54.炎の魔力と女皇の傀儡
〜炎の魔力と女皇の傀儡〜
去れと言われた。殺すかもしれない、と言われた。
けれどアリスは去るつもりも、殺されるつもりもない。
クイーンを止めに来たのだ。
「去るつもりはない、か」
動く様子がないアリスを見てキングは呟く。
キングはこの時、アリスが去ってくれたらどんなに良いだろう、と考えた。
愛しい人に刃を向けることはとても辛い。
けれど、姉にアリスたちが刃を向けることはもっと辛い。たった一人の肉親なのだ。
姉を狂わせたのは自分で、今この騒ぎを起こしているのは姉。
随分勝手な言い分だとは思う。
だけれど、自分では姉を止められない。
かといって、アリスでは姉に殺されるかもしれない。
それだけは絶対に嫌だ。
そうなれば、道は一つ。
アリスを国に帰して、自分が姉の傀儡になることしか、ない。
「アリス、俺の後ろに」
ジョーカーがアリスを庇うように、アリスとキングの間に割って入る。
それを見て、キングの胸が締め付けられるようにキリリと痛んだ。
浅ましい嫉妬だとキング自身分かっている。
アリスを今脅かしているのは自分なのに、アリスをそんな不安そうな顔にさせることが憎たらしい。
不安そうなアリスを守れる、隣の男が恨めしい。
赤子のような独占欲と我侭。
自己嫌悪で、吐き気がする。
だがそれも、自分自身のせいだ。
キングは渦巻く感情を抑えながら、右手を前に突き出すと、静かに詠唱を始めた。
「氷に属する全ての粒子よ。創主を屠った我に従え」
氷の粒子がキングの右手に急速に収束される。
やがてその氷の粒子は形とっていく。
「氷刃」
三日月刀へと形を変えた氷を持ち、キングは斬りかかる。
氷は炎に弱い。だから炎の魔法を使い、対抗すればいいのだが、今のジョーカーにはそれができない。
何故なら、氷を炎で溶かせば水ができてしまうからだ。
一般人にはなんてこと無いただの水だが、ジョーカーにとっては、一滴の水でさえも弱点となる。
それに、水を被れば包括が解け、スペードの姿があらわになってしまう。
それは避けたいことなのだ。
「ジョーカー退いてッ」
キングが斬りかかっているにも関わらず突っ立っているジョーカーの前に出て、アリスは氷刃を受け止めた。
だが、受け止めたトンファーが氷刃の影響でピキピキと凍っている。
このままではトンファーを持っているアリスでさえと察したのか、アリスは氷の刃を弾いて、後ろへ体を引いた。
鈍い音をたて、氷刃が地面に振り下ろされる。
そしてアリスのトンファーと同じように地面が少しずつ凍っていく。
氷刃に触れたものはいかなるものであろうと凍らせる。
持っている術者は例外として。
「チッ・・・厄介だな」
ジョーカーは舌打ちして、氷刃を避ける。
水が当たらないように避ければいいかもしれないが、
万が一、水滴がかかったとしたら・・・そう考えるとジョーカーは行動に移せない。
けれど、相手のキングは本気だ。
本気で、自分たちと戦っている。
もしかしたら、このままアリスも、スペードも討たれる可能性がある。
ならば、とジョーカーは決意したように鎌を握り締めた。
それから、心の中で、スペードに呼びかける。
・・・スペードは、ジョーカーの呼びかけに応じた。
「やってくれ」と。
「下がってくれ、アリス」
ジョーカーはアリスにそういうと、キングに向かい手をかざす。
とてつもなく高い魔力を持った者は詠唱なしに魔法が使える。
そう、ジョーカーは炎を司るモノ。
炎系魔力は計り知れない。
炎の粒子がジョーカーの手に集う。
「何・・・!?」
キングの氷刃に向かって、それは炎の渦を作る。
渦は、瞬く間にキングの氷刃を溶かした。
と同時に、溶かされた氷の雫が、ジョーカーの手を掠める。
「ジョーカー!水が・・・っ」
「あぁ、そうだな」
ジョーカーはなんとも無いというように頭をふると、ふ、と小さく笑んだ。
『スペード、頑張れよ』と心の中で言うと、目を閉じた。
やがて。
色が落ちていくように。色がはげていくように。
火のピエロが、黄金の獅子へ。
漆黒の髪は、黄昏の色をした金髪に。
黒曜石のような黒い瞳は、燃えるような火色の瞳に。
「っ!?」
「キング・・・僕は、君を倒す」
黄昏の王が、そこに立っていた。