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陽は沈み、月は登る  作者: hachikun
2/10

王子たちの破滅

 残酷表現が出てきます、ご注意ください。(最後ほどではないが)


 ローザリア嬢私刑事件より数年後。

 この国を飢饉(ききん)が襲った。

 流通や情報網の未熟なこの世界では、多少の飢饉でも餓死者が出る。悲しいがこれが現実であり、どの国も作物の備蓄を欠かさない。また作物の収量を上げるための工夫も行っていた。

 ところがこの年、この国の飢饉は例年にない大量の餓死者を出す事になった。

 原因は、過去数年間にココア嬢が頻繁に行っていた、貧者むけの炊き出しだった。

 これらの炊き出しに必要な食糧は王宮のそれとは種類も、量も全く異なっていたので、備蓄食料を王宮の金で購入していた。そして買い付け時には、災害時などに優先的に食糧援助を行う事がキラケニア王子とココア嬢の名で約束されていた。

 ところが。

 いざ食糧がなくなると、援助を求めてきた領民の前には、うさんくさそうな目をした内政官が立ちふさがった。そして、そんな書類はないと言い、あくまでこの非常時に口約束を捏造(ねつぞう)するなら、反逆罪の適用もありうるという冷たい言葉と共に門前払いにしたのである。

 これは悪意の結果ではない。単にふたりがその場の思いつきだけで口約束したものの、その後なんのフォローもしないばかりか言った事自体を忘れたのが原因だった。

 そして、その買い付けられて不足した食糧の分だけ死者が増えた。当然の帰結だった。

 この件について内政官はなんの報告もしなかった。彼は約束など知らなかったし、ありもしない約束を口にして何とか援助を引き出そうという輩はいくらでもいる。だから、彼は彼の仕事をしたにすぎなかった。もちろん、そんな詐欺師の来訪くらいでいちいち報告もする事はなかったし、当たり前だがそんな実務上のささいな出来事が、王子たちの耳に入る事もなかった。

 だが、裏切られた方は当然のコトながら恨み骨髄だ。

 口だけの約束で裏切り、自分たちを捨てた王子とココア嬢についての悪評が広まったのは、当たり前といえば当たり前の話だった。

 

 そして、この頃にはもう、王子とココア嬢の悪評はかなり派手に広まり始めてもいた。

 失業者や貧者の救済というのなら、食べたら終わりの炊き出しでなく仕事をくれというのが本音だろう。にもかかわらず経済面ではなんの対応もなされず、何を考えているのか炊き出しばかりが続いていた。しかもそのための食料は、わずかな備蓄を金で頬を叩くような真似をして地方のそれを奪い取り使っているわけで。

 つまり。

 炊き出し行為が底の浅い、ただの子供の思いつきレベルの迷惑なパフォーマンスにすぎない事に、彼らは気づいていたわけだ。

 生活のため、貧しい人の味方と言いつつ、むしろ貧者を人気取りの材料としか考えていない行為。しかもこんな事のために備蓄食料を住民から吸い上げ、飢饉の後押しをする。そして飢餓が広がれば、奪いとった食料を使った、得意満面の笑みによる炊き出し。

 種が割れてしまえば、これで反感を買わないわけがなかった。

 それだけではない。

 以前なら仕事探しで奔走していた者達の中に、炊き出しが食えるなら働かなくてもいいという者が大量に出はじめていた。

 さらに、汗水たらして働いた者の食糧を寝ながら喰い続けるこの者たちを蔑視する者たちが当然出て、これらの者たちからも、王子やココア嬢に対する疑問の声が広がりはじめていた。

 失点はさらに続く。

 ココア嬢の提案により、お産の時に産婆や妊婦のまわりをきわめて清潔に保つよう義務づけられた。たったこれだけの事でも、これにより出産直後の乳児の死亡率、および妊婦の産褥熱(さんじょくねつ)への罹患率が大幅減少した。ココア嬢の信奉者がこれにより増加した。また、そのおかげで「もうひとり」と子供を欲する家も出始め、人口増加に大いに貢献する事が予想された。

 ところが。

 一気に増え始めた子供の人口に対し、この国の食糧生産力が全く追いついていなかった。

 さらにそのうえ、今回の飢饉騒動が追い打ちをかけた。

 当たり前だが乳幼児は働けないし、また子育て中の母親も全力で働く事はできない。そして働ける者が動こうにも、そもそも食糧そのものがない。

 飢えをしのぐために来年のための種や家族同然の牛馬にまで手を出し、さらに事態は深刻化の一途をたどっていく。

 

 医師団などの派遣により乳幼児の死亡率が急減した国で、次に食糧不足から大量の餓死者が出たり戦乱が起きるのは、地球でもアフリカなどでよくある事だ。これは別に今に始まった事でなく、漫画家の故手塚治虫なども、歴史に残る彼の傑作漫画の中で、この件を痛切に問題提起している。

 ココア嬢はいわゆる転生者ではあったが、こうした急激な「かわいそう」なんて感情任せの乱暴な改革がしばしば地獄を招く事なんて、全く考えもしていなかった。そして、一部には問題視して注意する者もいたのだが、そのたびに彼女は「いじめられた」「出て行けといわれた」等と被害者の顔をして王子に泣きつき、よくて厳重注意、それでも食い下がる者についてはローザリア嬢のように無実の罪を着せて始末させていた。

 

 次第に飢饉は悪天候によるものでなく、人口増加を背景にした慢性的なものに移行しつつあった。

 

 身売りなどはまだ可愛いものだ。悲劇ではあるが、少なくとも餓死はしないのだから。

 兄弟ですら少ない食べ物を奪い合い、最も腕力に劣る末の子が食べられず餓死する、なんて事も普通に起き始めた。そしてそんな悲惨な弟や妹を見て、後悔どころか、食いぶちが減ったと胸をなでおろす兄や姉なんていう、年寄りが見たら嘆くような光景が普通に広がりはじめた。

 さらに、生まれても皆で餓死するだけという理由から、生まれた乳幼児を家族が殺す「間引き」までもが広がりはじめた。我が子を家族が殺すという事態、それと飢えとの板挟みになり、気が狂う母親も急速に増えていった。

 飢えという、生きるための根源的なものの問題が、急速に社会を(すさ)ませていた。

 都会には近郊から飢えた人々が流れ込み、富裕層の人々から徒党を組んで食糧を奪おうとしたり。

 商家に無実の罪をかぶせて投獄し、富も食糧も全て着服。当主の妻を含む全ての婦女子を性奴隷に落として見た目のいい者は自分用とする聖職者が出たり。

 モラルハザードの生きた見本のような、おぞましい地獄絵図が展開していた。

 そのうえ、落ち込んだ税収を補うために聖女税なるものを臨時で発行、人々の生活に追い打ちをかけた。

 この頃になるともう、ふたりの評判は完全にマイナスになっていた。後先考えない炊き出しや改革の断行、その首謀者が誰であるかに人々は気づかないほど愚かではなかったし、勘違いしている人にも、どこかから流れてくる噂が教えてくれた。

 

 いわく。ココア嬢は王子を操り、子供のような思いつきで国を狂わせ、たくさんの死者を出してもニコニコ笑っている、魔物も逃げ出す悪魔の女だと。

 デマどころか、ほとんど事実であったのは何かの皮肉か、それとも関係者が意図的にリークしたものなのか。

 

 ちなみに王都にはなぜか、これらの話はなかなか伝わらなかった。

 もちろん王城にも事態の話は伝わっていたし、王都もスラム等に問題の兆候が出始めていた。しかしこの頃には王城の機能はマヒ状態になり、事実上、キラケニア王子とココア嬢とその一味の遊び場になりつつあったし、ココア嬢に睨まれて殺されたくない人々は、そういう悪いニュースをカットして口を閉じ、王城では一切話題にしなかった。

 もちろん書類にはきちんと悪いニュースも書かれていたのだが、事務仕事なんてトップのやる事ではないと放り出しているお花畑のふたりが書類なんて見るわけがないので、問題にはならなかった。

 

 王城の食事に毒がもられ、国王をはじめとする多くの中堅が倒れたのだ。彼らは死ななかったが事実上の監禁状態になり、政務代行として王子たちの部下が仕切るようになった。つまり、バカップルと愉快な仲間たちが事実上、この国を掌握したといっても良かった。

 それでも、彼らがそれなりに優秀なら問題はなかった。

 だが、学園生活のおままごとしか知らない若造たちに国が動かせるかといえば、答えは否。

 そんな異常事態の中では、ココア嬢の炊き出しが原因で飢餓が慢性化、加速化しているなんて事を言える者はいなかった。もし言えば反ココア勢力と思われてローザリア嬢たちのような目にあわされるか、それとも国王たちのように毒をもられるとわかっていて、あえてそれを言う者はほとんどいなかった。そして、数少ないまともな意見や忠告をするものは、生意気だとか、ココア嬢の「かんじわるーい」という一言で次々に潰されていった。

 そして、それらを見て、とうとうこの国を見限り、あきらめた一部の有力な臣下までも、国を見捨てて諸外国に亡命していった……。

 

 

 

 そして、さらにその翌年。

 とうとうそれは始まった。

 

 

 

「陛下!大変です!王都の門が破られました!魔物が王都に侵入をはじめています!」

「なに、そんなバカな!」

 王都には聖なる結界が張り巡らされており、邪悪な存在は入れないはずだった。なのになぜ?

「女神結界に何かあったのか?神官長、貴様ら何をやっている?」

 だが王子の言葉に、年老いた神官長は静かな顔で答えた。

「女神結界は今も健在です陛下。結界は確かに、女神の祝福なき存在を受け入れる事はありませぬ」

「バカを言え、事実魔物が王都に入っておるではないか!」

「ええ、ですから理由は簡単です。あの魔物たちは全て、女神に祝福されし魔物なのでしょうな」

「は?」

 王子たちには、神官長の言葉の意味が理解できなかった。

「陛下。そもそも女神結界の用途は、洗礼を受けていない者を弾きだしたり、女神教が犯罪者の烙印を押した者を入れないためのものです。結果として魔物を除外しているだけで、魔物を弾く結界というわけではないのです。学園で基礎講座で学ばれているはずですが?

 逆に申し上げますと、魔物でもきちんと意志疎通を行い、洗礼を施せば普通に入れまする。

 だいたい、竜騎士の乗る竜種とて魔物ですぞ。魔物を全てはじくのなら、彼らが王都に入れない事になってしまいます」

 当たり前ではないですか、と静かに語る神官長に、かつて王子であった王は憤慨した。

「冷静に話している場合か!今すぐ何とかしろ!でないと我が国は」

「おそれながら、もう我が国は終わっておりますよ陛下。

 既に王都とその周辺以外とは連絡もつかず、まして外国とは完全に切り離されている。しかもその状態で年単位の時間が過ぎてしまっている。

 なのに、陛下をはじめとする皆さまはその事に深く危機感を覚える事なく、今がよければそれでよいと、学園生活そのままに愛しい姫君……おっと今は王妃様でしたな、王妃様との日々に没頭し続ける日々でしたな。その事について警告する者も、危機を訴える者も全て切り捨てて。

 今のこの事態はつまり、全ての帳尻合わせにすぎませぬ」

「……」

 王はこの時、神官長の微笑みに何か得体のしれないものを感じた。

「貴様……誰だ?」

「わしですかな?わしはこの通り、しがないただの年寄りに過ぎませぬが」

 そういうと、老人の笑いに微かな、自嘲とも薄ら笑いともつかぬものが混じった。

「あえて申し上げれば、そうですな……わしは昔、可愛い孫娘がおったのですが」

「は?」

 何を言いたい、と言いかけた王だが、続けた老人の言葉に眉をしかめた。

「陛下は四年前、まったくなんの罪もおかしていないわが娘を、護衛の騎士たちを使って床に踏みつけにしましたな。悲鳴をあげるわが娘に陛下は剣を抜き、自ら娘の首をはねましたな。

 無能なわしには、どうする事もできず……ただ騎士たちから神官特権で娘の遺体を取り返し、手厚く葬るくらいしかできなんだが」

「なんだと?」

 王が自ら首をはねた娘など、過去にひとりしか存在しなかった。

 そう。ローザリア嬢の処遇に喰ってかかってきた、彼女の侍女のひとりだ。

「あれは反逆者であり無実の罪ではないし、だいいち下級貴族のひとつロッタ家の娘だ。貴殿となんの関わりがある?」

「かの娘は敬虔な女神教徒であり、しかも神聖魔法への高い適正もあり申した。また当人の希望もあり、ローザリア姫の許しを得たうえ、神殿で巫女の修行もさせておりました。つまり見習い巫女ではありますが、既に神殿の一員でありました。

 そして、かの娘の祖母フェルル・ロッタは、わしの実の姉でありましてな。

 聖職ゆえに自分の子のないわしにとって、姉様の孫はわしの孫にも等しかったのです」

 静かな神官長の表情の奥に、隠しきれない怒りの灯が見えた。

 そしてその表情に、王は何かを直感していた。

「貴様……この事態をずっと隠していたな?」

「いえ、わしは何もしておりませんよ」

 そしてまた、静かに笑った。

「そもそも、あらゆる情報に目をふさぎ、甘ったるい夢に溺れていたのは、どなたですかな?それどころか、事実を伝えて警告してくる者を次々に手打ちにして、まともに目のきく者たちが国を見限って去っていく原因を作り続けていたのは、どなたですかな?

 そう。つまりはそういう事ですな。

 何もしなかったのではない。そもそも、する必要すらなかったのですよ。

 わしはただ、自滅していく陛下たちのお姿を、その末路を見物させていただいていた、それだけにございます」

「貴様……!」

 王は剣を抜き、孫娘同様にこの祖父の首も狩ろうとした、まさにその瞬間だった。

 

 

「はい、そこまで」

 王の剣はとりあげられ、逆に王の方が引き据えられた。

 抵抗しようとしたが、問答無用の強さにピクリとも動けない。唯一動いたのは首だけだった。

「だ、誰だ無礼な……!?」

 だがその声は、目の前に立った女を見た瞬間、フリーズしてしまった。

 

 そこにいたのは、四年前と同じ姿の……ただし白いドレスが紫色のドレスに変わった、ローザリア・ホーエンハイムだった。

 

 さらにいえば、彼女の周囲を固めている護衛は、頑強な鎧に身を固めたオークたち。

 自分を捕えているのも魔物だと気づき、王はこの事態を操っている者を知った。

「貴様……魔物に魂を売ったのか!邪悪の徒め!」

「あらあら、無実の罪を着せて、あんな残虐な方法で殺した女に対していう開口一番のセリフがそれなの?まぁ、未遂に終わったからここに私も立っているわけだけど、もう少し口のきき方に気を付けるべきじゃないかしら?」

「貴様、王に向かってその口のきき方はっ……っ!」

 押さえつける足に体重をかけられ、苦悶の悲鳴をあげた。

「王?ここに王などいないでしょう。いるのは、愚にもつかない女にうつつを抜かしたあげく自分の国を滅ぼした、亡国の徒がいるだけ。違うかしら?

 それに、繰り返すけど口のきき方に気をつけるのはそっちだと思うけど?」

 その時、呼びかける声がした。

「陛下、魔女を捕えました」

 見ると広間の入口に、黒髪の精悍そうな青年が静かに立っている。

「その言い方はよしてって言ったでしょう?

 捕縛したなら、まずは目隠しと猿轡(さるぐつわ)をかけなさい。魅了の魔眼を使わせないように、あと、音声魔術を使わせないようにね。

 できたら、処刑用の四番の(ヨーク)をつけて首と両手を固定なさい。枷は魔封じ型のもので、解除は私か指揮官級でないとできないようにするのよ。あとは予定通りにね」

「オークたちが非常に興奮していますが」

「悪いけど、最初は人間に与えてくれる?できるだけ多くの人に楽しませてあげたいけど、人間は魔物の後だと嫌がる者が多いから」

「了解いたしました」

 青年が去っていくと、王……いやキラケニア元国王が、まさかという顔をした。

「き、貴様、まさかココアを!」

「あら、私や侍女たちと違って彼女は有罪だもの。当然、無罪の私たちより軽い処罰ですむわけがないでしょう?」

 困ったようにローザリアは苦笑した。

「あなただってそうよキラケニア。

 あなたがミニアの首を飛ばしたあの瞬間、あの絶望は今も忘れられないわ。同じか、それに勝る苦しみを与えてやらなくちゃならないと今も思ってるわ。

 だけど、今それを実行しても、それはあなたをこの世からあの世に逃がしてあげるだけ。罰を与えた事にはならないでしょう」

 そういうと、ローザリアはやさしく微笑んだ。

「あなたを処刑するのは後日よ、キラケニア。心配しなくても王族には全員消えてもらうから、自分のしでかした結末をゆっくり見てから死になさい」

「……」

 そのローザリアの微笑みはどこか透明で、なぜかキラケニアには懐かしいもののように思われた。

(これは……もしかして)

 それは遠い昔。

 はじめてローザリアと出会った頃の、婚約者ですらない、ただの子供だった頃のローザリアの不思議な笑みに似ていて。

(……そうか)

 キラケニアはその瞬間、自分の命運が尽きたのを、ようやく認める事となった。


次回から視点がローザリア嬢にかわり、時間が巻き戻ります。


しかしグロ表現もじわり、増えてきますので要注意です。


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