第一部 神帝編 第七章
氷点下の真っ暗闇の中で口元から鮮血を流しながら色の白い娘が床に倒れこみ痙攣した。
神 帝はその様子を動かずジッと見ている。
その娘、東 明美の顔色がみるみる悪くなり眼球が充血した。
痙攣が止まりラスネイルに憑依された明美が青白く血走った目を帝へ向けた。
少し長い髪と乱れた寝巻きの美少女は怪しく異様な美しさを漂わせた。
『ひとまず出直すとしようか・・・』
ラスネイルは明美の声色でそうつぶやいた。
『いいや。終わりだラスネイル。
お前は追い込まれたんだ。放牧場の小羊のようにな。』
『なにぃ?どういう・・・!!』
みるみるラスネイルの顔が歪む。
『その娘はダイズ患者だ。
ダイズもお前も言わば死出虫だ。
同じ手合い同士がぶつかれば角逐抗衡は必然。』
明美の小さな身体の中で目には見えない壮絶な何かが起きていた。
ラスネイルとダイズの原因となる何かが争っているのだった。
ことあるごとに明美の身体はまるで操り人形のように大きく激しく動いた。
帝は片手で長剣を構えたままもう片方の手で印を結んでいった。
明美の背中からラスネイルが白い煙となって現れた。
その後を巨大な黒い腕が突き出て白い煙を捕らえる。
黒い何かは表面はゆらゆらと揺れてはいたが明美の背中から2mはあろうかという上半身が現れた。
その姿は悪魔そのものであった。
頭には捻じ曲がった二本の角、背中からは巨大な蝙蝠の翼。
『ぐおおおっ!!まさかダイズの正体は!?まさかそんな!』
ラスネイルが絶叫し束縛から逃れようとムチャクチャに暴れる。
その時、帝が印を結んだ手で長剣を撫でると剣が光を発した。
そして身もだえする明美、ラスネイル、黒い悪魔ごとまとめて一刀両断にした。
『ぐぁぁああああっっ!!!』
ラスネイルと黒い悪魔は断末魔の叫びと共に霧散して消えた。
それまで暗かった室内の照明が光を取り戻した。
明美もラスネイルの影響から抜け出して本来の意識を取り戻したようだ。
しかし肩から袈裟懸けに切り下ろされた身体はすでに限界を迎えていた。
彼女はゆっくりとひざを付きその場に正座するように座り込んだ。
そして苦痛に歪んだ表情のまま帝を見上げた。
血はそれほど流れ出てはいなかったが、死に間際の激しい呼吸が落ち着いてゆっくりとしたものに変わっていた。
明美の視線が扉の方へ向いた。
扉には帰ってきたばかりの了が立っていた。
背中には大気砲が担がれていた。
外で試射をしてきたのだった。
兄の姿を捉えた明美は何かをしゃべった。
しかし声にならずそのまま崩れ落ちた。
了は目の前で起きていることが理解できないでいた。
帝は了を見て言った。
『お前の妹は死に間際、お前に逃げるよう言ったようだが・・・。
さて、どうする?』