第113話 実家に帰ろう! その4
(マジかよ…… エルモアに彼氏がいただと…… そんな……)
(エルモア…… 俺は…… エルモアの事を……)
「タローーーーーーっ!!!!!!」
すると一際大きい声で俺を呼ぶエルモア。だが今までのようにさん付けでは無く俺の方も向いていなかった。それでも名前を呼ばれたのが嬉しかった自分もいる。
「な、なんだい? エルモ…… ア……」
山の麓の方から白い毛並みをした大きな動物が、エルモアに向かって駆けていた。超大型犬であるチベタンマスティフをさらに二回りほど大きくしたような風体だった。
「ワフ! ワフ!」
「タロ! 久しぶり!」
「ワフ!」
「元気だった?」
「ワフ!」
「良かった。こっちも元気だよ」
「ワフ! ワフ!」
(え…… タロ……?)
「ぷぷぷ。これで姉さんがあんたに優しくしていた理由が分かったでしょ? あんたの名前は聖獣ヌイに付ける一般的な名前なのよ……」
「……」
「あんたの名前はタロ・ズーキ。聖獣ヌイのタロ。淫獣のズーキ。まぁ、あんたは聖獣というか性獣の淫獣ってところかしらね。あーはっはっはっ!!!」
「……」
「あーっんっ気っ持っちっいぃ~! 大体ね、エルモア姉さんがあんたのような淫獣を本気で相手するわけないでしょ? どう? ねぇ? 今どんな気持ちぃ? 教えてよぉ~? ネピア聞きたぃ~」
「……なぁ」
「ん~? なにかな~?」
「……触りたい」
「ん?」
「触りたい! 触れたい! 触れられたい! オラぁーーー!?」
「あっ!?」
俺は聖獣ヌイに向かって突進していく。有り余る欲望を全身に持ちながらも、敵対心など微塵にも感じさせない好意的前進。
「ワフ!?」
「はっ! はっ! はっ!」
犬のようにしゃがみ込み、犬のように息をする。聖獣ヌイは俺を受け入れてくれるだろうか。
「ワフ~」
「わんわん」
「(のそのそ)(ピタッ)」
「わん!」
「タロさんがタロと仲良しになりましたね!」
「ワフ!」
「わん!」
(やったぁ! 受け入れてくれたぁ! めっちゃふかふかしてる! 最高のふかふ感!)
「お手!」
「ワフ!」
「わん!」
エルモアの号令に合わせて二匹一緒にお手をする。
「お座り!」
「ワフ!」
「わん!」
既にしている。
「ちんちん!」
「ワフ! ワフ!?」
「(ずるっ) ……あいたぁ!?」
命令に対して実直に行動しようとスラックスを脱いだ社会派紳士(犬)は、怪獣ネピアに横から蹴っ飛ばされる。ごろごろと派手に芝生の上に転がり止まるまで時間を要した。
「何すんだよっ!? ネピア!?」
「何もかにもない! どうして脱ぐ必要があるのよ!?」
「ちんちんだぞ!? ちんちん! 仕方ないだろっ!?」
「ち、違うでしょ!?」
「違わないだろ!? ちんちんだぞ!? ちんちん!」
「な、何回も言わないで……」
「ちんちん! ちんちん! ちん! うっ!(ガクッ)」
蹴りの次はいつもの鳩尾ネピパンチを喰らい、聖獣ヌイの傍らで息絶える事になった。
(気持ちいい…… 風が…… 光が…… ふとももが…… はっ!?)
「タロさん。大丈夫ですか?」
「……あぁ。俺……どうしたんだっけ……?」
「えっと……」
「……?」
何か言いづらそうにしているエルモア。俺はそのエルモアの膝に収まるようにして仰向けになっていた。人の温もりを感じる膝。それを枕のようにして横たわっている。
俺はこの無償の愛に感動し心ゆくまで頭皮に感じる膝枕の愛を享受していた。しかしあまりにも行動的に頭をグリグリ動かしていた為に、エルモアが「あっすいません。起きますよね」言って膝枕状態を解除してしまった。
(久しぶりのエルモアの膝枕だったのに…… もっとゆっくりしたかった……)
「いや……謝らないでくれエルモア君。本当に感謝している」
「そうですか、それは良かったです」
「良かったのはこちらの方だ。久しくこの気分を忘れていたよ。本当にありがとう」
「いえいえ。そう言って頂ければ十分です」
「ワフ!」
「わん!」
「ふふっ。本当にタロとタロさんは仲良しですね」
「ワフ!」
「わん!」
エルモアの膝枕から現実へと引き戻された俺は再度、聖獣ヌイという夢に向かって身を任せていた。気を利かせてくれたのか、俺が身体を預けやすいようにしてくれているナイスガイならぬナイスヌイ。
「気持ちいいな……」
「気持ちいいです……」
「ワフ!」
(まるで幻想の中にいるようだ)
「タロは…… あ~ 聖獣ヌイとはずっと一緒にいるのか?」
「はい。子供の頃から互いに一緒ですよ」
「ワフ!」
「そうか。羨ましいな」
「でもこの子が結婚しちゃってからは、あまり会えなくなって」
「そうなのか…… でもおめでとうだな」
「ワフ!」
「だから今日来てくれるか分からなかったんですけど、来てくれて本当に嬉しいんです」
「俺も会えて良かったよ」
「ワフ!」
『ワフォ~~~~~~~~~~ン!!!!!!』
「ワフ!?」
「あ……」
「どうした?」
「多分奥さんですね」
「尻に轢かれてるのか……?」
「ワフゥ」
「でも幸せなんだろ?」
「ワフ」
「そうですよね。タロにはタロの幸せがある。ほら戻ってあげて。会えて本当に嬉しかったよ」
「ワフ!」
「また会おうな」
「ワフ!」
『ワフォ~~~~~~~~~~ン!!!!!!』
「ワフ!?」
二度目の遠吠えに恐れをなしたかのように、山の方へ駆け抜けて行く聖獣ヌイ。その姿をエルモアと一緒にいつまでもいつまでも、聖獣タロが見えなくなるまで見続けていた。
(彼がエルモアの彼氏だったら俺は許しただろうな……)
「タロさん?」
「どうした?」
「名前のこと黙っていてすいません」
「いいよ。何も問題ないし、むしろ俺の名前タロが、聖獣ヌイの名付けとしては一般的と知って嬉しかったくらいさ」
「よかったです」
「よかったよ」
「タロさん」
「エルモア」
(だがネピアの野郎は許さない)
「ここは気持ちのいい場所だな……」
「はい。自慢の場所なんです」
「その自慢の場所に俺はいれてるんだ」
「はい。なんだか不思議な気分です。生まれ故郷でタロさんと一緒に自慢の広場にいます。そして芝生の上に寝転んで、透き通るような晴天と雄大な雲を一緒に見ているんです」
「あぁ。ここが故郷だったら最高なんだろうなって思ったよ……」
「……すいません」
「どうした?」
「タロさんは故郷に戻りたくても戻れないのに……」
「謝らないでくれよ。望んで来たんだ」
「……でも」
(優しいよなエルモアは…… よし……)
「戻れないなら新しく作るまでさ。故郷をな」
「新しく……?」
「そうだ。俺の故郷は今からここだ。そう決めた」
「タロさん……」
「空気も美味いし、芝生も気持ちいい。大きな山がここのスケールの大きさを表している。そして聖獣ヌイもいるんだ。そして……」
「……」
「……エルモアもいる」
「……はい」
「……」
「……」
(ネピアも一応いる)
「だから今日からここが俺の故郷さ」
「はい」
新しい故郷を異世界で作る。この瞬間に、ようやく元の世界との未練が断ち切れた瞬間だったのかもしれない。そしてこの故郷にいつまでもいつまでも居続けようと心に誓ったのである。




