二人の星詠み姫候補
噂には聞いていたが美しい少女だ。研ぎ澄まされた刃のような、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出している。飾り気のない衣ではあるが素材は絹。たっぷりと布地を使った衣は、歩くたびにふわりと裾が揺れる。更紗も同じ格好をしているはずだが、着ている人間が違うだけでこうも違うとは思わなかった。
また比べられてしまう……!
自分の方が見劣りがするのは明らかだ。偽者だと見破られることよりも恐れている自分が滑稽だった。二人並べばその差はさらに明らかになるだろう。
頼みの綱だった宮女の手が離れた途端、膝ががくがくと震え始めた。このままでは一歩踏み出すどころか、立ち続けることすらできない。
ここからは星詠み姫候補が肩を並べて歩き出さなければならないというのに、身体の向きさえ変えるのが困難だった。
一方、向かい合ったまま、動き出そうとしない更紗を怪訝に思ったのだろう。冷やかな目で更紗を見据えいた慶花が、おもむろに薄紅色の唇を開いた。
「紅家の絹蘭」
名を呼んだその声は、想像していたよりも低い声だった。声量は囁く程度ではあるが、はっとさせる強い響きを持ち、更紗の耳に届いた。
そうだ……今、わたしは更紗じゃない。絹蘭だ。
「……はい」
我に返って返事をするが、蚊の鳴くような声なのが情けない。
「息を吸って、胸を張れ」
慌ててどうにか言われた通りにすると、ふと今まで自分が俯いたままだったことに気が付く。しっかりと胸を張り、顎を引くと、手を伸ばせば届くほどの距離に彼女はいた。
彼女が見守るように自分を見つめていたことに気が付く。視線が合う。その瞳はまるで晴れた夜空のような、吸い込まれそうな澄んだ濃紺色をしていた。綺麗だと見惚れるよりも早く、彼女は促すように用意された豪奢な輿へと視線を移してしまう。
ここからは自らの足で歩くのは、ほんの僅かなはずだ。なのに、更紗にとってはこれまでの王宮への道のりよりも遠く感じる。
頑張って、わたしの足。
ぐらつく足で必死に歩を進めようと努力するものの、それは上手くはいかなかった。危うく転ぶところを、力強い手が寸でのところで支えてくれた。
「――っ!」
更紗の手を取って支えてくれていたのは慶花だった。華奢な手は意外にも力強く、何事もなかったかのように更紗を支えてくれる。
お礼を述べようとしたが、まるで遮るかのように慶花は言った。
「この愚図。しっかり歩け」
……え?
花びら色の可憐な唇が紡いだ言葉とは、信じがたい台詞を耳にしたような気がする。
更紗が自失していると、その手を取った慶花はゆっくりとした足取りで歩き始める。まるで更紗を気遣うような歩調なものだから、さらに混乱する。
今のは……何だったんだろう。
慶花によって優雅に手を引かれながら、しずしずと歩を進めた更紗は観衆の目を忘れ、無事に輿にたどり着いたのであった。