第一部 神帝編 第六章
真っ暗闇の中、東 明美は1階にある自室のクローゼットの中で息を潜めていた。
宿の玄関に強盗らしき大男が侵入してきていた。
ハッキリ見えたわけではないが明らかに人間ではない。
電気も消えあたりは静寂に包まれていた。
急激に室温が下がり始めていた。
(こんな時にお兄ちゃんがいない。)
気の強い明美がもし病気でなかったなら、もしかしたら無謀にもこの大男を撃退すべく行動を起こしていたかもしれない。
しかしやせ衰えた手足ではなんとか身を隠すのが精一杯であった。
熊柄のパジャマ姿で緊張か、或いは寒さのせいか体が大きくガタガタと震えていた。
体の震えを静めたいもどかしさで明美は気が詰まりそうな思いであった。
しかし何かできる状況ではなかった。
クローゼットの薄い扉のすぐ前を大男が横切ろうとしていたからである。
ゆっくり少しずつ息をして通り過ぎるのを待つ。
・・・・。
宿の中は電気もなく真っ暗だった。
しかし神 帝の目は暗闇でも昼間と変わらず見ることができる。
室温は氷点下になっており霜が降りている。
帝の口から吐き出される息も白く変化していた。
床には霜と一緒に凍りついたべったりした血痕と足跡が残っている。
血痕と足跡は廊下を抜けて正面奥の扉へと続いていた。
帝はゆっくりと長剣を鞘から抜いた。
そして無造作に廊下を進んでいく。
突然廊下の壁から男の太い腕が割って現れ帝の頭を掴むとそのまま向かいの壁に叩きつけた。
と同時に帝の長剣が空を裂いた。
壁から出現した腕が切り落とされたかに見えたが腕は壁を横薙ぎに壊しながら避ける。
壁は大きく崩れて腕の持ち主の姿が暗闇に浮かび上がった。
身長3メートルはあろうかという全裸の大男だった。
髪は肩まで振り乱し異様に青白い顔と血走った目をしている。
目元は落ち窪み長い髪とで暗い影を落としていた。
『お前か。ラスネイル。また死にたくなったか?』
帝は埃を払いながら立ち上がった。
『我をそこらの賞金稼ぎ共と同じに思うな。
いまさら知らぬ仲でもあるまい。
俺の望みはただお前の肉叢よ。』
『怖気がしてきた・・・。』
帝は眉をひそめた。
『貴様の肉叢をくれいっ!!』
ラスネイルは自分の身長ほどはある鉄柱を片手で振りかぶり帝へ殴りつけた。
帝も大きく跳んで避けるがラスネイルの鉄柱は何度も帝を襲った。
帝は動き回りながらギリギリで避け続ける。
やがて帝は壁際に追い込まれる。
ラスネイルの攻撃を大きくジャンプして避けると同時に天井を蹴ってラスネイルの方へ飛び、肩を踏み越えて後ろへ回り込んだ。
『おのれっ!ちょこまかと!!』
ラスネイルは振り返って帝を追うが異変に気づく。
ラスネイルの体は頭から真っ二つに裂けると大きな音を立てて崩れ落ちた。
崩れ落ちた体からは血が一切流れていない。
帝は長剣を構えた。
帝の呪文の詠唱が始まり長剣が鈍くうっすらと輝く。
ラスネイルの体から白い気体のようなものがユラユラと立ち上った。
帝は現れた白い気体を横薙ぎに切り裂く。
気体は何事もないようにふわふわと宙を漂い、帝の長剣はただ壁を斬るのみであった。
『我は不死身よ。幾多の躯を渡り歩いてきた!』
斬られた壁にはクローゼットがあった。
クローゼットの扉が割れ潜んでいた驚いた表情の明美の姿が晒された。
白い気体と化したラスネイルが明美に襲い掛かった。
暗闇の中、身体に異変を感じた明美は悲鳴を上げる。
「きゃぁあああああっ!」
明美の表情は苦痛にゆがみ胸をかきむしった。