表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星詠み姫の選定  作者: 勇魚
2/21

もうひとりの星詠み姫候補

 出立までの三日間は、瞬くほどあっという間に過ぎ去った。


 ……どうしよう。

 すっかりまとめられた荷物に囲まれ、更紗さらさは自室で途方に暮れていた。


 母の言葉に逆らえないとはいえ、王族を欺くのだ。才能が無いとはいえ、更紗さらさは星詠みの一族である紅家の人間である。星詠み姫を決定する儀式が、どれだけ国家にとって重要なものか怖いくらい知っている。


 東陽華国とうようかこくの星詠みは、政に関わるほど重要な位置にいる。しかも星詠み姫は、国中の星詠みの筆答となる人物だ。候補の少女は二人。一人は紅家こうけ絹蘭けんらん。もう一人は璃家りけから慶花けいか


 ごくり、と唾を飲む。

 本当に、大丈夫だろうか。いくら顔の造りが同じだとしても絹蘭けんらんとは資質が違う。もし偽物だとばれたらどうなってしまうのだろう。

 考えれば考えるほど不安が募る。震える手を必死に止めようと握りしめていると、不意に扉を叩く音がした。


「……入るわよ?」

 控えめだが、有無を言わさない口調。どうぞ、と答えると扉がそっと開いた。

絹蘭けんらん

 ここ数日床に就いていた絹蘭けんらんの顔色は、まるでろうのように白く血の気がない。青ざめた薄い唇は固く引き結ばれている。ゆったりとした部屋着には、腹部を締め付ける帯はない。


 少しの膨らみもない腹部。どちらかというと以前よりも痩せたくらいだ。まだ信じられなかった。絹蘭けんらんが身籠っているとなど。相手は誰かと、あれだけ母に問い詰められても絹蘭けんらんは沈黙を続けている。誰にも言えない相手なのだろう。


 絹蘭けんらんはこれからどうするつもりなのだろう。

 赤ちゃんを、産むつもりなのかな……。

 聞きたいことは色々ある。言いたいことだって山のようにある。しかし訊ねたところで絹蘭けんらんが話してくれるわけもないだろう。言いたいことなど、ただの恨み辛みが口を付くだけ。

 だったら何も聞かず、何も言わない方がいいのかもしれない。

 それにしてもなんてひどい顔色をしているのだろう。体調が思わしくないのに、無理をして起き上がったりして……。


「体調は、どう?」

 無意識の更紗さらさの言葉に、絹蘭けんらん瞠目どうもくする。


「……人の体調なんか、気にしている場合?」

 一瞬、絹蘭けんらんの表情に怒りが点ったが、大きく頭を振ると苦し気に唇を噛みしめる。


「ごめんなさい……わたくしのせいで」

 振り絞るように呟く。己の過ちのせいとはいえ、幼い頃から星詠み姫となるべく修行を積んできたのは絹蘭自身。念願の星詠み姫の候補に選出されたというのに、断念せざる終えないのはどれだけ無念であろうかと思う。でも。


 ううん、気にしないで。

 とてもじゃないが、そんなことは言えそうにない。だから、ただ小さく頷くことしかできなかった。


璃家りけ慶花けいか

 束の間の沈黙の後、ぽつりと絹蘭が呟いた。

「彼女なら、力になってくれると思うわ」

 璃家りけ慶花けいか

璃家りけのって、もう一人の星詠み姫候補の?」

「そう」

「そうって……対抗相手だよ? もしかして親しいの?」

「いいえ。ずいぶん前に、一度会ったことがあるくらい」

 あっさりと否定される。


 一度しか会ったことのない、よく知らない相手が助けてくれるわけがない。しかし絹蘭けんらんはいい加減なことをいう人間ではないことくらい、双子の更紗さらさはちゃんと知っていた。


「もしかして、星詠み?」

「なんとなく。強いて言えば直感」

「直感?」


 直感だなんて絹蘭けんらんの言葉とは思えない。曖昧な物言いを嫌っているはずだ。一体どうしたのだろうと不思議に思っていると、その気持ちを察したかのように絹蘭けんらんは苦笑する。


「自分がこんなことを言うなんておかしいと思うのよ。でも不思議と彼女なら力になってくれると感じるの」


 感じるの、か。

 感性。才能。資質。優れた星詠みには、常人とは違う感覚が備わっているのだろう。知識や技術を得ただけでは星詠みにはなれない。それは更紗さらさ自身が痛いくらい知っている。


「どんな人なの?」

「そうね……」

 遠い目をしてから、ふっと小さく笑う。

「優しい人よ」

「本当に?」

 悪戯を企むかのような絹蘭けんらんの笑みに、疑いの眼を向ける。

「本当よ」

 少し気難しいところがあるけれど。と、さりげなく白状する。

「感情が豊かで、温かい人」

 驚いた。絹蘭けんらんがここまで褒めるなんて珍しいことだ。

「感情の起伏に波があるから、星詠みの精度が少々甘いところもあるけれど。彼女は星詠み姫に相応しいと思うわ」


 やっぱり珍しい。普段なら、絹蘭けんらんは相手に対してもっと辛辣な評価を下すというのに。

 よっぽど璃家りけの候補者を評価しているのだろう。もしくは、身籠って多少性格にも丸みが出てきたのか。

絹蘭けんらんがそうまでいうなら、間違いないね」

 無理矢理、笑ってみる。絹蘭けんらんを安堵させるためでもあり、自分自身をも大丈夫だと信じさせるために笑う。


更紗さらさ

 堅く握りしめられた更紗さらさの拳に、そっと触れる。絹蘭けんらんの手は温かかった。

「わたくし……わたくし…………」


 何かを言いたげに絹蘭けんらんは繰り返す。でも何を言ったところでどうにもならないのだと、お互いに痛いくらいにわかっていた。


 絹蘭けんらんの妊娠はまぎれもない事実。純潔は星詠み姫の条件のひとつだ。よって絹蘭けんらんは星詠み姫の条件から外れてしまった。この事実を王宮に報告したとしたら、一体どうなってしまうのだろう。


「あなたのために祈っています。今のわたくしには、それしかできない」

 璃家りけの少女が、次代の星詠み姫に選ばれれば。周囲に偽物だとばれずに十日間が過ごせれば。


 ……わたしは、元の生活に戻れる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ