違和感
見るからに重たげな扉を開くと、ふわりと清涼な香の匂いが鼻を掠める。想像していたよりもこじんまりとした、しかし温かみのある設えがされた部屋だった。
床に敷かれた手織りの絨毯はよくある伝統模様の極彩色のものではなく、落ち着いた色合いの素朴な模様なもの。用意された室内履きは柔らかになめされた革でできたもので、小さな花を散らした模様が刻み込まれている。足を通すと、誂えたように優しく足を包み込む。
応接間と寝室、そして浴室まであるようだ。調度品も木造の手が込んだものだが、所々年頃の少女が好むような意匠が施されている。所々に小さな花器には季節の花が活けてあった。
なんて素敵な部屋なんだろう。さっきまで胸を燻っていた不安を一瞬忘れてしまいそうだ。
玻璃が貼られた床から天井まで高さのある窓からは、柔らかな午後の陽射しが差し込んでいる。玻璃の近くに据えられた小さな円卓に案内される。部屋に待機していた宮女がお茶の用意をしていた。白磁の茶器には淡い新緑色をしたお茶が満たされていた。玻璃の皿に乗った数種類の茶菓子も、可愛らしく繊細な造りで、食べてしまうのがもったいないほどだ。
「改めまして。今日よりお二人のお世話をさせていただきます、楼杏と申します」
「香蓮と申します」
二人の宮女が更紗たちの前で膝を折って一礼をする。つられて礼を返そうとしてしまうが、慶花の悠然とした様子でゆったりと頷くのを目にした途端に冷や汗が出る。
絹蘭も、恐らく慶花も星詠みとして何度も王宮へ上がっているはずだ。代々続く星詠みの家系で、将来の星詠みとしても期待される少女たちが、日ごろどのような振る舞いをしているのかなんて知らない。
結構、態度大きいんだ。
星詠みが国家にとって重要なものであるということは、つまり王宮でも割と偉そうに振る舞える立場であるらしい。とはいえ、あきらかに目の前の宮女たちは、自分たちよりも年長者。ちょっとした所作の美しさや品の良さ、落ち着きのある口調などから良家の子女だと伺える。
いくら星詠み姫候補とはいえ、まだまだ未熟が残る少女がさも偉そうに振る舞う様子は、なんだか居心地が悪い。
もしかすると絹蘭も、王宮では慶花と同じように振る舞っていたのかもしれない。
更紗が入っていた寄宿制の学び舎は元々良家の少女たちが通っていた上、明らかな身分は明かさないという規則があった。更紗の生まれ持った自信の無さは、この学び舎でも同じだった。委縮した態度は周囲の少女たちに、身分の低さ故のものだと思われていたらしい。
よく「お育ちが知れてしまいますわね」と言われていたものだが、何も言い返せなかった。星詠みの家の者だというのに、星詠みとは無縁の学び舎に通う自分。
「……夜は宴を用意しております。お召し替えもございますので半刻前にお伺い致します」
他人事のように聞いていたが「よろしいですか?」と念を押され、はっと我に返る。
はい、と更紗が答えようとするのを遮るように、慶花が「いいえ」と口にした。
「身支度の手伝いは不要です」
「ですが……」
まさか断られるとは思ってもみなかったのだろう。二人の宮女は困惑したように視線を交し合う。
「不要です。そうですわね、絹蘭様?」
突然同意を求められ、更紗は言葉に詰まる。しかし、微笑んでいるはずの慶花の目がちっとも笑っていないことに気づき、ここは同意しないわけにはいかなそうだと瞬時に悟る。
「ええ……慶花様のおっしゃる通りです」
絹蘭を真似て微笑んで見せた。