね……」
「……」
「ほらお前達……」
「は、はい」
「「サー!」」
「は~い」
「はい」
「ここはあたしゃが食い止める…… 今のうちに行きな……」
「勝手に話を進めないでもらえますか? コットンフィールよ。これは我がブラッドレイン家の問題」
「家柄なんぞ今時流行らないね…… そんなモノより娘達と周りにいる者を大事にしたらいいのさ……」
(BRってブラッドレインの略だったのか…… ファミリーネームすら恐いんですけど……)
「知った風な口を…… 聞くなぁーーー!」
「はっはぁ~! 血が騒ぐねぇ~!」
いきなり戦闘を始める二匹のエルフ。互いに有名な兵隊なんだろう。尋常ではない殺気を隠す事なく森に充満させる。そして俺たち五匹はその間に船のある砂浜に飛び込む事になる。