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陽は沈み、月は登る  作者: hachikun
8/10

やがて……

今回は短いです。


 ここでひとつ、たとえ話をしよう。

 

 あなたは、とある貴族の家の三男坊。次男は長男にまさかの事があった場合のスペアという可能性もあるが、三男坊が家督を継ぐ可能性は高くない。よって、あなたは仕事をみつけて独立するつもりだった。

 幸いなことに戦闘職として優れていたあなたは傭兵で自活可能になった。でも将来の事を思えば、どこかに士官の口を見つけたい。

 で、そんな事を考えつつ庶民の酒場でちんまりやっていたら、こんなうわさが風に流れてくるのだ。

『隣国の辺境伯が、ホーエンハイム領に詳しい傭兵はいないかと緊急に呼びかけている』と。

 ホーエンハイムといえば先日の処刑事件で話題になったローザリア嬢の実家、ホーエンハイム家の領地。ちなみに国の布告の方では、ローザリア嬢が聖女ココア嬢に危害を加え、しかも謝罪どころか言い逃れしつつもココア嬢をさらに脅迫しようとしたので、やむなく側近の侍女たちごと現行犯で逮捕、反逆罪で断頭台に送ったという告知がなされているが、実際のところ信じている者はほとんどいない。

 あなたも信じてはいなかったが、同時に半信半疑でもあった。ローザリア嬢本人をよく知らなかったから。

 でも、流れてきた噂を聞くにつけ、おそらく間違いなくローザリア嬢は冤罪だろうと考えた。

 なぜなら。

 傭兵たちの間では辺境伯というのはお得意様のひとつであり、だから辺境伯の間の、国家を超えた密約も知っていたからだ。

 隣国の辺境伯が動いた。

 それはつまり、ホーエンハイム家がこの国を普通に出て行ったという事だ。

 いくら辺境伯同士の密約とはいえ、ひとつ間違えると侵略とみなされかねない。ゆえに犯罪などで家が潰された時は国境警備までにとどめ、政治的安全が確認されるまで領地までは入らない事になっているはずだった。そしてローザリア嬢の処刑が原因で家も潰されたなら、ホーエンハイムに詳しい傭兵なんか、少なくともすぐには必要ないはずだ。

 なのに動いた。

 要するにそれは、少なくとも隣国とホーエンハイムはローザリア嬢のそれを冤罪と考えており、ホーエンハイム家は普通にこの国を捨てた事を意味する。

 この世界では、領主が一時的に不在になった場所で治安維持活動する事は慣例で認められている。その後にそのまま領地とするか、もとの所属国から謝礼をもらって新領主に明け渡すかはともかくとして、魔物にとっては人間の都合なんか関係ないのだから、一時的に手を貸すのはアリなのだ。要は自然災害と同じ扱いといってもいい。

 そして今、国の方ではなんの告知もない。ローザリア嬢を『元ホーエンハイム令嬢ローザリアとその一味』とまで書き、極悪犯を処分したと言わんばかりの記事が目立っているだけだ。

 おそらく国の方では今、誰にホーエンハイム領を押し付けるかでくだらない茶番劇をしているのだろう。それが決まってから、ホーエンハイムは国外追放とか告知するのだろう。

 でも、あなたは知っている。

 豚のような中央貴族に危険なホーエンハイム領を仕切れるわけがないと。あそこは辺境経験者でないと治めることすらできやしない。

 よし。

 あなたはエールの残りを食らうと、傭兵ギルドに向かった。

 傭兵ギルドではその情報を掴んでいなかったが、あなたの話をきいてすぐに問い合わせてくれた。その結果、その噂が事実である事、そしてやはり、ホーエンハイム家はこの国を離れたらしい事を知る。

 あなたはギルドに紹介状を書いてもらい、さらに隣国のギルドに連絡も飛ばしてもらった。

 そしてその足であなたは旅立った……よりよい未来に向かって。

 

 

 

 国の現状を改めて知った私は、予想される餓死や暴動などを少しでも減らす方法のひとつとして、噂を広めるという手段をとる事にした。

 

 たとえば、キラケニアとココア嬢に関する不穏な噂。

 たとえば、近隣の国における求人情報。

 

 大陸の一角にあり他国と陸続きのこの国では、家ごとの移動などはもちろん制限がかかっている。

 しかし家族の誰かが出稼ぎに他国にいくのは珍しい事ではない。

 女ならメイドや下働き、男なら傭兵、冒険者、商人ほか。そして、こういう人々が他国に出て行く時に用いるのが、傭兵ギルドや商人ギルドなど、多国籍に広がる職業系ギルドに入る事だった。

 で、他国で生活が確立した人間が家族を呼び寄せるのも、これまたよくある事だった。

 専門職や商人もそうだし、騎士や兵士で士官した場合もあるだろう。そういう者たちに、家族を呼び寄せるなど許さんというのは、いくらなんでもひどすぎる話だった。だからそういう場合、呼び寄せる、呼ばれる側が国の中枢にでも関わっていて別途応談の案件を含まない限り、特に移動を制限しない事になっていたし、無理に規制などすれば、この国は国民に逃げられてますよと周囲の国に知らしめるようなものだった。

 この世界は情報伝達網が不完全で、ホーエンハイム家のように魔道具で連絡しあえるのはあくまで個人レベルの話だった。情報や通信を扱うのは一部の専門職の仕事であり、組織化された情報ネットワークは限定的にしか機能していなかった。そしてそういうものを持っている者たちは当然、それを自分の武器として用い、ニュースを公開するような事もなかった。

 私はこの事実を最大限に利用し、経済の基盤を外に作るように多くの人を誘導してまわった。特に足の軽い平民や三男坊以下の貴族などに、外でする条件のよい仕事をどんどん流した。

 

 その結果、仕掛けた私も驚く速さで人が流出し始めた。

 

 たちまち国の経済は減速したり、地域によってはマヒ状態にまで陥った。

 ホーエンハイムに近い地域、つまり田舎はさらに厄介だった。中央につながるいくつかの領地が事実上の運営不能になり、さらに討伐されない魔物があふれて孤立化する地域まで出始めたのだ。

 これはまずい。

 最後の手段だけど、私本人が出張る事にした。

 もちろん私ひとりでは何もできないので、うちの侍女たちと、それから戦闘員として腕に覚えのあるオーガやオーク、そしてスケルトンの上位種の何体かを連れて行き、そして孤立している住民たちを保護した。

 人々は魔物を連れた私たちに非常に驚いた。でも同時に、キラケニアやあの女に無実の罪で殺されかけ、裸の上に布一枚という姿で死刑場まで護送された話になると、なんてひどい事をとみんな憐れんでくれた。

 このあたりはホーエンハイムに近い事もあり、その末姫の私にも非常に好意的でいてくれたようだ。正直ありがたかった。

 彼らは多くなかったので、転移の仕掛けをもってきて旧ホーエンハイム領に送り届けた。へたに国内におくよりその方が安全だったし、皆も王都に近づくより、その方を望んでくれたからだ。

 ちなみに、自活力のある、しっかり者の運営する領地は元気に生き伸びていたので、こちらはもちろん不干渉で通した。

 他にもいくつかの問題があったが、時にはお父様に連絡をとり、時には押し掛けてきた兄に手伝ってもらったりしながら、何とか国内をぎりぎり保ち続けていた。

 

 そんな、各地の調整のような事をしていると、ついに飢饉(ききん)がやってきた。

 

 人間、本当に追い詰められると手段を選ばなくなるようだ。

 いくつか問題も出たけど、私が生き延び、魔物を率いて各地で調整して回っている事も同時に広まりはじめた。しかし地方中心だし、直接の関係者はしっかりと口をつぐんでいたため、王都に流れたのはあくまで噂レベルでしかなかったと思う。

 それなのに。

 王都に近くて情報統制していたはずの地域から、助けてくれという懇願が届いたのには驚いた。

 もちろん駆けつけて話を聞いてみた。

 そしたら、とんでもない話を聞けた。

『炊き出しの食糧買い付けの際、王子とココア様の名の元に食糧援助の際は優先的にするってお二人がじきじきにおっしゃって、その条件で安く買われたんです。でもその事を言って援助を頼みにいったら話が通るどころか話そのものが無かった事にされていて、担当官に詐欺と反逆罪とどっちがいいかって言われまして』

 さすがに、あいた口がふさがらなかった。

 しかもこれが一件でなく、似たような話がいくつもあった。

 たとえば服や宝飾品などで、ココア嬢に売ったはずなのに献上扱いにされてそのまま取り上げられたケース。

 当たり前だがココア嬢は王妃でもなんでもない。よって現時点で業者などが何かを『プレゼント』する事はあっても『献上』はない。

 しかし文句をいうとキラケニアが家ごと断罪をちらかつせるので、怒りに震えつつ引き下がるしかなかったとか。

 ちなみに現在では、先払い以外では応じていないという。政情不安定のため仕入れ困難である事を理由にしているが、もちろん本音は違う。苦労して売っている商品を、バカ王子と得体のしれない女にタダで持って行かれたら商売あがったりだからだ。

 なんてこと。

 当人たちが動くと面倒なので、王都周辺には悪い噂を全く流していなかったなのに。

 まさか、そもそもそんな小細工なんて必要ないどころか、こっちの想定など足元にも及ばない有様になっていたなんて。

 

 それでも私たちは、がんばった。

 もうこの国の貴族じゃないから義務もないけど、でも、見てみぬふりはできなかったから。

 何とか走り回って、少しでも多くの地域と人を助けようとした。

 

 だけど、そもそも存在しない食糧を分け与える事はできない。

 多くの人々がこぼれおち、亡くなっていくさまを。

 私はたくさん、たくさん、見せられ続けた。

 

 もういいよね、そう思った。

 

 

 そしてついに、その日がやってきた。


余談ですが、エールはもちろん飲み物です。

食らうと書いてあるのは間違いではなく、食らうように流し込んだという意味の表現方法のひとつです。


念のため。

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