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陽は沈み、月は登る  作者: hachikun
1/10

王子たちの間違い

残酷表現が出てきます。ご注意ください。


でも前編はあらすじ的なものなので、具体的な記述の出てくる後編ほどではないと思います。


「なに?ローザリア・ホーエンハイムが逃走だと?」

「違います殿下、護送中に魔物の襲撃を受けた模様で」

「魔物だと?襲撃の可能性は聞いていたが……」

 王子は、自分の元婚約者を襲った凶事について聞いても、ちょっと眉をしかめて首をかしげただけだった。

 見目麗(みめうるわ)しい美青年だった。父親の猛き面立ちと母の甘き(かんばせ)を程よく受け継いでおり、内外の女性に広く慕われる。俗にキラケニア王子と呼ばれる。

 だが今、その王子の目に優しさは無かった。

「まぁいい。父上が戻られる前に、明日にも処刑をするつもりだったが手間が省けたというものだ」

 

 

 

 勅命、つまり王の正式な命令により婚約させられたローザリア嬢を切り捨てるには、二つの手段のうちどちらかが必要だった。

 ひとつは、父王を説得して婚約を撤回させる事。

 だがこれは門前払いされた。他に気に入った娘がいるのなら側室にすればよい、ただしローザリア嬢の説得は自分でするのだぞと言われ、それ以上は話すら聞いてもらえなかったのだ。

 どうしようもなく困っていた時、愛しい恋人……ココアの言葉から思いついた事。

 それがつまり、もうひとつの方法。

 すなわち、王妃にあらざる犯罪者として断罪する事。

 

 王妃は聖女であれとは言わないが、さすがに犯罪者を国母にする事はできないだろう。

 キラケニア王子はそう考えた。

 だから断罪してしまえば、たとえ父王といえども婚約命令を撤回せざるを得ない、そう思ったわけだ。

 王子は柔らかく微笑んだ。

 仮にも自分の婚約者を犯罪者に仕立てて処刑しようというのに、その事にはなんの罪悪感も持っていないようだった。

(待っていてくれ、ココア……君を虐待し排除しようとするあの女は、もう二度と戻ってはこない)

 ココアから嫌がらせの話を聞いた時、王子はこれだと思った。まさに渡りに船、ローザリア嬢を排除するにはこれがいいと。

 ローザリアの影に怯えてか、決してそのものずばりの名前を言おうとしないココア。そんな彼女を抱きしめ、自分が全て守ってやるからと背中をそっと叩いてやった。そして王子としての、いや、王家の者としての全権をもって、このかわいらしい娘を守ってやろうと気持ちを新たにした。

 そして、断罪。

 決して自白しようとしない、それどころか「やってもいない事をやったと言えと?あなたは貴族というものを何だと思っているのですか?」と眉をひそめるだけのローザリアに、自分と友人たちは激昂した。

『婚約破棄と謹慎を申し付けるだけですませてやろうと思っていたが……もういい、わかった。ローザリア・ホーエンハイムを貴族籍から除外、平民とした上で反逆罪のかどで断頭台に送る事とする!』

 綺麗な顔をしているが、やたらと頭が良いだけの冷たい女。口を開けば、王族としての自覚とか、まるで教育係か何かのような事を言い出す、面白みのかけらもない存在。

 そんな女をやっと切り捨て、愛しいココアと晴れて婚約できる……王子の頭にはそれしかなかった。

 一度話が始まると、全ては早かった。何しろこちらには王族、神官長の次男、裁判官の長子、宮廷魔道士長の三男もいるのだ。

 ただちに王子は父王の印璽を使い、仮のものとはいえ処刑命令書が作成された。

 ローザリアには魔封じの首輪がつけられた。

 お嬢様に何をすると刃向ってきた侍女が数名いたが、これはもちろん反逆罪で現行犯逮捕したし、ひとりはローザリアの拘束を解こうとナイフまで使ってきたので兵士たちに囲ませ、その場で踏みつけさせた上で首を落とした。

 さすがの流血沙汰に正気にかえったのか、一部で慎重論も出た。しかし王子たちは押し切った。

 どうせ侍女たちは下級貴族の娘たちだし、そんな家なぞどうにでもなる。あまりにうるさく言うようなら、家族ごと連座にして取り潰せばよいのだと。

 国王夫妻は隣国歴訪の最中。今なら全てが円滑に進められるはずだった。

 さて。

 突然にココアが処刑場を提案してきた。神殿の新人巫女であったココアの元に、ローザリアの首をはねるならここが良いとお告げがあったとの事だったが、王子たちは疑いもせずにココアの自己申告のそれを聞き入れた。

 王都のはずれに昔、魔女が作ったといわれる塔がある。今も王侯貴族の犯罪者などを幽閉するのに使われているのだけど、ここの屋上で斬首したほうがよいらしい。

 ただしこの際、用心しないと盗賊に襲われる可能性があるともココアは告げた。どちらの場合でもローザリアの死は変わらないが、できれば塔の上で捧げる方が望ましいのだそうだ。

 神託で処刑場所まで指定されるとは。

 そんなおぞましい女と婚約させられていたのかと、王子は額の汗をぬぐった。

 

 

「それにしても、盗賊でなく魔物に襲われるとは予想外だな」

 ローザリアの死が変わらないというのなら、それはそれで問題ない。ただし、死亡確認はもちろんしなければならないから、ただちに捜索隊を出したのだが。

「ところで、魔物の種類は何だ?護送隊も被害を受けたという事は、かなり強力な魔物だったのか?」

 こんな王都の目と鼻の先で、騎士が勝てないような魔物が出たとなると、それはそれで大問題である。調査が必要だった。

「それがですね。出たのはスケルトンでした」

「は?スケルトンって、あのスケルトンか?」

 なんだそれは。スケルトンごときに騎士がやられただと?

 しかし兵士の報告は、王子の予想の斜め上を行っていた。

「ただのスケルトンではありません。歩兵や騎士など、帯剣し武装したスケルトンの集団で、少なく見積もっても推定七十から二百ほど」

「上位種、しかも部隊規模?そんなものが王都の近くに出たというのか?」

「はい」

 スケルトンそのものは、知っての通り弱い魔物だ。特に武装なしで徘徊している下位の個体など、子供が蹴り倒して破壊する事すらできる。

 しかし、武装したスケルトンや魔術師タイプは別だ。

 それらは生前に騎士や冒険者、魔術師であった個体が多いわけだが、それだけではない。劣化しているとはいえ武技も魔法も使うだけでなく、さらに指揮官タイプの個体がいたりすると、生身の騎士団同様に団体戦をしかけてくる事もある。数が揃うほど、装備が揃うほど、とんでもなく危険度が増していく。それがスケルトン種の怖さである。

 それが七十、下手すると百以上?

「なるほど、それは確かに護送隊程度ではどうしようもないな」

「はい」

 隊のものは全員、馬車を見捨てて逃げた。

 中にいたのはローザリアと侍女たちだが、全員が両手を後ろで拘束されていた。さらにローザリアに至って両足にも鎖がつけられており、そして魔封じの首輪をつけた上、魅了や古代語魔法を使わせないために目隠しと猿轡(さるぐつわ)までしてあった。そんな状態で馬車ごと、そんな魔物の群れの中に置き去りにされたのだ。到底助かりはしないだろう。

 かりに奇跡が起きて助かったとしても、そこは盗賊も出るような街道のど真ん中だ。何とか無事に生還できたとしても貴族としては死んだのと同じ事だろうし、もしかしたら自分で自害してしまう可能性もあると王子は考えた。

 どのみち、ローザリアとその一味はもうおしまいなのだと。

 

 

 第三者的視点から、王子の愚行をなじる事はたやすい。

 しかし現実問題としてこの頃、この国の貴族同士の勢力争いなんて似たようなものだった。

 庶民からすれば、ありえないような理由で美しい子女たちが無駄に誇りや命を散らされ、果てていく。しかし貴族なら正妻の子のみならず、複数の女に多数の子を産ませるのが当たり前なわけで、ひとりやふたり欠けてもスペアに困る事などなかった。そして、それに見合うだけの補充がなされれば問題ないという意識が当時の王侯貴族には強かった。

 つまり極論すれば、ローザリア姫やその侍女が死んだって、悲しいね、それでどうしたのという話だった。彼らが興味を持つのはそれによって貴族間の力関係が動く可能性であって、散らされた命そのものにはあまり関心がなかった。そんな感覚が蔓延していた。

 だから王子たちは結局、自分たちの犯している大きな見落としにも、間違いにも気づく事はなかった。

 

 

 やがて帰城した国王夫妻は、ことの次第を聞いて非常に驚いた。

 実際のところ、彼らだって婚約破棄の可能性を考えてはいた。ホーエンハイム家との婚約は確かに大切だったけども、絶対にキラケニア王子と結ばせる必要はなかった。だからローザリア嬢もきちんと同意するならば、得体のしれぬココア嬢との仲を認めるかどうかはともかく、ローザリア嬢との婚約破棄に同意する事は、やぶさかではなかったのだ。

 なのに実際は、あまりの凶行。

 だがここで国王夫妻も、大きな間違いを犯した。

 彼らはキラケニア王子を叱責はしたものの、彼を王位継承権の首位から外す事はなかった。彼らの取り巻きも同様で、まだ持ってもいない職権をしかも濫用した事について罰を与えたが、あとは、大人としての自覚を促す事、人材とは国の宝であり、簡単に処刑などやってはならぬ事であると言葉で諭すにとどめてしまった。

 無実の罪で公爵令嬢とその侍女たちを、しかもこれ以上ない残酷な方法で皆殺しにした件については、なんと事実上の不問も同然だった。

 ココア嬢に至っては、いらぬ問題を起こさせないという名目の元、王城に入れてしまった。もちろん当のココア嬢は婚約を認められたと大はしゃぎで、この世の春という顔。すでに王太子妃気取りで、偉そうに周囲に命令をくだしはじめる有様だった。

 

 言うまでもない事だが、国王夫妻にもちゃんと、彼らなりの理由があった。

 王子とその仲間たちが自力で間違いに気づき、事態を収拾する事を望んでいた。国の未来を担う王族や上位貴族の新世代であり、彼らにはその自覚が必要だと考えていた。

 だが当然ながら、王子たちの凶行を認めたも同然の行動は、どう考えても間違いだった。そして、いかに王族のためという名目があっても、そのために婚約者を含めた多数の貴族の子女を無残に殺してしまった事をお咎めなしにしてしまったのは、どう言い繕っても弁解の余地があるわけがなかった。

 国王夫妻は外交や産業振興には有能であった。しかしなぜか息子たちの事になると愚かな間違いを犯す事が多かったわけで、もちろん今回もそれだった。

 

 この歪みはもちろん、ほどなく極限に達した。

 まず、ホーエンハイム家そのものがとうとう離反した。

 娘をこれ以上なく侮辱されたうえ、蛮族顔負けの凄惨な私刑(リンチ)で殺されたホーエンハイム家は、それでも当初は初代国王への恩義で、かろうじて踏みとどまってはいた。

 だがしかし、件の王子が他のホーエンハイムの人間まで平然と罵倒し、しかもココア嬢までがそれに便乗しているのをまのあたりにして、とうとう当主一同も腹を決める事になった。

 もはやこの国に仕える事などできない。

 彼らは爵位棄却と国外退去を正式に宣言し、堂々と王都を出て行った。

 そう。

 普通、爵位とは国王から(たまわ)るものであるから、これを捨てる事は「返上」である。上位者にお返しするものなのだ。

 だがホーエンハイム卿は「爵位の棄却」を宣言した。これはつまり、現在国王と王朝に対する宣戦布告といってもよい事だった。

 以降、国王がホーエンハイム家に登城命令などを出したが、この全てを無視。

 さらに、この宣言にあわせて国内で活動していた息子たち、そればかりか、他家に出ていた者たちも、精神的にホーエンハイム家に近い者たちはほとんど残る事なくこの離反劇に追従した。

 普通、貴族の移動となれば時間がかかるのだが、ホーエンハイムはいわゆる辺境伯であり、子女のひとりに至るまで、ちょっとした冒険者レベル程度でいいのなら戦えるし野外活動の心得もある。一般的な貴族子女の感覚は、あてはまらない。

 さらにいえば、他家にしがらみができてしまっている既婚者にしても、すでに今回の件で嫁ぎ先の家と大きな溝ができている者が多かった。ゆえにその家を見捨てて身ひとつで移動する準備や心構えができていたもので、当主の動きにあわせて皆、綺麗に足並みを揃えてしまった。

 

 ホーエンハイム家はその土地柄もあり、国内よりも隣接する他国に理解者が多い家だった。今回の場合、そうした近隣国の中でも非常に好意的であった北のファフランテ国からの誘いがあり、さらに同国には親戚もいた事から、移動先はそちらになった。さらにホーエンハイムに好意的な家臣団や、(くだん)の侍女たちの実家も全てこれに追従。彼らは新しい国に思いを馳せつつ、この国を出て行った。

 もちろん、ただちに国王は騎士団を派遣、逆賊ホーエンハイムの当主を捕縛しようとした。

 だが、ホーエンハイム家やその関係者でこそ気軽に移動する同領地だが、他エリアの貴族や兵士たちにとってみれば、ホーエンハイム領は半ば魔境に埋もれた危険地帯だった。だからこそ同家は長年、辺境伯としてその土地を変わる事なく任されてきたという現実もあり、どの家もホーエンハイム領に行く事をためらった。

 そうして足並み揃わず、すったもんだをしている間に彼らは順調に事を進め、ついにはなんの妨害もなく彼らはこの国を出て行ってしまった。

 それに対する国側の対応は、この事態を招いた貴族を適当にでっちあげ、その者と家に全ての罪をなすりつけて連座で処刑するというものだった。

 

 問題はさらに続いた。

 

 ホーエンハイムが去った後、領主のいなくなったホーエンハイム領を誰が引き受けるかという、新たな問題も出てきた。

 だが残された貴族たちは皆、魔物の素材しか特産物がないような魔境同然の辺境など欲しがらなかった。むしろ誰に、どこに押し付けるかでお互いの足を引き合い、どの派閥に加わるかに頭を使うだけだった。

 そして代理の騎士団すら送る事なく、なんだかんだで一年近くも放置してしまった。

 一年後、やっとの事で決まった、というより領主職を押し付けられた新興貴族は当然の事ながら、少しはいるらしい住民から合わせて二年分の税をとる事とか、金勘定やら下半身やらで埋め合わせをする事しか考えていないような男だった。

 だが、その貴族も旧ホーエンハイム領で現実を知る事になった。

 放置の結果、旧ホーエンハイム領は事実上すでに消滅していたのだ。

 中央に近い東側の半分は魔物に占領されてしまって人間の法など届かなくなっていたし、西の半分に至っては他国の一部になっていた。

 以前から、モンスターの氾濫にそなえてホーエンハイム家は保険をかけてあった。

 特に、独自にホーエンハイムとつきあいのあった近隣諸国の辺境伯たちと事前協議を行っており、今回のようなケースが勃発した場合、国の垣根を超えて辺境伯同士、住民の保護と避難作業を行う事前の打ち合わせが行われていた。

 つまり、東側に魔物がはびこっている事も含めて、全てはホーエンハイムによる住民保護政策だった。

 中央では知らせを聞き、ただちにホーエンハイム領を勝手に併合した国に対し、領地と住民の返還と整備をせよと勧告した。だが相手の国から戻ってきた返事はというと「元々魔の森に隣接する辺境地域はどこの国のものでもない。騎士団のおらぬ地域と、そこに住む住民を守るために我が国の血税を投入して騎士団をはるばる派遣したというのに、勝手に盗人呼ばわりとはずいぶんと常識のない事だ」と小馬鹿にしたような返事が戻ってきただけだった。

 暴論に思えるが、実はこれは全くの事実だった。

 もともとホーエンハイム領は事実上、昔からホーエンハイム国といってもいい状態だった。ただホーエンハイム家に国家を運営しようという気持ちがなかったために便宜上、所属国を決めていたというだけであった。だからこそ、ホーエンハイムがいなくなったこの地は、単なる無政府地帯になっていたわけだ。

 誰も支配していない土地なら、実際に住み着いて領有権を主張したものの所有に帰属するのは当たり前の話。むしろ、現地に手も触れないくせに遠方から返せと吠えるだけの国の方が非常識だった。

 

 なお、このホーエンハイム領放置問題は、これだけではすまなかった。

 隣国がきちんと収めた側の領地は良かったのだが、問題は魔物が占領した東側。そこから対面する王国領地側に向けて、魔物の軍団が溢れだしたのだ。

 当然、森に隣接する領地から悲鳴と救援要請が相次ぎ、国はさらなる混乱に拍車がかかっていった。

 そんな中。

 彼らがすっかり忘れ去っていた事がやがて、取り返しのつかない事態を引き起こすのだけど、その事に彼らはまだ気づいていなかった。


続きます。

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