第101話 エルモアを救おう! その8
「うげっ……」
「うぅ…… 口の中が砂だらけに……」
「砂に飲み込まれたのは子供以来だよ……」
「おもろかった!」
『キュ~』
「ここはいったい……?」
「洞窟……?」
「……にしては暖かいね」
「暖か~い」
周りを見ると、大量の砂にここまで運ばれてきた事が嫌でも分かる程に存在していた。その砂の無い部分は洞窟の岩肌のようにゴツゴツとしている。そして何故かとても暖かい。
(暖かいっちゃ暖かいんだけど…… なんというか生暖かい……?)
またもや温泉でもあるのかと期待してしまうが、今のところ湯気が舞っているような状態でもなかった。
『キュ~ キュ~』
「こっちだって」
「あ、はい。ポポタンさん今行きますね」
「暖かい洞窟かぁ~ また温泉でもあるのかな?」
「!?」
「ネピっち? どうしたんだ~い?」
「……もう温泉には一緒に入らないからね」
「……入らないと花が取れないかもしれないだろ?」
「なっ!?」
ネピアの驚きはよそに、クリちゃんが俺と同じ考えをしてくれていたのが、とても嬉しかった。
(これはもしかすると…… 相性が…… いいのか……?)
一瞬だけ元の世界の事を思い出し、電車の中で他にも座席が空いているにも関わらず、俺の隣に座った女学生の事を思いだす。
(そうさ…… これも勘違い…… そう思わないと追跡者への第一歩になってしまう…… うぅ……)
そう俺はストーカーではない。ただの追跡者。一日限りの追跡者。ただ乗り過ごしてしまっただけ。そこに淫らな感情は一糸も纏っていない社会派紳士。
『キュ~ キュ~ キュ~』
「ズーキさん? 呼ばれてますよ?」
「これはこれはご丁寧に。ただいま参りますので……」
「……まさか本当に温泉が」
「入りたいのか?」
「なっ!? ち、違うわよ!?」
「……いつでも一緒に入ってやるよ」
「なはっ!?」
「す、すごい宣誓ですね…… 流石はズーキさん……」
「たまんな~い!」
「……ぺっ」
(うぅ…… エルモアはただ口に入った砂を吐き出しているだけ…… そうに……そうに違いない……)
これも俺の勘違いでは無い事を本当に心から願う。そんな事を思っている間にも生暖かい空気が俺たちに纏わり付く。
(もし温泉があって一緒に入らなければならないのならいくらでも入る。それでエルモアが治るのなら…… 社会派紳士は絶対引かないっ!)
『キュ~ キュ~ キュ~』
「あっ すいません。今行きますね」
身体をくねらせるように進んでいく幼獣ポポタンさん。砂の上とは違って進みは遅い。俺は幼獣ポポタンさんに一声かけてから、彼か彼女か分からない身体をすくい上げる。
『キュ~』
「俺たちの事ですから運びますよ」
『キュ~』
「なんだか嬉しそうですね」
「こいつ動物には嫌われないから……」
「……好かれると言ってくれよ」
「良かったね~?」
「じゃあ行こう」
(ポポタンさん間近で見ると可愛いな……)
何気なくポポタンさんを見ていると、鳴き声をしている際に口が開いている事が分かった。その可愛らしいお口には歯というか、小さい牙のようなものが十本程だろうか生えそろっていた。
(甘噛みされたい気持ちになるな……)
『キュ~』
「気持ちが通じたのかな? ハハッ」
「え~? なんの気持ち~?」
「内緒です」
「それが女性にも通じたらあんたも救われたのにね~ ぷぷっ」
「……いいんだ。動物に分かってもらえるなら」
「でも動物に優しい方は魅力的だと思いますよ?」
「ホント!? やったぁ!」
『キュ~』
「ありがとうポポタンさん。おかげで自信が付きましたよ」
「人型以外には自信持っていいわよ」
「……」
「ぷぷぷ」
「そんな事言ってネピっちもそう思ってるのに~」
「なっ!?」
「そうそう。ネッピーも素直じゃないんだから」
「なはっ!?」
「素直なのは膀胱だけだな。ハハッ」
「あんたぁー!? じゃあ素直に暴行してやろうかしらっ!?」
『キュ~ キュ~ キュ~』
「どうしました? ポポタンさん?」
『キュ~ キュ~ キュ~』
「?」
「あれじゃないかな? ほら……」
「あ~ なんだか穴があるさね」
「もしかして!?」
「お花!?」
「特効薬!?」
「うぇ~い!」
この洞窟とおぼしき場所の一部だけ凹みがあり、ゴツゴツとした岩肌のような感じでは無く土があった。その薄暗いだろう場所は何故か暖かな光に包まれている。そして鎮座する特効薬となる花が咲いていた。
(間違いなくタンポポだな)
「これよっ!?」
「ネッピー!? さっそくエルちゃんに!」
「うん!」
「良かったね~ エルっちもこれで元気になるよ~」
「あぁ。ホッとしたよ……」
以前の時と同じように、水槽から出した砂魚を大きな葉っぱの上に置く。指先に小さな魔方陣を展開して魔法ナイフを呼び出す。そのナイフを器用に使い三枚におろしていく。おろし終わった身をそぎ作りし、その一つに活きのいいタンポポの花をのせてエルモアへ食べさせようとした。
「ほら姉さん? 美味しい美味しいお刺身ちゃんよ?」
「……ぃゃ」
「エルモアには好かれてないな…… ハハッ」
「(ギロっ!?)」
「「(ビクゥ!?)」」
「あ…… エルちゃん…… 大丈夫だよ? こわくないこわくない。ね?」
「……ぅぃ」
「クリちゃんに食べさせた方が良くないか?」
「(ギロっ!?)」
「「(ビクゥ!?)」」
「ネッピー? 睨んだらエルちゃんこわがっちゃうよ?」
「……はぃ」
「ハハッ」
「……後で覚えてなさいよ」
「……望むところだ」
「ほらエルちゃん? 一緒に食べよう? ね?」
「……ぅぃぅぃ」
本当の姉さんがクリちゃんであるかのように、素直に従うエルモア。その様を複雑な気持ちで見つめるネピア。砂魚の刺身の上にあるタンポポらしき特効薬と共にエルモアはそれを口に入れる。
「おいしい?」
「……」
「大丈夫エルちゃん?」
「……」
時間が止まったかのように身動きをしなかったエルモアだったが、その目には今までにはなかった光が差していた。
「あ…… わたし…… どうして……」
「姉さん!」
「ネピア? どうしたの? こわい夢でもみた?」
「姉さん…… よかった……(ギュッ)」
「大丈夫だよ。何もこわくないよ。ね?」
「うん……」
美しい姉妹愛がそこにはあった。俺たちは感動の絵巻を見ているかのように、その光景をずっと見続けていた。
『キュ~ キュ~ キュ~』
「ありがとうございます。ポポタンさん。あなたのおかげで…… おわっ!?」
「なにっ!?」
「揺れてるっ!?」
「地震!?」
「なら洞窟内にはいられないねっ! 早く脱出するさね!」
『キュ~ キュ~ キュ~』
皆に急かされるも、特効薬となる花を二つ程根元からほじくり出して、持ってきていた鉢植えに植える。その瞬間に大きな揺れがあり、立てなくなる程であった。
「ヤバいか!?」
「急ぐわよ!」
「エルちゃん走れる!?」
「大丈夫!」
「じゃあ行くで~!」
『キュ~ キュ~ キュ~』
揺れ動く洞窟内を全速力で走る。それぞれ持ち物があるにも関わらず器用に駆け抜けてゆく。前方に見えるは外界の光。だがここに砂と共に落ちてきた以上、登らなくてはならない。
「結構キツいな!」
「一気に駆け上るわ!」
「うん!」
「行こう!」
「おっし!」
『キュ~』
「「「「「 !? 」」」」」
ポポタンさんの鳴き声と共に、俺たち計六匹は後ろから来た突然の強風に吹き飛ばされる。その風が出口へとエスコートしてくれたかのように、地上へと舞い降りる事に成功した。それぞれが砂場へと着地する。
「あいたぁ!? 鉢植えがふとももに!?」
「……同じく水槽にやられたわ」
「大丈夫ですかタロさん?」
「あぁ。問題ないよ」
「凄かったね~ それにしても勢いのある熱い風だったね」
「楽しかった!」
『キュ~ キュ~』
俺は鉢植えの上に乗っけていた、ポポタンさんがいなくなっているのを鳴き声で気がつく。そのポポタンさんは洞窟の入り口でこちらを見送るようにしていた。改めてお礼を言おうと洞窟の入り口に向かう。
「本当にありがとうございました。お世話になりました」
「ありがとね! ポポタン!」
「お世話なったみたいでありがとうございます」
「おかげでエルちゃん元通りだよ!」
「楽しかった!」
『キュ~ キュ~ キュ~』
俺たちは気がついた。その洞窟とおぼしき大きな穴に、大きな牙が生えている事に。その牙に乗っかるようにしていた幼獣ポポタンさんは、鳴き声と共に飛び上がり穴へと落下していく。そしてポポタンさんが中に入った瞬間その大きな牙が閉じる。
「あ……」
「え……」
「これは……」
「もしかして……」
「ポポタンの親御さんだ!」
(ゴゴゴゴゴ……)
巨大な成獣のポポタンが砂場へ潜っていく。俺たちはその蟻地獄のような砂の渦に巻き込まれないように、全力でその場から脱出したのであった。