結
本日、二話同時投稿しています。
こちらは二話のうち、二話目です。
先に一話分がありますので、ご注意ください。
藩主を始め、主立った重臣達が居並ぶ中、新次郎が歩を進める。右手には木刀。
対する相手は右の八双に構えている。
新次郎達が戻った時、試合はまだ始まっていなかった。新九郎苦心の時間稼ぎの成果である。
父は永穂応現流の型を交えた剣舞披露を申し出たのだ。
対戦相手が最も熱心に、それを受け入れた。何しろ勝負前に相手が手の内を晒してくれると言うのだから。
かくして、永穂新十郎は無事、試合出場の運びとなったのである。
今、新次郎は気楽だった。
新九郎も、心底この試合に懸けていた。何を犠牲にしてでもこの試合を成立させようと懸けていた。
そして、それは新次郎が戻ってくると信じていればこそだ。それが分かった事も嬉しさの一因である。
勝てるか勝てないか。そんな迷いも些末な事だった。ただ、全力をもって試合に臨む。それだけだ。
そう見れば、対戦相手の構えがとても小さく見える。相手の肩には、試合後の栄誉という重みが、ずっしりと乗っているのだろう。
新次郎は無造作に歩を進め、あっさりと間境を越えた。
なぜか今の新次郎には、周りがよく見える。
たった今の踏み込みに目を見張っている藩主が見える。扇子を囓らんばかりに気を揉んでいる、父と懇意の家老の姿も見える。
そして、外の陣幕にいる筈の、紗雪の姿もまた、見えていた。
間境を越えた新次郎に向かって、袈裟掛けの斬撃が打ち込まれてくる。
それは恐るべき速さ、殺人的な力を持っていた。そしてまた、そこからの様々な変化をも内包している。どう変化するのか、予測など出来るものではない。
だが。
(遅いな)
木刀を上げ、そして、軽く打つ。
「一本、それまで!」
審判の声を圧する歓声が沸いたのは、次の瞬間だった。
この年より以後五年間、藩武芸指南役の名は永穂新十郎忠明と記録されている。
それ以降、永穂新三郎忠光と続き、以来数代を永穂一門が占めた。
後年、隠棲した新十郎忠明は、城下を離れ、小さな道場を開いた。
若年で得た武門の名声そのままに、歳を重ねてなお壮健な道場主の傍らには、常に寄り添う美しい婦人がいたと伝えられる。
了




