55.赤い薔薇と冷ややかな笑み 前編
〜赤い薔薇と冷ややかな笑み1〜
キングは目の前に立つ、ここにいないはずの人物を見て瞠目した。
さっきまで黒髪黒眼だったはずの人物が一瞬で姿を変えたことも、
声の質が違うことも、すべて驚きの対象だった。
「・・・スペード王、か。黄昏の国の王が何の用だ?
だいたい、家臣たちは何も言わなかったのか?貴殿が単身でこの国に来ることを」
キングは努めて驚きを顔に出さないようにしないようにし、静かに問う。
スペードはぐっと唇を噛んでから
「家臣は、欺いてきた。国のことは、優秀な妹に任せてある」
と言った。
その言葉を聞いて、キングは思った。
スペードもキングも、好き好んで「王」なる存在になった訳でないと。
立場は似ている。しかし、同時に立場は真逆。
似ているようで、似ていない。同じようで同じじゃない。
「キング、あなたがアリスに刃を向けるというのなら、僕はあなたを倒す」
スペードは鎌を構え、キングを睨むように見る。
キングはスペードを見返した。
「やってみろ」
見下されたその言葉にスペードは殺気を張り詰める。
キングにもスペードにも隙がない。
アリスは固唾を飲んだ。
先に動いたのは、キングだ。
「氷刃ッ」
「!」
また氷の刃が襲う。
スペードはそれをかわす。
アリスは何もせず、否、何もできず、ただ2人を見る。
それでも、止めなければとアリスが一歩足を出した。
が、その瞬間。
ゾクリとした空気が、耳元を駆けるのをアリスは感じた。
禍々しい、いやな感じ。
その禍々しさのする方を、アリスは振り向いた。
「ク、イーン・・・」
背筋の凍るような冷笑。
口紅で赤く彩られた口元。
冷やかな目線。
『み・つ・け・た』
クイーンは、声こそは出していないものの、確実にそう言いながら、髪飾りに使っていた赤い薔薇を手で握りつぶした。
その行為に、アリスは狂気を感じ、体を震わせた。
キングとスペードが争っている、こんな状況で。
一番会いたくなかった人物に会ってしまった。
アリスは唇をかむ。
胸に煌く蒼色のペンダントをしかりと握って、恐怖で震える体をおさえつけた。
「アリス・・・?」
動かないアリスを不思議に思ったのか、キングもスペードも動きを止めた。
アリスの視線をたどったそこにいる人物に、2人は目を見開いた。
「姉上・・・っ」
「女皇っ!?なぜここに・・・」
クイーンはなにも言わず、笑みを浮かべたまま、廊下の奥に消えた。
「姉上っ!待っ・・・―――」
クイーンを追おうと、アリスたちは足を踏み出す。
だが、それは2人の男に止められた。
「動くな、スペード・・・そしてアリス」
「キングも、と言った所か。無闇に突っ込んでは、相手の思う壺であるぞ」
「クローバー・・・それにビショップ!よかった、無事だったのね」
アリスは軽傷の2人を見て、思わず安堵の声を出す。
アリスにとって、2人は互いに自分を助けてくれた存在だ。
どちらかが動けなるまでの怪我をしていなくて、純粋に喜んだ。
「おかげさまでな・・・無傷とは言わないが。まぁ、それより」
と、クローバーは視線をスペードに移す。
スペードはクローバーの視線に気付いたのか、肩をすくめた。
「クローバー・・・君に迷惑をかけたことはすまないとは思うけど、正直、後悔はしてないよ」
クローバーはスペードの言葉に溜息をついた。
しかしそれは、気苦労、絶望、呆れといった感情ではなく、言うならば、大きな吐息のようなもだった。
「とにかく、説教は帰ってからゆっくりさせてもらう。先に、2人に言いたいことがある。もう、争いはよせ」
キングとスペードを見て、クローバーは言う。
争っても、なんにもならない。
国のトップに立つ者として、争うより前にすべきことがある。
「口がなっていないな、異国の者。
それに・・・部外者は黙っていてもらいたいのだが?これは俺と姉の問題だ」
キングが見下すように言うと、クローバーはあきらめた様子で、静々と頭を垂れた。
「それは失礼いたしました。某は黄昏の国の王の近衛にございます。
このたびは、とんでもない無礼を働き、申し訳ございません。
しかし、アリスや国民を巻き込んでいる時点で、もう貴殿と姉君の問題ではないかと思われます。
このまま闘っても、埒はあきませぬし、良い事などひとつもありません。どうかその刃、お収めいただきたく・・・」
スペードは久々に聞いたその口調に目を細める。
クローバーが自分のことを「某」というのもなかなか珍しかった。
出会ったころは、スペードに対してもこの口調だったのだが、慣れるうちに素になっていった。
そのことを思い出し、スペードはこんな状況ながら、フッと笑みをこぼした。
「なぜ、良い事はひとつもないと?」
「、破壊は無を生み出します故」
「無から生み出される有だってあるだろうに。
それに貴兄とて、この国に来て一度もその刀を抜かなかったわけではあるまい?」
キングにそう指摘され、クローバーはぐっと喉を詰まらせた。
もともと、クローバーはこのような口上の争いは得意でない。
ダイヤの方が、こういうのは向いている。
そもそも城内で別れたのだが、ダイヤたちはいったい何をやっているのだ?と
クローバーは苛々をまったく関係ないところにぶつける。
ハラハラしながら見守っているアリスとスペード、
ほくそ笑んでいるビショップ、冷やかに自分を見下げるキングの視線を感じながら、クローバーはその口を開いた。
全然更新してなくってほんとすみません!
新生活でかなり忙しくなってしまいました。
空いた時間を見つけてはなんとか更新していきたいと思っております。
いろいろがんばります。