表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/11

真相

「まさか、兄上っ?」

「ああ、そうとも、弟よ」


 死んだ筈の永穂新十郎忠明、その人がそこに立っていた。深編み笠の向こうに、皮肉っぽい笑い声がこもる。

「さあ、弟よ、どう呼んで欲しい?」


 新次郎が「新十郎」として生きている事、新十郎はそれを指して笑っていた。


「死んだと聞かされていました……」

「くくっ、そうとも、死んだよ、殺された。新九郎になあ」

「兄上?」

 この期に及んで、新十郎はまだ深編み笠を取っていない。そして全身を覆う(さらし)


 新次郎はこんな姿を以前に見た事がある。


 人里離れた山中、人の目から逃れるようにその谷はあった。近隣の村から「死の谷」と呼ばれるその谷が。

 それは哀しい集落だった。世間から見放された病人達の集う場所。そこで見たのだ。今の新十郎とよく似た姿を。


「病だと言っていた。まさか……(らい)?」


 その瞬間、新次郎はよろめいた。一瞬、斬られたかと錯覚したのである。

 「癩」の名を口にした瞬間、新十郎が殺意さえこもった瞳で新次郎を射抜いたのだ。


「ああ、そうだ、そうだとも」


 癩病は、昔から最も恐れられていた伝染病の一つで、別名をハンセン氏病とも言う。

 現代でこそ治療法は確立しているが、それまでは死病と言われ、また少し触れただけでも感染すると信じられていて、患者達は一様に社会から隔離されてきた歴史を持つ。


「俺はまだ闘える。闘えるんだ。なのに……」

 発病が分かった瞬間、父、新九郎は至極あっさりと、新十郎を切り捨てたのである。

 そして、新次郎が「新十郎」として生きる。


「だったら、俺は何なのだ。病になって俺が新十郎でいられないなら、『新十郎』とは一体なんだ? 俺が新十郎ではないのか?」

 ふざけるな!

 それが新十郎の思いのたけと言っていい。


 永穂家に必要なのは、決して彼自身ではないのだった。「新十郎」の名と立場、「新十郎」の仮面が必要だっただけなのである。

 「新十郎」の仮面さえ無事なら、中が誰でも構いはしない。


 ならば今まで自分が守り通してきたもの。「新十郎」としての生き方。そして必死に磨き上げてきた応現流正統の技。それらは全て、何だったというのだろう。

 殺し屋の技、応現流の影、隠業が正統を名乗る事だって出来るのだ。「新十郎」の仮面を被って。


 それは結局、彼自身の価値が全て否定されたに等しい。自身よりも役目の価値の方が上、と断言されたのである。


 そして新十郎には、それが許せなかった。

 発病した新十郎は、道場地下の座敷牢に幽閉されていた。だから、牢を破ったのだ。


 新十郎発病の件を知っているのは、新九郎を除くと永穂四天王の四人だけである。

 迂闊な者に世話も任せられず、彼らは交代で新十郎の世話をしていた。そして牢破り決行の時、その場に居合わせたのが、多田だった。

 多田を斬り捨てた新十郎は、逃走する際、もう一人門弟を斬っている。それが辻斬り事件の真相だった。多田の死は屋敷の奥だった為、外部に漏れずに済んだのだ。


「なあ新次郎。お前の価値は何なんだ?」

 新十郎の問いに対し、新次郎は咄嗟に答えられなかった。何しろ、新次郎も自身の存在を抹消され続けてきたのだから。


 だが、その時、新次郎の目に、新十郎の後ろに立ち竦む雪姫の姿が映る。


 新次郎にはその姿がひどく頼りなさそうに思えた。途方に暮れているのだろうか。


 ある意味でそれは当たり前と言えた。

 得体の知れない男にいきなりさらわれたかと思えば、その男が新十郎だと名乗る。あまつさえ今まで新十郎だと信じていた男は新次郎と呼ばれ、そして誘拐犯を兄と呼ぶのだ。

 洒落にもなりはしない。さぞかし心細く思っているだろう。


 そして、そう思えた時、新次郎はここに来た理由を思い出したのだった。


「価値なんて知らない。でも構いやしないんです。兄上、私にはやるべき事がある。だからそれでいい」


 新十郎から視線を外し、新次郎は改めて紗雪と目を合わせた。


「紗雪殿を連れて帰ります」

「新…十郎…様?」

 紗雪の問いかけに、新次郎は軽く微笑みを返す。そして、彼は初めて名乗ったのだった。

「新次郎忠輝(ただてる)です、姫」


「はん、そうか、新次郎、雪姫のためにか。あははっ、そうだよなあ、そりゃそうだ」

 新十郎はその新次郎の言葉にかぶせるように言い放っていた。

 嘲弄の込められた笑いは、不吉な響きを孕んでおり、何を言い出す気かと、自然、新次郎の表情も険しくなる。


「そうだよな、新次郎、永穂家は姫を失えないからなあ」

「どういう意味です、兄上?」

「ふん、しらばっくれるのはよせ。今まで変だとは思わなかったのか。何故わざわざ代役を命じてまで機嫌を取ってきたと思ってる。何故そこまでして小娘一人繋ぎ止めていたと思う。紗雪を手に入れるために決まっているだろうが」


 改めて言われてみれば、新次郎にも腑に落ちない点がたくさんあった。


 影武者は本人を良く知らない相手に対して意味を持つ。長く、深く付き合えばそれだけ、別人と見抜かれる危険が増すものだ。

 新十郎との結婚生活の上で、紗雪が新次郎との思い出を持ち出せば、その瞬間からボロも出るだろう。


 そして新十郎は言葉を継ぐ。亀裂を確実にするための、決定的な言葉を。

「紗雪は藩主の娘だからなあ、失うわけにはいかないからなあ」


 その言葉は爆弾に等しかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ