56.赤い薔薇と冷ややかな笑み 後編
〜赤い薔薇と冷ややかな笑み2〜
「ビショップがアリスを連れていたからと言い訳させていただきます。
確かに拙者は刀を抜きました。けれど、今はそんなことを言っている場合ではないのは、貴殿ほどの人物ならお気づきでしょう」
確かに、とキングは心中で思う。
争いはよくないことくらい分かる。だが、いわばこれは各々の志、意志のぶつかりあいなのだ。
引くに引けないのだろう。
「・・・あの」
そのとき、黙っていたアリスが口を開いた。
眼は、まっすぐにキングを見つめて。
「みんなに、言おうと思っていたことがあるの」
アリスはずっと思っていた。
守られ、大切にされるのを拒もうと。
なぜなら、守られ大切にされればされるほど、誰かに迷惑をかけることになるから。
アリスはそう思い、ひとりで何とかしようと考えていた。
そうすれば、迷惑は誰にもかからない。
だから、アリスは皆を拒んでいた。
仲間だなんだと言いつつも、心の奥底では、それを拒否していた。
けれどそれは違うのだ。
そのことを、教えてくれたのは、アリスが拒んでいた皆だった。
「私、以前クイーンの声が聞こえたの。クイーンの心の声がね」
「姉上の、心の声・・・・?」
「えぇ。助けてって言っていたわ。私を、黒魔術から救ってほしいって」
「―――黒魔術は一度捕らわれてしまえば、自分から抜け出すのは難しい。
それに力を操りきれなければ、己の心の闇を増幅させてしまう」
今まで傍観していたビショップがつぶやくように言った。
クイーンの今の姿は、力に捕らわれてしまった典型的な“魔女”だ。
「だから、私はクイーンを救いたいの。キング、あなたの姉を助けたいの」
「どうして、そこまで・・・・?」
キングは疑問を口にする。
こう言えば何だが、クイーンはアリスに対しひどい仕打ちをしてきた。
なのになぜ、アリスは救いたいと思っていられるのだろうかと、そう思ってしまう。
「・・・クイーンと私は似てるわ。自分一人で全部を背負いこもうとするところがね。
クイーンは自分ですべてを背負い込みすぎて、ああなってしまった・・・」
アリスは、クイーンの姿を思い出しながら言葉を紡ぐ。
誰にも弱みを吐くことのできないクイーンと、誰にも弱みを見せることのできないアリス。
この二人は、性格は違えど、根本はよく似ているのだ。
「私も、このままだとクイーンにようになっていたかもしれないわ」
このまま一人で生き続けていたら、心が壊れていたかもしれない。
「馬鹿な話だけど、今回、スペードに言われて初めて気付いた。
私は一人じゃなかったって。私は、人に救われながら生きてたんだって。
私には支えてくれる人たちがいたのよ。私の知らないところで、私を支えてくれてた人たちが」
だからこそ、アリスは今までまっすぐに生きてこられた。
ハンプティーという幼馴染や、自分を慕ってくれていた人々がいたから。
クイーンにもキングやルークみたいに自分を支えてくれる人々がいたが、
彼らの存在に気付く前に、精神が黒魔術に侵されてしまったのだ。
「一人じゃない幸せに、私は気付けた。ならばクイーンも気付けるはず。
・・・私は皆に救われた。だったら、今度は私が皆を、救う番よ。
クイーンを救いたい理由なんてない。
ただ、苦しんできたあの人を、救いたいっていうだけ」
誰かが苦しむ。
その誰かが苦しみから逃れたいと思っているのなら、
救ってあげるのが、人の持つ愛情だ。
「私はクイーンを救いたい。でもそれは、私ひとりじゃかなわない。
だから皆、お願い。クイーンを、苦しみから救いましょう。
皆が皆、誰かに救われたみたいに」
返事はない。が、それぞれの表情ははっきりと、肯定を表していた。
クイーンは、部屋で赤い薔薇を弄んでいた。
その香りに、酔うように、うっとりとした目で笑む。
「もうすぐだ。もうすぐ、アリスが消える・・・・」
嬉しそうに赤い薔薇に口づける。
自身の唇にひかれた紅は、薔薇のように鮮やかで、血のように紅い。
「キング・・・私のいとおしい弟・・・。ずっとずっと、永遠に、お前は私のものだ」
部屋の前まで近づいてきた足音に、クイーンは笑みを深くした。
ゆっくりと立ち上がり、手に持っていた薔薇を地面に落とす。
そして、グシャリと、薔薇を踏みつぶした。
「アリス・・・来るがよい。お前との遊びも、もう終結だ・・・」
薔薇が、散った。
えーと・・・五か月も更新してなくて本当にすみませんでした。
気付けばもう十二月です。
お待ちしてくださった皆様、なんとか涼村は生きてますよー。
とりあえず、完結だけは絶対させますので、
どうか気長にお待ちください。
とりあえず、頑張っていきます。