第106話 寝台列車に乗ろう!
「おぉ~」
「すご~い」
ホームについて驚いたのは俺とラヴ姉さん。今までの魔方陣列車のように囲いがない、ただの魔方陣の上に乗っていくと思っていたから。だがここに停車している寝台列車は、元の世界の列車のような作りであった。目に付く違う部分と言えば、車体が木製であった事。そして地面から浮くように停車している所だ。
「今までとは随分と違うな……」
「半日以上乗るしね」
「通勤列車とは違いますから」
「お金もだいぶ違うしね」
「わっほ~い!」
「乗車しましょ」
「だな」
「クエルボちゃん…… ふふっ」
(エルモアがクエルボちゃん握りしめてるよ……)
スリーパークラスなる車両。既に乗車しているエルフ達の喧噪に巻き込まれるように乗車していく。片側が通路になっていてもう片方が座席になっていた。
「こりゃ随分と騒がしいな……」
「酒場みた~い!」
「疲れてるかと思って個室にしようと思ったんだけどね」
「確かに騒がしいけど、こういった雰囲気は好きだな」
「なら良かった」
「クエルボちゃん…… もう少しだからね……?」
(いつもより愛でている感じがするな……)
「え~と…… ここね。この一区画が私たちの場所ね」
「ほぉ~ こういった感じなのか」
下には広めの対面座席で、一匹が十分に就寝出来る程の長さの座席。天井に近い最上部には固定されてるベットが左右に一つずつ。
「あたし最上階がいい~!」
「じゃあラヴは一番上ね」
「ならクリちゃんもそうする?」
「うん。ラヴと一緒に寝る時は上に行こうかな」
「ね~ね~?」
「どうしましたラヴさん?」
「ベット四つしかないよ? 抱き合って寝るの?」
「ぶっ!? ち、違うわラヴ姉。これはね……」
「こうするんだろ?」
俺は一番下の座席の背もたれになっている部分、その下側を手前に持ち上げる。持ち上げた背もたれの手前に付いていた二本のベルトを、最上部にあるベットのフック掛けに装着し二段目のベットを作り上げる。
「おぉ~ すご~い!」
「あんたよく知ってたわね」
「俺の元いた国にあったかどうかは知らないけど、他の国で同じような列車があったんだ。その列車には通路側にも横向きでベットがあったけどな。そして尋常じゃないくらい荒れていたよ」
「荒れてる?」
「清潔じゃないわ、人まみれだわ、しかも出発しても車内はずっと暗くてさ…… ようやく明かりが付いたと思ったら、一斉に逃げ出す蟲の大群だ……」
「それは凄いわね……」
「蟲さんも大慌てだったんじゃないですか?」
「互いに驚いただろうな」
「でもこの中は綺麗だね!」
「本当だ。精霊の国というかエルフの道徳心には頭が下がる思いだよ」
「そ、そう?」
「タロさんの国も荒れてたんですか?」
「綺麗な方だとは思う。けど精霊の国はそういったレベルじゃないと感じるな。フルオンは建物とかは荒廃した感じはあったけど、ゴミなんか落ちてなかったしな」
「精霊が嫌がるのよ」
「なるほど」
「私たちは精霊といつも一緒ですから」
「それじゃあ汚せないな」
「ね~! 早く駅弁食べよ~!」
「ラヴはお腹減ったって大分前に言ってたもんね~」
背もたれを利用した二段目のベットを元に戻して、一番下の座席に腰掛ける。片方は三匹座る事になるが隣とのスペースは十分にある。
「じゃあ食べるか」
「あの!」
「どうしたエルモア?」
「乾杯したいです!」
(クエルボちゃん愛おしそうに撫でてたもんな……)
「乾いた喉にご飯を入れて詰まらせる前に潤すか」
「はい!」
俺は冷えている瓶ビール。エルモアは言わずと知れたクエルボちゃん、と思いきやネピアと一緒の清酒。ラヴ姉さんは買ったビールを手に持たず、クリちゃんからワインを貰っていた。
「じゃあ……」
「「「「「 かんぱ~い!!!!! 」」」」」
(くっはぁ!? おうおう! このビールは口当たりがまろやかで柔らかいから一気にいっちまうな~)
「駅弁! 駅弁! え~き~べん!」
「ラヴは何にしたの? 見せてくれなかったよね?」
「ぬふふ」
「気になるわね……」
「気になりますね……」
「うぇ~い! 砂ガニの盛り合わせ弁当だ~い!」
「「「 !? 」」」
「凄い駅弁なのか……?」
「凄いわ……」
「凄いです……」
「凄いね……」
「美味いのか?」
「美味いでしょうね……」
「美味しいと思います……」
「美味しいはず……」
(随分と含みがあるな……)
「食べるぞ~!(パカっ!)」
「「「「 おぉ~ 」」」」
「半端ないわね……」
「半端ないね……」
「半端じゃないよ……」
「確かに豪華だな…… 随分と高そうに思えるけどいくらしたの? ラヴ姉さん?」
「……(ピタッ)」
あれ程までにテンションが上がっていたラヴ姉さんがピタリと動かなくなる。今にもお腹の音がなりそうな顔をしていたが、今は気まずそうにしていた。
「(ごにょごにょ)クイーン……」
「え? いくらだって?」
「一クイーン……」
「……」
「……」
「ラヴ? 諦めたら?」
「い、一万クイーンなの……」
「!?」
「あの駅弁を買う猛者がいるとは……」
「流石はラヴさん……」
「あはは……」
「……少しは大目に見ようと思ってましたが」
「……思ってましたが?」
「もうステータスカードに入金いたしません」
「そんなぁ~!? ヒドい~!? うわ~ん!」
「じゃあラヴ姉さんは置いといて、みんなは何買ったの?」
「私は不思議な幕の内弁当です」
「鮮やかな彩りで美味しそうだ。エルモアらしいな」
「そうですか? 色々入ってますし、ツマミにもなりますから」
「確かにな。種類が豊富ってのは酒好きにはちょうどいいかもな。クリちゃんは?」
「私はシュウマイ弁当ですね」
「ほぉ~ これも美味そうだ」
「冷めてても美味しいんですよ? それにこの煮物が美味しくて」
「ほぉ~ それはそれは。まるで舌がその味を思い出すかのようだ」
シュウマイ弁当の味を思い出し、余韻に浸り続けていた社会派紳士になにやら不穏な視線が注がれていた。その者の名はネピア。彼女は決して自分が話題に出ない事を嘆いているわけでも憤っている訳でもない。その視線の標的は俺という存在を捕らえてはいるが、実際は俺の駅弁だった。
「……」
「……」
落ち込んでいたラヴ姉さんもクリちゃんとエルモアの励ましにより、テンションは回復している。周りの喧噪と相まって相乗効果となり、大きな会話の嵐となっていた。だが俺とネピアだけは台風の目にいるように静けさが支配していた。
「……」
「……」
「……ネピア」
「……なによ」
「駅弁の見た目似てない?」
「同じような柄もあるでしょ」
「……」
「……」
明らかに同じ駅弁を所持している、社会派紳士とロリフターズの片割れがネピア。俺はさほど気にしていなかったが、ネピアは俺と一緒の駅弁を買ってしまった事に後悔を滲ませるような表情をしていた。
「あ~!? 同じ駅弁だぁ~!? ペア弁当だぁ~! やっほ~い!」
「(サッ)」
「え~? ネピっち見せてくれないの~? ズーキくん見せて~!」
「どうぞ」
「あ~ 美味しそ~ 竜田揚げかな~?」
「川鯨の竜田揚げ弁当です」
「こいつと考えが被るなんて…… そして冷やかしまで受けるこの処遇…… うぅ…… 」
「ネピアは本当に川鯨の竜田揚げが好きなんだな」
「そうよ!? 悪い!?」
「え、い、いや……悪くないけど……」
照れ屋のネピアは、ペア弁当になった事がとても恥ずかしかったようだ。だがこれを口にすると、酒場ポポタンでも注文出来なかった川鯨の竜田揚げを食べる事なく、強制就寝コースへ移行するので、竜田揚げと共にその言葉を胃の中に仕舞うのであった。