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陽は沈み、月は登る  作者: hachikun
7/10

魔物の姫

 それは不思議な夢だった。

 身体中を大量の蔓草(つるくさ)にからみつかれ、全く身動きがとれなかった。そして私の身体にも蔓草が差し込まれ、侵食を受けているというのに、なぜか痛みも苦しみもなかった。

 いや、むしろこれは……心地よい?

 だけど。

 

 この不思議な気持ちよさは、どことなく私を不安にもさせた。

 ずっと浸り続けていると、逃げられなくなりそうな。

 

 こわい。

 いや、それよりも。

 

 深い眠りの中にいるように、動かない頭を何とか動かした。

 そして、言うべき本題を、そこにいると思われる誰かに向けて、

『すみません、お願いがあるのです』

 そう、やっとの事で言い切る事ができた。

 どうだろう。無事に届いただろうか?

 

 ……何だ、幼子よ……。

 

 しばらくして、かけた願いに答えがあった。

『家族に安否を伝えたいのです。無事に生き延びている事だけでも』

 

 ……よかろう。聞き届けよう……。

 

 声はそう言っているようだった。

 植物は私たちとは全く違う。思考経路も何もかも全く異なっていて、だから論理的な意味でわかりあうのはおそらく不可能に近い。

 そして、そんな植物たちのコミュニケーション手段のひとつがおそらく、絡みついたり栄養を吸いあったりという、生命活動に密着したコミュニケーションだといえる。

 

 ああ、そうか。

 つまり私は、種を植え付けられたのか。

 

 あの小さな花は、おそらくはエルダートレントの端末だったんだろう。

 トレント種は気に入ったもの、大抵は動物に種を植え付ける。その種は宿主の一部となって共存し、恩恵を与え続けるかわりに宿主の魔力をもらい、ためこんでいく。魔力の蓄積後、あるいは宿主の死後に離れて大地に移り、そこで芽ぶいて初めて若いトレントとなる。魔力をたくさん蓄積するほど、大きくて立派なトレントになるのだ。

 確認もせずに一方的な植え付けなのはどうかと思うけども、そもそも植物が人間の都合をきくわけがない。棘草(とげくさ)の種が「くっつきますよ」と断って人間や獣にくっつくわけがないのだから。そういうものなのだろう。

 種をつけられたのは生まれてはじめてなのだけど、古文書によると、一度種をつけられた者はその種が離れてもすぐに新しい種をつけられるという。どうもそのあたりが微妙にぼかされていて、ちょっと気になるところなのだけれども。

 まぁ、それはいい。

 

 そんな事をぼんやりと考えていたら、ゆっくりと思考が戻ってきて。

 

 そして……目覚めた。

 

 

 

「姫様」

 目覚めると、目の前には心配そうなリカのオレンジの瞳があった。

「大丈夫ですか姫様」

「あ、うん」

 草の臭いのする空間。そしてリカの向こうに見える天井も、びっしりと植物に覆われている。

 私はゆっくりと起き上がった。

 部屋は古い遺跡か何かの一室のようだけど、生活用品がいくつか運び込まれていた。研究所まで戻って取ってきたのか、人数分の寝袋もある。ひとつだけ、衝立(ついたて)を挟んで距離が置かれているのは男性であるゲルガ用のものだろう。

 もしかしたら、結構長く眠っていたのだろうか?

 とりあえず、人が揃っているのを確認……するけれども、クラッシがいないのにすぐ気づいた。

「みんな無事でよかったと言いたいところだけど、クラッシはどうしたの?」

 尋ねてみると、リカたちでなくゲルガが答えてきた。

「魔物軍団の長のとこですな。彼女と自分は魔道関係の担当ですので」

「魔物軍団?」

 いきなり意味がわからない。

 首をかしげているとリカが苦笑してきた。

「それでは姫様がわかりませんよゲルガ。ちゃんと最初から説明なさい」

「おおなるほど」

「おおなるほど、じゃないでしょう?」

「?」

 目の前の光景に、何かひどい違和感をおぼえた。

(リカがゲルガを警戒していない?)

 新参者ではあるし、あんな目にあわされた直後だ。お堅いリカが警戒を解くほどの時間は過ぎていないはずだった。

 なのに。

 まるでゲルガを、一度は苦楽を共にした仲間のように扱っている。

 なぜ?

 そう思っているとリカが補足してたきた。

「姫様。おそらく自覚がないと思われますが、姫様は一か月ほど眠っておられたのです」

「はい?」

 えっと、すみません。どういう事?

「ローザ様はトレントの花に接触を受けました。覚えておられますか?」

「ええもちろん」

「それはもう一ヶ月前の事なのです。

 ローザ様が倒れられてすぐ、自分たちはあのトレントの花を潰しました。

 ですが既に種はローザ様の体内に入ってしまっており、いかなる浄化も効果がありませんでした。

 そうしている間にローザ様が唐突に目を開き、起き上がられたのです。……ただし中身は別人、いや異生物でしたが」

「もしかして……エルダートレント様が私の身体を使っていた?」

「はい」

 真剣な顔で、今度はゲルガがうなずいた。

「ローザ様に憑依されたモノの説明で自分も納得しました。確かにトレント種の憑依と同じ状態でしたからね、もっとも自分の知るトレント憑依では人間の会話なぞ成立しませんでしたが。そこはつまり、上位種という事なのでしょう。

 で、その存在の仲介で自分たちはダンジョン内にいた、ローザ様の影響を受けて意志を得ていた魔物たちに呼びかけをして、手勢となる戦力を作り上げたと。まぁ、そんな感じです」

「えっと、どういうこと?」

「ですから提案されたのですよ」

「提案?」

「エルダートレントは高い知恵を持ちますが、恩恵を与える事くらいしかできない。自分たちは植物だから細かいサポートは無理だと言われました。そして動物の、しかも人型に近い魔物を別途、確保しなさいと」

「なるほど」

 魔物を確保しろって……。

 聞いてるだけで常識が金切声をあげて卒倒しそうな話だったが、それでも事実らしいのはわかった。

 それに、いかに上位種のトレントだって植物なのは間違いないから、言わんとする事も実に合理的ではあった。

 思わず頭痛がしそうな内容ではあったが。

「そ、そう。それでお父様たちとは無事連絡がついたの?」

「はい、何とか。しかしちょっと面倒な事態になっております」

「何かあったの?」

 やがてリカが現在の状況を語り始め。

 それで私は、思わず卒倒してしまいそうになった。

 

 いわく。

 ホーエンハイム家は(ローザリア)を無残に殺された時点ではギリギリ耐えていた。

 しかし、謝罪どころかホーエンハイム家自体にも頭をさげろと言わんばかりの王子の態度と、それを良しとはしないまでも、息子たちの成長を見込んで今は耐えてくれとふざけた事を言う国王陛下、とどめに、さらにホーエンハイムの息子たちにまで尻をふらんばかりの愛想をふりまくココア嬢に、父は激怒など完全に通り越して、この国に仕える事の無意味さをしみじみと悟ったとの事。

 

 一瞬、キラケニアの視界の影から、上から目線でこっちを嘲笑していたあの女の顔を思い出した。

 うん。

 気持ちはわからないでもないし、怒ってくださったのはとてもうれしいのだけど。

 

 お父様が動いた事で、他の皆も動き出した。

 お兄様たちや、それどころか、今回の件でホーエンハイム出身というだけで叩かれていた嫁入り済みの姉様たちまでもが揃って同調、なんとホーエンハイム家ごとこの国から退去を決めたらしい。

 王妃様がじきじきに引き留めようとも説得なさろうとしたらしいけど、王妃様には(・・・・・)本当にお世話になりました、お元気でと、王妃様にだけ(・・・・・・)しみじみとご挨拶して王都を去ったという。

 それだけではない。

 本来、爵位を返上といえば陛下に謁見し、その上でお返しするものだろう。爵位とは王から賜ったものであり、だから返上と言う言葉があるのだから。

 だけどお父様は、引き留めにいらっしゃった王妃様に爵位をその場で返上しようとしたらしい。そして陛下に謁見して欲しいと言われ、こう言い切ったらしい。

 

「王妃陛下、貴女様が返上を受けてくださらないのなら仕方ありませぬ。ならば最後の手段でございますが、爵位はこの場で放棄いたします。関係の皆々様にもそうお伝えくだされ、ホーエンハイムはたった今この瞬間、この国の貴族ではなくなりました」

「え、あの、サルカス殿?ですから陛下に」

「陛下。それ以上その名を語るのはおやめくだされ。この国を出る前に、私とその一族にこの国の敵になれとおっしゃるのですか?」

「っ!」

 

 うわぁ……。お父様、いくらなんでもそれは大人げないんじゃないかしら?

 

 とにかくお父様は、きちんと応対してくださった王妃様にだけ挨拶をし、王妃様にだけ名残を惜しんで去って行ったらしい。……いやまぁ、実は幼馴染みで、昔は国王陛下と三人で遊んだ仲だそうだしね、うん。

 とはいえ。

 もう、こうなったらホーエンハイムはこの国にとどまれるわけがないって、私にだってわかる。

「オークたちが持っていた宝物の中に通信用の魔道具がありまして、そこから姫様のご存命と状況をお伝えいたしました。お館様は姫様が目を覚まし次第、なるべく早く北部の国境に移動するようにと申されておりました」

「北部ね、という事は、お母様のご実家の方に行くのね」

「はい、そうおっしゃられてました」

 

 うん、それは確かにわかる。

 でもちょっとだけ。

 お父様の後を追う前に、やりたい事ができたかな。

 

「リカ。町や王城の状況って、どうやって調べているの?」

「それは……」

「はい、自分とクラッシが担当しております」

 ゲルガが手をあげた。

「具体的には?」

「実はスケルトン軍団の中に数体ですが幽霊(ゴースト)が混じっておりまして。クラッシが調べてみたところ、むかし王城勤めをしていたメイドのようでした。まぁ中身はお察しで、悲惨な目にあわされ殺された娘たちでしたが。

 クラッシと妙に話があったようで。今、城に詰めて情報を集めてくれているのです」

 幽霊……。

「まさかそれって」

「はい。城内を歩き回って噂を集めたり、書類を見たりしているようですが」

「みえる人とかいないの?騒ぎになってない?」

「今、城内で彼女たちをハッキリ目視できるのは、神官長だけのようです。初対面で浄化されそうになったそうですが、ホーエンハイムのお姫様のお手伝いをしているのですと言ったら、あまり騒ぎを起こさないようにと見逃していただけたとか」

「神官長って、ローダ神官長様よね?ミニアの大叔父様の?」

「はい」

 殺されたミニアが神聖魔法の適性を持っていたのは、おそらく血のせい。ミニアのお祖母様は神官長の実のお姉様らしいのだ。

 それにしても、ローダ様ってば大物。

「あと、例の女は見えないけど雰囲気だけは感じられるそうなんで、夜ひとりでいる時などにわざと近くを歩きまわっているとか。今ではお茶を飲むのもビクビクしているそうです」

 嫌がらせ!?

「危ないんじゃないの?あんなのでも聖女のスキルは持っているんでしょう?」

「浄化は一日一回しかできないそうです。だから、一発怖がらせて使わせたら、あとはやりたい放題とか」

「あらら」

「それに、性格や行動パターンが、彼女たちに罪をきせて殺した女にものすごく良く似ているそうで。近くにいるだけで不愉快になるんだとか」

 うわぁ……。

 それはまあ、新たな被害者を増やさないための妨害、くらいにはなるのかしら?

 

「とりあえず王都の方はわかったわ。ホーエンハイム領はどうなっているの?」

 ホーエンハイム家が離脱を開始したといっても、領民が皆ついてこられるわけがない。そちらはどうなっているのかしら?

「お館様が非常連絡を飛ばしたので、西部の町のある地域は安全だと思います。かねてからの協定通り、近隣の辺境伯が国の垣根を越えてサポートしてくださるとの事です。

 ですが当然、ホーエンハイム東側の森にはノータッチですから、こちらは間引きする者がいなくなり、半年もあれば魔物の支配空間に変わると思います。

 ただし、この魔物たちは姫様の敵にはなりませんので、私たちにとっては少し様相が異なりますが」

「そう……」

 まぁ、とりあえず問題はないという事か。

 ホーエンハイム領のあるあたりは魔の森が深すぎて、どの国も中央の手が非常に届きにくくなっている。そして治めているのはどこも同様に、それらの魔物に拮抗しうるかそれ以上の辺境伯の一族が固定で治めていて、交代する事は基本的にない。

 だからこそ、辺境伯同士の横のネットワークなんてものが生きている。中央の国境なぞとは無関係の、歴史上の理由で生まれている交流の輪というわけだ。

 

 さて。そうなると、残る懸念材料はひとつだけかな?

 

「そういえば、農産物の備蓄はどうなっているのかしら?」

「備蓄食料ですか?」

「そろそろ、次の飢饉の周期がくるはずなのよね。王宮に対応の進言をしてあったはずなのだけど……」

 そうなのだ。

 何が原因かわからないけど、この世界ではだいたい十二年、それから六十年に一回、農産物が不作になる年がある。特に六十年周期の方は大飢饉といっていい様相になる事もある。太陽の投げかける光が減衰するためとかいろいろ言われているが、詳しいことはわかっていない。

 だけど歴史書を見る限り、必ずおきる事だからと、何度も警告してあったはずなのだけど。

 しかし、それに対する返答は。

「各地の食料備蓄は減っています。王宮の非常食庫に至っては二割ほどしかありません」

「何それ?どうしてそんな事になっているの?」

「ひとことで言えば、あの女の、貧者むけの『炊き出し』です。

 あれは最初王宮の食材を用いておりましたが、料理長がダメ出しをしたのは覚えてらっしゃいますか?」

「もちろん覚えてるわ」

 試食レベルならともかく本格的な量になりかけたところで、王宮食材の使用について料理長が拒否したのだ。当たり前の話だった。

 ところが、あの女がキラケニアに泣きついて、食料が欲しいなら身体で払えと料理長に脅されたと吹き込んだ。そして、それをまるっと信じたキラケニアが話もきかず、料理長をいきなり反逆罪で処刑し、あの女の言うとおりに従う料理長に取り替えようとした。

 あの時は、お城にいた王妃様が動いた。料理長の冤罪ははらされ、丸く収まったのだけど。

 もともと歳のこともあり、引退して孫に囲まれて暮らそうかと思っていた料理長にとっては最後のひと押しになってしまった。彼は辞表を提出し、そしてお城を去っていった……。

「あの後、炊き出し用の食料は外部から買い付けていると聞いたのだけど?」

「わざわざ外から買わなくても、町はずれの倉庫にたくさんあるのを使えばいいじゃないってココア嬢が言い、キラケニア王子が了承したんだとか」

「それ災害用備蓄じゃないの!」

 何やってんのよあの女!

「古いものはどんどん使わないと、おいしくなくなっちゃうのよとか言ったとか」

「どこの世界の常識よそれは!」

 いや、なんとなくわかっている。私の前世、ナギサの記憶にも同じ情報があるからだ。

 クアル……日本でお米と呼んでいるあの穀物なら、確かに古いお米を切り崩すのもいい考えだし、実際に行われていたはずだ。もちろん、食料庫の在庫を減らさないという前提下であるのは当然だけども。新しいものを追加しつつ、古いものは加工食品や飼料にまわしていたと思う。

 しかし、この世界でクアルでなく麦が重用されているのは、料理法でも味でもない。備蓄食料にした場合の年単位の劣化が圧倒的に少ないからだ。備蓄食料にしているくらいの年数では劣化はない。

 それを勝手な理屈で、しかも備蓄を減らしているですって?

 

 これはもしかして……国がすでに機能停止してしまっている?

 

 なんてこと。

 婚約破棄問題で前後不覚になっていたのは私も同様だったって事か。

 

 仕方ない。

 本当はうごく義務なんか全くないけど、当面はこの国にいなくちゃいけないようだし。

 ちょっとだけ、手は打っておこう。

 

「ねえみんな、ちょっと相談なんだけど……あ、クラッシおかえり!」

「ただいま戻りました……ローザ起きたの?大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、それよりちょっと来て、皆に相談があるの」

 

 とりあえず、改めて皆に集まってもらった。

 

「リカ、クア、クラッシ、ゲルガ。ひとつ相談なんだけど」

「はい、なんでしょう姫様?」

 四人のまとめ役であるリカが、代表するように質問してきた。

「国の内外に噂を流したいの。

 だけど、今の私は目覚めたばかりで、こちらの戦力の全貌を全然知らないの。実現可能かどうか教えてくれるかしら?」

「わかりました。では具体的に何を?」

「まずはねえ」


 注意:この世界の米や麦は地球のそれとイコールではありません。あくまで、よく似た別の穀物なので、備蓄時の性質などは異なっている可能性があります。


 棘草の種: 地球にある通称ひっつき虫こと、オナモミの実と似たもの。トゲトゲがたくさんあって、衣服や動物の毛皮に執拗にからみつく。

 

 主人公は米や麦については素人なのでよくわかってないのですが、王国では麦もちゃんとローテーションしています。ただし備蓄確保が優先なので、交換のスパンがだいぶ長いのですが。

 あと、米をクラルと呼んでいるのは、この地域で米を食べていないため彼女の母国語に対応する言葉がないためです。だから「これがお米なのよね」というのは知っていても対応する言葉がなく、外来語をそのまま使っています。(さすがに、本当は異世界語なのを日本語でお送りしている本作中でさらに日本語の「お米」を表現するという、マトリョーシカみたいな事はやりたくなかった)


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