表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陽は沈み、月は登る  作者: hachikun
5/10

森と魔法

 備蓄食料を使った、ありあわせの食事が終わった。

 衣食足りれば礼節を知るという言葉が異世界にはあるらしいけど、私たちはまさにそんな感じだった。食事をとった事で気持ちが落ち着き、ようやく周囲を冷静な目で見られるようになってきた。

 特に、目を白黒させるばかりで絶句していたクアにとっては、食事による安定化はすごく意味があったらしい。ようやくいつもの武道家らしい雰囲気が戻ってきた。

「ほう、クアドラどのは戦闘補助関係の専門のようですね」

「ええ。わたしの家は代々武道家なのだが、この通り肉体的にはあまりにも女でな。ゆえに足りない部分を補っている。まぁ、今は発動体がないので使えるものも限られてしまうが」

「ならば、少しはお役に立てますね。これを」

「ペンダント?これは?」

「三日月のペンダントといって、発動体を持たない人間のための魔道具なのだが……実は自分にかける魔法にしか役に立たない欠陥品なのです。しかしクアドラどの、貴殿なら?」

「なるほど、わたしの魔法は、すべて自分にかけるものだな」

「しかり。貴殿が最も活用できるでしょう。さしあげます」

「ありがたい。しかし、わたしには代償など」

「クアドラどの。道具はそれにふさわしい持ち主の元にあるべき、自分はそう考えます。

 そしてそのペンダントは遺跡で掘り出した骨董品に自分が付呪したもの。売り物ではないので価格を決める権利は自分にあるのです。しかもお恥ずかしい事に機能も限られた失敗作でしかない。

 自分としては、これを有効活用してくれる者がいるだけで嬉しいのです。付呪に使った魔石も無駄にせずにすんだ、という事ですし」

「なるほど……わかった、ではありがたくいただく」

「はい、ぜひ」

「あと、わたしはクアでよい。ローザリア様も仲間もわたしをそう呼ぶのでな」

「了解した、クアどの」

 発動体というのは、魔法を使う時に使う触媒のようなものだ。動植物素材の方が強力だが面白いように消耗してしまうため、大抵は鉱物素材が使われる。特に水晶が多く、よくある頭に大きな宝石のようなものをつけた魔法杖はこれに属する。

 ホーエンハイムの侍女服には水晶の発動体が組み込まれている他、短時間なら使える動物素材の触媒も常に携帯しているのが基本だった。だが護送の前にキラケニアの侍女たちに衣服や装備は全て剥ぎ取られていて、今、私たち女性陣が着ているのは囚人用のボロ服であり、下着は腰巻きすらも認められず。そして足は靴もなく、雑巾のような布を巻いてあるだけ。

 馬車に乗せられた時、クアたちが小さな悲鳴をあげたりヘンな動きがあった。おそらくは仕事にかこつけて、布一枚の上からクアたちの胸を揉もうとしたり、下着のない股間に手をいれようとした不心得者がいたに違いない。

 無実の者、しかも若い娘になんてことを。

 こんな扱いをした者たちを、私は絶対に許さない。

 さすがに侍女服は置いてなかったもので、クア以外の全員が魔道士のローブに着替えた。リカは軽戦士だが腰でローブを一度まとめ、ちょいちょいと細工して狩人のような姿に即興で改造していた。裁縫時にクラッシが付呪も手伝っていたので、おそらく簡単な革鎧程度の防御性能なら発揮するだろう。

「武器が短剣と弓しかなくて、ごめんなさいね」

 倉庫にあった短剣と弓を渡した。魔術師の使うものなので少し優美だが、実戦にはちゃんと耐えるものだ。

「かまいませんが……これは付呪用の短剣ですか?何かこう、儀礼に使うような文様がありますが」

「え?ああそれ文様じゃないわ、文字よ。Azoth(アゾット)って書いてあるの」

「アゾット?」

「ええ」

 思わず答えてしまってから、しまったと思った。

 だがもう遅い。

「ローザ。これが文字だったていうのはどこで知ったの?初耳なんだけど?」

「あー、あのね、その」

 クラッシに質問されて、思わず返答に困った。

 しかしその私の困惑を、横であっさりと引き取ってくれた者がいた。

 そう。ゲルガだ。

「異世界の記憶だろう。違いますかローザリア卿?」

 えっという反応をしたのはクア。眉をしかめたのはリカ。

 そしてクラッシは、ああなるほどと納得顔だった。

 仕方ない。これは認めないわけにはいかないだろう。

「まず最初に、卿はいらないわ。あとローザでいいわ」

「わかりましたローザ様」

「ありがとう。

 記憶の件だけど、まぁ、そうよ。もっとも断片的なものだけど。でもどうして?」

 今の反応でなんとなくわかった。ゲルガはおそらく、最初から私を記憶もちだと知っていたのだ。

「理由は『失われた軍勢を呼び出す魔法』ですよローザ様。

 あれは発動条件が難しい代物でして、事実上、この世界の人族には本来、ほぼ起動不可能なのです。自分にも仮起動しかできません」

「仮起動?」

「限定的な起動という事です。その場合、ただのスケルトン軍団召喚魔法になってしまいます。

 理由は簡単で、自分が満たせる発動条件までで起動できるのが、そこまででしかないからです。

 しかも仮起動の場合、スケルトンたちはただのスケルトンです。外にいるローザ様の骨たちみたいにはなりません」

 そこでゲルガは少し息をつき、そして続けた。

「最終起動キーは、術者に異世界の要素が入っていて、そして穏やかな心の人である事なのですよ。

 もともとこの魔法は古代魔法の時代に、研究対象として召喚された異世界人が逃亡中に編み出したと言われています。

 無目的に徘徊するだけの魔物たちに意思の光を与え、さらに自分という存在を召喚者として刷り込む。

 しかもこの際、力まかせに世界をひっくり返すような荒々しい気持ちが術者にあると光を拒否されます。術をかけられた者が守ってやりたくなるような、やさしい心の持ち主でないと稼働させられないと記録にはあります」

「はぁ?」

 私は首をかしげた。

「何、その最後の聖女みたいな条件は。それじゃあ私に起動できるわけないじゃないの」

 絶対間違ってるでしょそれ。

 だけど、なぜかウチの侍女集団は、なるほどねえとウンウンとうなずいた。

「な、なによ?」

「あたしらがここでこうしているのはそもそも、ローザがそういう甘ちゃん……痛っ!何すんだリカ!」

「言葉が過ぎますよクラッシ」

「あいたたた……でも実際にそうだろ。もしローザが簡単に人を処断する女なら、うちら全員とっくに死んでるってーの」

「まったくこの娘は……でも確かにそうですわね。

 姫様のそばに使えている侍女や側仕えは、そのほぼ全てが以前に大きな問題を起こしたり家に被害を与えたりして、処断されかけたのを姫様に拾われた者ばかり」

「そうだな。わたしも随分やらかしたものだし、リカは模範生としてもクラッシなんて、本当なら斬り捨てられていたかもしれない」

「ちょっと待ってみんな。

 確かにそんな事件はいろいろあったけど、私は捨てたり潰すにはもったいない、利点があると思ったから手元に置きたいってお父様にお願いしただけで、そんな……」

「ああ、うん、そうだねハイハイ、わかったから」

「ちょ、その生暖かい視線は何よクラッシ!あなたね!」

 ふと見ると、ウンウンと楽しげにゲルガが微笑んでいる。

「なにかしら?」

「古文書に伝わる記録通りだと思ったのですよ」

「記録?」

「『失われた軍勢を呼び出す魔法』を作った者も若い少女で、ごくごく親しい僅かな娘と共に森に逃げ込んだとか。追手が迫る中、助けを求めて生み出したのが、かの魔法だとされているのです。

 記録にはあります。

 少女の放った魔法により、その森の心なき魔物たちに心の灯がともったと。そして、助けてほしいという願いをきき、その灯をくれた者を守ろうとして、魔物たちは少女とその仲間たちの盾になったと」

「助けを求めて……ですか」

「はい」

 よくわからないが、納得できる部分もあると私は思った。

 たとえば、死霊術でスケルトン軍団を召喚する時は、もっとおぞましく破滅的な気持ちが必要だ。暗く冷たい死の闇から彼らを呼ぶのだから当然で、助けを求めるなんて気持ちで使った場合、呼び出されるのは満たされぬ心をもつ悪霊死霊など、物理面をもたない霊的なものばかりになる。

 似て非なるもの、か。

 あの時は単に、歴史と異なる条件を作ろうと試した魔法だったのだけど……もしかしたら大きな意味を持つのかもしれないと私は思った。

 

 でも私のその予感は正しいけど、いろんな意味で甘かった。

 

 

 今後の事について、改めて相談をはじめた。

「ホーエンハイム家の方には連絡がつけられないのね?」

「無理ですね。せめて連絡用の魔紙の一枚もあれば……」

「いや、だからごめんなさいって」

 転移が不可能になる可能性のある遠隔地の研究所に、連絡用装備のひとつもない。確かに私の失策だった。

 私は基本、好きな事をやりだすとまわりが見えなくなるタイプだ。そのため、特に家への連絡を忘れがちで、最古参のリカにはよく迷惑をかけたものだ。……いや、今もかけている。

「クラッシ、ここにある道具で通信用の魔道具か何か作れないかしら?」

「できるけど、自分で作ると時間がかかるね。素材には羊皮紙を使えばいいけど、魔を染み込ませて熟成するのに二ヶ月はかかるから。ゲルガ、あんた何かしらない?」

「羊皮紙を使うという事はスズカネ法だろう、それは確かに迂遠に過ぎるな。鉱石はないか?紫水晶に低純度の金があれば」

「ない。金はあるけど紫水晶がたぶんダメ」

「なるほど、となると、自分もそれ以上のものは知らないな」

「二ヶ月……いくらなんでも、そこまで音信不通はまずいわね」

 まもなく国王夫妻が帰城して、前後してお父様たちも事態を知るだろう。それまでにどうにかするのは無理にしても、少なくとも無事である事は使えたい。

 私たちが不当に殺されたと知れば、ホーエンハイム家がどう動くか。嫌な予感しかしない。

 と、そこまで考えたところで「いや、まてよ」とゲルガがつぶやいた。

「まだあるぞ。トレントを使うんだ」

樹人(トレント)を?」

 樹人というのは文字通り、樹木の魔物だ。長生きした樹木が魔物化したものだと思えばいいが、動物エネルギーを求めて動物を喰ったり、歩き出したりする事もあるという存在だ。

 しかも、おとなしくしていると普通の樹木とみわけがつきにくく、とても面倒な存在。

「樹人をどう使うというの?」

「ローザ様、トレントは独自の相互連絡法を持っていて、森全体でひとつなのです。しかもこのあたりの森を統括しているのは、コーラナード……つまりローザ様がホーエンハイム領と呼んでいる地域の近くにある魔の森にあるエルダートレントですから、トレントに渡りがつけられれば、少なくともこちらの状況を伝える事は可能でしょう」

「そうなの?」

 それは初耳だ。

 ホーエンハイムの魔の森にエルダートレントがいるらしいのは知っている。エルダードラゴンよりも厄介な相手であり、怖すぎるのでお会いした事は今までないが。

 この世界で最強なのは竜種ではない。竜種は目立つのでそう誤解している者たちは多いが、魔道士としてある程度学んだ者、それに自然と向き合う職種の者たちは知っている。

 この世界の生きとし生けるものの頂点とはつまり、昼なお深き深遠な森の王なのだと。

「なるほど理屈はわかったわ。でも、どうやってエルダートレントにお話をするの?しかもホーエンハイムの魔の森にいるのでしょう?」

「ええ、そこで『失われた軍勢を呼び出す魔法』が生きてくるのです」

 大きくゲルガがうなずいた。

「自分がここの森に調査にきたのは、ローザ様の呼び出した骨たちの調査のためでした。彼らは通常のスケルトンとは異なり、敵意もなく理知の光があるのは一目瞭然でしたから、普通に話しかけて、協力するから調査させてほしいと持ちかけたのですが」

「無茶するわね。まぁ、私が貴方の立場ならそうする気持ちはわかるけど」

「恐れいります」

「いや、褒めてないからね?」

「わかっております」

 同じ魔術師、魔道士としては理解できるけど、それがどれだけ危険かもわかるつもりだ。かりに私がその立場だったとしたら、考えられるだけの危険対策をしたうえでクラッシにも手伝っても躊躇(ちゅうちょ)するだろう。

 どう動くかもわからない数百のスケルトン軍団に魔道士が単独で接触なんて、本来は自殺と変わらないのだから。

「『失われた軍勢を呼び出す魔法』を使うのはわかったわ。で、それで具体的な方法は?」

「ここの森の最奥にある古代の森の入り口で、それを使うのです」

「古代の森?そんなものここにあった?」

 そうね、未踏派の古代のダンジョンがあるのはわかるけど、古代の森?

「古代のダンジョンの森林エリアの事です。

 そこは植物系の魔物がはびこる深淵の魔の森なのですよ。時空の歪みを使って本物の太陽の輝きを取り込んでいて、魔物を中心にした生態系が出来上がっているのです」

「なるほど、ダンジョン森林なのね?それも大昔の?」

「はい。少なくとも八千年は昔と思われます」

 それは、また。

 ダンジョンというと地下迷宮なのだけど、長く続く階層の中には、突然に外のような場所に出て、ちゃんと太陽も輝き、緑豊かな場所に遭遇する事がある。それがダンジョン森林だ。

 実現方法はいろいろだけど、光魔法で陽光を引き込んだ箱庭のような場所だったり、あるいは超古代の技術で人工の太陽を作ってあったりと千差万別だ。そして中には大量の植物が繁茂していて、大規模な森になるとオークやゴブリンが畑を作っていたという目撃報告すらもある。

 そして。

 ダンジョン森林は古ければ古いほど、森は深くなり巨大になっていく。

 八千年たっているダンジョン森林?

 しかも、そこに対して魔法を使う?

 

 

 それは、考えただけで冷や汗ものの提案だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ