王宮へ
せめてこの馬車に強固な覆いがあれば、ここまでの緊張はしなかっただろう。
星詠み姫候補が王宮入は、国中の人々へのお披露目の意味もあるという。だからどこからも見えるよう、王宮へ向かう星詠み姫の姿は紗幕越しではあるものの、ほぼ無防備にその姿を晒されていた。
姿ははっきりと見えないが、観衆の目が怖かった。偽物だと誰かに見破られしないかと身が竦む。丹念かつ自然に見えるような化粧をされ、絹蘭に見えなくもないだろう。
でも。怖い。
膝の上に置かれた震える手を、痛いほど握りしめる。
人々の歓声と熱気に押し潰されそうだ。きっと絹蘭なら毅然と背筋を伸ばし、歓声に応えるように笑みさえ浮かべることもできたはず。
王宮へは何度か訪れたことはあったが、所詮一般人の立ち入りが許可された一部でしかないのだと改めて知った。年中行事の時しか開かない重厚な鎧門が開き放たれた途端、眼前に広がった景色はあまりにも広大だった。
抜けるような蒼穹の下、細かい玉砂利で敷き詰められた大地は眩い乳白色。果てには何も見えないくらい広大な敷地。そして、星詠み姫候補を迎える宮中の人々の数の多さときたら。
紅色――祝いの色をした衣を纏った人々が一斉に叩頭すると、布ずれの音がまるで小波に聞こえる。
星詠み姫候補を一目見ようと集まった人々の数と熱気に圧倒されていたばかりだというのに、地平線が拝めそうな敷地の広さと、を埋め尽くす宮中の人々の数に呆然とすると同時に恐れすら感じた。
星詠み姫の選定にこれほどの人々が注目をしているという事実。そして、国にとって重要な儀式なのだと改めて知った途端、手の震えが止らなくなった。
もし自分が正真正銘の星詠み姫候補ならば、これほど誇らしい日はないだろう。
罪の重さに潰されそうだ。震えを止めようと手を握り締しめても、一向に震えが止る気配はない。
速度を徐々に落としていた馬車がとうとう止ってしまった。
馬車はここで終わり。あとは大勢の目が見守る中を歩いて進まなければならない。輿へと乗り換える僅かな距離ではあるが、姿を聴衆の前で晒さなければならないという恐怖。
自分が絹欄ではないと気付かれてしまうのではなかろうか。いくら瓜二つの双子の姉妹とはいえ、絹蘭とはまるで違う人間なのだ。
どうしよう、どうしよう……。
堂々としていなさい。頭の中でくり返す母の言葉。
でも、どうやったら堂々となんてできるというのだろう?
星詠みとしての才覚を幼い頃に見限られた更紗は、どこに嫁入りしても恥ずかしくない程度の教育は受けてきた。一般的な家庭でならば、それは十分に恵まれた環境であるのだろう。しかし、いつも隣りには姉の絹蘭がいた。
国で唯一の星詠み姫となるべく教育を受けてきた姉と比べてしまっては、どうやっても自分を誇ることなどできそうにない。
息を詰めて身構えていると、紅の衣を纏った宮女が音もなく歩んでくる姿が目に入った。見守っていると紗幕がゆっくりと開いた。