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星詠み姫の選定  作者: 勇魚
8/21

気まずい空間

 宮女たちが去った後、慶花と二人きりの空間は妙な息苦しさを覚える。

 お茶の給仕すら拒んだ慶花は、手ずから茶器を手に取り空になった茶碗に茶を注ぐ。少なくなった更紗の茶碗にも、何も言わずに茶を満たす。


 手慣れている。宮女である彼女らと変わらない手付きだ。自分がもし同じことをしようならば、熱い湯が満たされた茶器を取り落してしまいかねないと思う。深窓のご令嬢のようなのに、手ずからお茶を淹れたり、身支度の手伝いは不要と断ったり。


 きっと一人でなんでもできるのだろう。素直に「すごいな」と思う。身支度すらできない自分が情けない。


 でも、身支度を断られたのは……困ったな。

 普段はきっちりと編込んだ髪を頭に巻き付ける程度の上、化粧など恐らく十三祝いの時以来かもしれない。


 でもまあ、今日は髪も綺麗に結ってもらってきたし、お化粧だってしてある。今日の宴以外は、最終日まで星詠みの星図づくりのはず。最後日までこの部屋に引き籠っていれば、さほど問題はないはずだ。最終日の星図お披露目の場では、どうにかして身支度を頼めればの話ではあるが。


 ……やっぱり、綺麗な人だな。


 まるで黒檀のような艶やかな髪。背を覆うほど長いというのに、隅々まで手入れが行き届いているのだろう。彼女のちょっとした仕草で、さらさらと柔らかく髪が揺れる。


 間違いなく、星詠み姫に選ばれるのは彼女だ。とはいえ、最初から諦めてた態度を取っては怪しまれる。


 取り敢えず頑張ろう。わたしが全力で頑張ったところで選ばれるはずがないのだから。むしろ全力で頑張ったところで絹蘭には適わないだろうけれど。


「溜息など吐いて、どうされました?」

 低く柔らかな声に我に返る。気づかないうちに溜息を吐いていたようだ。


「え、ええ……少し緊張してしまいまして」


 微笑みで返すが、内心また失態を犯してしまったのではないかと冷や汗が伝う。


 これから十日間、彼女と寝食を共にしなければならないのだ。ちょっとした言葉の端々にまで神経を尖らせていたら身がもちそうにない。しかし、初対面の相手との間に流れる沈黙もまた辛い。親しい間がらなら多少の沈黙が流れたところで大したこともないというのに。


 気まずいなあ……。


 気まずいと思うものの、会話の糸口が見つからない。同じ年頃なのだから共通点もありそうだが、相手は星詠みの名家ともいわれる璃家の跡継ぎだ。とは言えども、いつも高尚な会話をしているわけではないだろう。


「あの……」


 そう思ったら怖がらず話せそうな気がした。慶花の視線がこちらを向くのを感じる。頑張れわたし、と自分を応援する。


「慶花様はお茶を淹れるのがお上手ですね」

「ありがとうございます」

「わたしなんてろくにお茶も淹れたことがないから、色々お上手にこなせるなんてすごいなって思います」

「誰でもできることです」


 ……会話が終わってしまった。


 彼女はお茶を飲み、お菓子の細工など気にもせずに黙々と口に放り込んでいく。

 どうしよう。続ける言葉が見つからない。

 戸惑う更紗は困惑したまま手にした器に視線を落とす。しかし見つめていても仕方がないので、器のお茶を飲み干すと同時に、慶花が静かに席を立った。


「あのっ、どこへ……」

 無意識のまま呼び止めていた。


「宴まで少し休みます」

「そう、ですか」


 慶花は振り返りもせずに告げると、寝室へと姿を消してしまった。

 きっと疲れているのだろうと思うが、拒絶の響きが含まれているのを察してしまった。やはり雑談などしなければよかったと後悔する。


 わたしも……休もうかな。


 目を付けていた多弁の花の形をした薄紅色のお菓子を懐紙に包むと、自分にあてがわれた寝室で少し休むことにした。

 絹の敷布は滑らかで心地いい。柔らかすぎず、堅すぎない寝台の心地よさは睡魔を誘う。


 宴が始まる……まで、少しだけ。

 敷布に頬を摺り寄せる。なんて心地がいいのだろう。身体を包み込む温かさに酔いしれそうだ。

 更紗は瞬く間に深い眠りに落ちていった。



「……、……様」


 身体が揺すぶられる感覚。誰? せっかく休んでいるのだから邪魔をしないで。

 肩に掛かる手を振りほどこうと腕を振り回す。


「……!」


 それでも執拗に肩や腕を揺すぶられる。もうやめて欲しいと卵のように蹲る。これで静かな眠りに浸れると思った、けれど……。


 ふわっ、と身体が浮いた。気がした。次に襲い掛かってきたのは奇妙な浮遊感、そして。


「いっ、たぁ……」


 ごつ、と腰を強かに打った。背中も、後頭部もだ。

 あまりの痛さに悶えていると、頭上から冷やかな声が落ちてきた。


「いい加減に、目を覚ませ!」

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