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陽は沈み、月は登る  作者: hachikun
3/10

脱出

文字数が増えすぎて、ページが…… ^^;


ひとによっては不快な表現が出る可能性があります。ご注意ください。

 たすけて。

 その感触が何かに気づいた時、私は迷わず心で助けを呼んでいた。

 目も塞がれ、口にも蓋をされ。首には魔法封じの首輪をつけられたうえに、手足も拘束されていた。

 無実の罪。

 そもそも、婚約者のいる男性に言い寄っている女に対して、相手は婚約者がいるから自重するべきですと忠告する事は何の罪になるのだろう?もし断罪できるという人がいるのなら、その罪名を私に教えてほしいものだ。ぜひとも。

 だが、私の元婚約者様はそれをやらかした。しかも、その罪で私から貴族の籍を取り上げて平民としたうえで、断頭台に送ると言ってのけた。

 もちろん、そんな無法に普通の兵士は従わない。たとえ命じたのが王であってもだ。我が国は王政の国ではあれど、絶対王政の国ではないからだ。たとえ王といえども法には従わねばならず、このような無法は許される事ではない。

 にもかかわらず、王子の護衛騎士たちは平然とそれを行った。

 私はどうやら、元婚約者殿の事を、ずいぶんと見誤っていたらしい。あれが唯一の直系の嫡男とは、まぁ。我が国の未来はあまりにも暗いようだ。

 ええ、でも、そうね。この「我が国」という言い方も正しくないわね。私はもう貴族ではないし、高貴なる義務も関係ない。見えないけど馬車に同じく乗せられているだろう侍女たちも、そして私をかばって死んだあの子もおそらく同じ気持ちのはずだ。

 侍女までまとめて皆殺しとは、まったく恐れ入る。

 どうやら馬車が止まったようね。

「おご?」

「お?お……おぉ!?」

 どうやら全員が私同様に口も塞がれているらしい。全身拘束した小娘ばかり馬車に押し込むなんて、彼らの評価には「変態」の文字も追加しなくてはならないのだろうか?

「お、おおおおぉぉぉっ!」

 そんな益体(やくたい)もない事を考えている間にも、侍女たちの声が切羽詰まったものに変化する。

 ああ、気づいてしまったのね。ごめんなさいね、みんな。

 私のやっている事が正しいのなら、今、この馬車のまわりはおびただしい数の武装したスケルトンに取り囲まれているはずなのだから。慌てないわけがない。

 馬車が止まった理由?

 もちろん、御者や護衛が逃げてしまったのだろう。

 わがホーエンハイムの騎士だって間違いなく一瞬、腰が引けるだろう数だ。坂道で放置しなかっただけ褒めてあげたいくらいだ。

 がちゃりと音がした。空気がかわり、馬車の扉が開けられたのがわかった。

「おおおおぉぉぉっ!」

「おおっ!おおっ!」

 動かない体で侍女たちが、必死にスケルトンを入れまいと戦っているのだろう。動けないうえに目も塞がれている私を守るために。

 ごめんなさい。

 大丈夫と言ってあげたいのだけど、私の拘束はあまりにも強すぎる。声を出す事すらできないの。

 だから私は、心で命令する。

 皆を連れだして。なるべくやさしく、と。

 やがて、じたばたと音が続いたかと思うと、私の頭を硬い骨の手が掴んだ。

 ばちばちと何か魔法的なものが破れる音がしたかと思うと、突然に目が見えるようになった。

(ああ)

 目の前にいるのは……見覚えのある骨の戦士。いえ、正しくは骨の指揮官。

 骸骨指揮官(スケルトンジェネラル)骸骨兵(スケルトンポーン)のまとめ役にあたるユニットで、彼ら全体で最大二百体ほどのスケルトン部隊を構成するのが一般的。

 ただし、こういう部隊構成のスケルトンは自然には現れない。禁断の死霊術師か、それとも上位の古代魔法の使い手か。あるいは魔族などに伝わる、人間のものではない魔法技術を使う者により召喚されし場合か。

 かはっと音がして、口が自由になった。

 思わず大きく息を吐き出した。

 そしてすぐに私は、侍女たちに声をかけた。

「ごめん大丈夫、落ち着きなさい!このスケルトンたちは味方だから!」

「おごっ!?」

 ああほんとにごめん。皆はまだ拘束状態のままなのね。まぁ、私もだけど。

 ただちに、口頭による命令に切り替える。

「新たに命じます。『私たちの拘束を解きなさい。封印魔法はすべて解除なさい』」

「仰セノママニ。マイロード」

 指揮官以上の戦闘スケルトンは会話もできる。そして彼は大きくうなずいた。

 

 ほどなくして、私たちは自由の身になった。

 だけど安心はできない。ここは危険な魔の森のそばで、私たちは全員がナイフ一本持たない丸腰なのだ。

 侍女は多少なら素手の格闘戦ができるが、それは対人の無力化用のもの。魔物相手の戦闘には向かない。

 魔術は全員が使えるが、発動体も杖も奪われているので現時点ではどうしようもないだろう。

 つまり。

 現時点で戦えるのは、古代語魔法や特殊スキルをもつ私だけという事になる。

「このスケルトンは、もしやお嬢様が召喚したのですか?いったいどうやって?」

「あー、言っておくけど死霊術ではなくてよ。古代語魔術の一種で、失われた軍勢を味方につける魔法というものよ」

 厳密には少し違うが、概ね嘘ではない。

「スケルトン召喚じゃなくて、スケルトン軍団の召喚魔法なの。かなり強力なんだけどその反面、使う場所を間違えると大変な事にもなりかねない魔法なのよ」

「と、申しますと?」

「たとえば戦場跡で使った場合、その地に眠る膨大な死者に呼び出しをかけてしまうケースがあるの。結果として魔力が足りずに発動失敗するか、命まで魔力に吸われて自爆するかの二択になるかもしれない」

「なるほど……それが廃れた原因ですか」

「たぶんね」

 本当に便利な魔法なら、古代語時代が終わってからも流用されたり、再発明されたりもしただろう。それがないという事は、だいたいの場合はお察しの原因があるものだ。

 

 さて。

 なんで都合よく彼らがいたかというと、彼らは以前、森でやった魔法実験の時のいわば生き残りなのだ。生きてないけど。

 こんな場所で実験していた理由?

 ああ、それはね。

 

 つまり。それは『未来』を変えるための布石のひとつだったのよね。

 

 私には前世の記憶がある。それも異世界の。

 いえ、そんな悲しそうな目をしないで聞いてほしい。

 かつての私は、ナギサという名の女の子だった。身体が弱く病室に閉じ込められたような生活で、しかも若くして死んでしまったのだけども、本を読んだり兄のもってきてくれたゲームで遊んだり、それなりに充実して、そして愛された生涯でもあったんだと思う。まぁ、あまり多くを記憶しているわけではないけれど。

 そんな、ナギサ時代の記憶の中に。ホーエンハイム家やあのココア嬢に関するものもあったのだ。

 その名も『月夜の明ける時』。

 ココア嬢はそのヒロインで、ローザリアは悪役令嬢。ベタベタのラブストーリーではあるのだけど、実はファンタジーものとしてもよく書かれている、少女向けとしては傑作とも言える物語だった。

 よくある悪役令嬢の断罪の果て、ローザリアは幽閉となる。ところがホーエンハイム家はいわゆる辺境伯で、一騎当千のバリバリ武人の家系なのだ。事件を起こしたのも王都にいた取り巻きの娘たちの勝手な行動であり、ローザリア本人にはなんの罪もないのね。しかも当の取り巻きの娘たちそのものは、家同士の取引などできれいさっぱり逃げてしまっていた。

 この事で、激怒したホーエンハイム家が武力でローザリアを奪還、国は内乱状態になるのね。

 最終的にはもちろん、愛を貫いたヒロイン組が勝利。ローザリアは冤罪さえ認められれば用はないと言い、国のためにと父とホーエンハイム家を説得、お幸せにと言い残して辺境へ去って行く。そんな話だった。

 

 さすがに少女向けという事か、とても穴のある展開なのがわかる。

 まず、王太子と婚約するほどの上位の貴族子女に冤罪をかけて投獄したというのに、それに対する謝罪が全くない。それどころか被害者側であるローザリアが二人の仲の障害になった事を謝罪しているのだから、全く意味がわからない。

 損害賠償や慰謝料は、内乱を起こした家の事と相殺したという事だろうか?ホーエンハイムが手をあげたのは憂国の志という意味もあったのだから、形式ばかりの処罰の後は、むしろ王家側が謝罪すべき問題ではないかと思うのだが。

 そもそも王太子のこれほどの不祥事の後始末となれば、現国王の退位もありうるだろう。まぁ王子があのキラケニアしかいないのだから、簡単に退位はできなかったろうけども。

 まぁそこはご都合主義なんでしょうね。

 

 さて、話を戻そう。

 その物語の記憶によれば、ローザリアが幽閉される場所もきまっていた。通常の刑務所などではないその場所は確かにこの世界にもあって、そこに入れられたら何もできないだろう。

 そう。私たちが送られるはずだった、例の塔だ。

 知っていたから。

 知っていたからこそ、わざと近くの森で実験を行い、出てきたスケルトン軍団を貼り付けておいた。

 つまり。

 このスケルトンたちは『史実』を知っていた私が配置した、私のいわば伏兵だったというわけだ。

 

 私は指揮官に質問してみた。

「現在の部隊構成は?」

「総数762、ソノウチ魔道士83、騎士181、残リハ一般兵士ト、コノワタシヲ含ム四体ノ指揮官デゴザイマス」

「762?変ね、私が配置したのは300もなかったと思うけど?」

「新タニ近隣ヨリ志願者ガアリ、面談ノウエ採用イタシマシタ」

「は?」

 志願者?面談で採用?

 どこの傭兵団ですかそれは?

「志願者って……何者?」

「マイロード同様、無実ノ罪デ断罪サレタ騎士ヤ戦士タチデス」

「……そう。彼らも戦列に加わってくれるの?」

「ほーえんはいむノ末娘ナラバ、喜ンデト」

「うちの事知ってるの?」

「生前モ、コノ国ノ者デスカラ勿論」

「……そう」

 やはり、現在知られている死霊術とは根本的に異なるものらしい。

 まぁもっとも、今の時代だと死霊術は禁忌扱いなのだから、あからさまな違いはむしろありがたいのだけど。

 とりあえず、戦力がいるのならありがたい事だ。

「まずは安全圏に移動しましょう。『砦』は使えるのかしら?」

「ハイ、問題アリマセン」

 

 

 そんなこんなで、私たちは森の奥、スケルトンたちを待機させていたポイント『砦』に移動した。

 移動した理由は簡単で、逃げ切ってしまった兵士がいたからだ。あれが王城にたどり着き、向こうから捜索隊と追撃隊が来られると厄介なわけだけど、スケルトンたちの待機ポイントは元々私の隠れ拠点だ。古い遺跡を昔の魔道士が改造したもので、上位の魔道士でもない限り、そう簡単には入り口すら発見できまい。

 その砦の中に入ったところ、古株の侍女が「あっ」という顔をした。

 ああそうね、とりあえず紹介しましょうか。うちのメイド四人衆……ああ、うん。ミニアがキラケニアに殺されてしまったから、三人衆になってしまったのだけども。

 

 まず、クアドラ・エイミ。私はクアと呼んでいる。鮮やかな緑の短髪、瞳も深緑。

 礼儀正しき武道家の娘で格闘戦が得意。魔法が使えるのだけど、魔法の方は戦闘補助や疲労回復と、見事に肉弾戦寄りになっている。こうなった理由も本人いわく「戦闘に不向きな脂肪を抱えて、それをなくさずに強くなるにはそれしかなかった」とか。

 そう。ナイスバディなのだクアは。本当に豊満で。

 重い脂肪をもつ身体で、しかも筋肉をつけすぎるとメイドとして美しくないというのが本人の弁。そのラインの中で、とにかく極限まで強くなりたい。そんな、わがままの果てにクアが身に着けたのが、魔法で強化して戦うというスタイルだったらしい。

 ローザリア様と、特に指示しない限りはいかなる時もきちんと私を呼ぶ礼儀正しい脳筋、それが彼女である。

 

 次に、リカ・ミスドリア。私はリカと呼ぶ。肩にぎりぎりかかる銀髪にオレンジの瞳。

 本来メイドと考えると髪は束ねた方がよいのだけど、束ねるにはちょっと短すぎる。そんな微妙な銀髪は、でもとても綺麗。この世界でも珍しいオレンジの瞳は、かつてこの世界の外からやってきたというマルルークという種族の血が出ている証なんだとか。

 リカはいわゆる軽戦士で、軽めの長剣に短剣、ダガー、短弓もこなす。もっとも短弓は戦闘用でなく、通信用だったり薬剤ビンを敵陣に打ち込んだりと、多目的に使われる。ひとつひとつの戦闘力は当然足りないのだけど、そこは技術と、それからいわゆる付呪魔法で補う。

 ちなみにリカは、正式の場以外では絶対に私を名前で呼ばない。姫様かせいぜいローザ様。これはセキュリティ上の理由から。

 

 そして、クラッシ・マルコス。

 赤毛のロングヘアに瞳も赤と、メイドにあるまじき異彩を放っているが、これはクラッシが純粋な魔道士だから。女の魔道士は髪をのばすものだから。なお、メイド仕事をする時は綺麗な三つ編みにしているが、侍女職というのは求められた時に即、動けなくてはならない。ではどうしているかというと、オリジナル魔法でほとんど瞬時に束ねられるようにしているのである。

 うらやましいといつも思うのだけど、なぜか教えてもらえない……解せぬ。

 クラッシはもともと野人だった。お忍びで外出していて出会ったのだけど、第一声は今も覚えている。警戒しまくった声で「おまえは何だ、魔族か、それとも精霊か」だったと思う。天才という名の規格外として放逐同然に故郷を出てきたクラッシいわく「世界は狭いと思った」だそうである。どういう意味?

 とにかく以降、押し掛けメイドとしてウチにやってきたクラッシは、私の魔道関係のサポートをしてくれている。そんな経緯の人物だから敬語が苦手で、侍女としての地位はうちでも最下位に近い。

 

 以上。

 これに殺されたミニアを加えた四名が、私の侍女の中でも常にそばにいるに等しい、護衛も兼任する存在だったのだけど。

 まぁ、格闘娘のクア、軽戦士のリカ、魔道士のクラッシ。この三人がいるだけでもかなりありがたいのだけど。

 さて、話を戻そう。

 

「いやぁ、やられたやられた。ローザ、ここの発動体少しもらうよ?」

 クラッシはすぐに、ここがどこか気づいたようだ。勝手知ったるとばかりに素材と魔道士の杖を探しはじめる。

「ローザリア様、ここっていったい……」

 不安そうにきょろきょろと周囲を見るのはクア。うん、彼女はここを知らないんだから当然よね。

「姫様、ここはもしかして研究所なのですか?」

「ええそうよ、ここは私の魔道研究所だわ」

 やはりですか、とリカはうなずいた。

「しかし、なぜ研究所があの森に通じているのですか?」

 当然の疑問よね。リカはセキュリティ全般の担当だし。

「通じているんじゃなくて、もともとこの研究所は王都裏の大森林の最奥部にあったの。ホーエンハイム領からここは転移門でつないでたのよ。知らなかった?」

「はい……すみません初耳でした」

「え、じゃあここからお城に直接戻れるんですか?」

 パアアッと明るい顔になったのはクア。うん、彼女も本当にわかりやすい。

 だけど、私が答える前にクラッシが答えてくれた。

「いや、そいつは無理だ。ローザが王都詰めになっている時は、転移門は領地側から閉鎖してあるからな」

「え、なんで?」

「危ないからよクア。転移門の保守ができる者なんて、うちでも私とクラッシしかいないんだもの」

 転移門は古代の次元魔法で二点間を相対で結ぶという、ちょっぴり危なすぎる古代の遺物だ。私だって通る時には一瞬、緊張するくらいだ。

 そんなやばいもの、扱える人がいない領地で開けておくわけにはいかなかった。

「そうですか……」

 クアは悲しげにうなだれた。

 

 


※ナギサという名で……。


ここだけの話、当時の名前は「加納渚」といいました。

だからなんだと言われても、まぁアレですけども。

左側の頭側面に、笑う埴輪みたいな丸い飾りをつけていたようで(謎)

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