53.騎士の剣と式神術
〜騎士の剣と式神術〜
速やかしい。風の切る音がした。
時計兎の肩をルークの剣がかすめ、ルークの頬を時計兎の鞭がかすめる。
ルークの頬を、僅かな血が伝った。
ルークも時計兎も、戦いのスタイルはスピード重視だ。
音速とされるルークの剣技は男顔負けだ。
隙のない、その速さ。
一方時計兎は、鞭という扱いにくい武器を使っているに関わらず、完璧に使いこなしている。
鞭のように、長く、リーチがある分隙が生じやすい武器は相当の技量を持った手練でないと使えない。
つまり、鞭の隙を補うためには、使用者の的確な腕と素早さが必要になる。
それを時計兎は兼ね備えているということだ。
「中々やるな」
そう呟き、走りこむルーク。
キラリと光る振り上げられた銀の刃。
ぞっとするほどの、刃物の輝き。
速い。ルークのスピードが、また上がった。
時計兎はかろうじて剣を避ける。
が、続けざまに右、左とルークの攻めの手は止むことがない。
振りかぶり上、右、踏み込んで左、再び上、右、右・・・
光る銀の流線と規則正しいリズム。基礎のなった攻撃。
これだけ同じリズムで同じ型を打ち続けるには相当な鍛錬が必要だ。
それも全て、幼い頃からルークが培ったもの。
「くっ・・・」
眉間に皺をよせる時計兎とは対称に、ルークは表情を変えず時計兎を追う。
一見すれば、ルークの優勢。
しかし、そうでもない。
時計兎はルークの攻撃を読んできている。
基礎のなった技だからこそ、次の一手も大体だが予想がつく。
そう、ルークの攻撃は一向に止まないが、決定打にも至らない。
しかも時計兎の対応も段々と変わってきている。
鞭をしっかり握り、ルークが剣を振り下ろすより前に避けているのだ。
やがて時計兎は何かが閃いた、というかのように時計兎の表情も変化していく。
ルークが下から上に斬りあげたその時。
わずかな隙ができたのを時計兎は見逃さない。
体をやや右向きに保ちながら重心を安定させ、時計兎は鞭を持った右手をスイングさせた。
すると、鞭は意志を持っているかのように真っ直ぐルークの手元に向かう。
柄にからみつくと、そのまま時計兎は右手を引く。
ルークの剣が、不思議なまでにするりと手から離れる。
一瞬のせめぎあい。
そして、銀の刃が、宙を舞った。
「あっ・・・」
剣は鈍い音をたて地に落ちる。
息をつく暇もない、攻防。
そして鞭は、今度は強くルークの鞭をたたく。
背中を走る痛みにルークは顔をゆがめると、そのまま地に膝をついた。
「さて」
息をついた時計兎。
長いようで短くて、短いようで長い戦いだった。
「これで終わりですね。あなたは地面に膝をついた。もう戦わないでしょう」
時計兎は鞭を手に巻きつけ回収すると、地に落ちていた剣を拾い、ルークに差し出した。
「どうぞ」
「っ!・・・どういうつもり?」
あまりに自然に差し出された剣。
ルークは思わずそれを受け取ってしまいそうだったが、敵から渡された剣をとるのを躊躇する。
「どういうつもりといわれましても、ね。別に深い意味はありませんよ。
ただ、試合相手に敬意をこめて握手をするのと同じようなものです」
殺し合いをするためにここに来たわけじゃないですから、と言葉を付け加え、時計兎はルークに剣を渡す。
「剣というのは騎士の魂なんでしょう?ま、私は鞭ですし、騎士でなく武官ですからよく分かりませんが」
ルークは信じられないというように、目を瞬かせる。
そして、自分の手の中にある剣をみて、素直に礼を言いたくなった。
――この剣は尊敬する父から貰ったもの。
名のある名家から生まれた自分。父が王直属の騎士で、ずっと憧れていた。
最初は父も自分がおしとやかなお嬢様になることを望んでいた。
しかし自分は父と同じ騎士になると強く訴え、毎日訓練した。
その姿を見て、当初は遊び半分じゃできる仕事でないと反対していた父も、
自分が本気だと認めてくれるようになった。
父が引退した日、父から譲り受けた剣である。
「では、大人しくしておいてくださいね。ま、あなたは後ろから人を襲うような人ではないでしょうが」
そう言い、時計兎がルークに背を向けたとき。
どこから来たのか白い猫がその場に現れた。
「猫・・・!?」
驚く暇もなく、猫は煙につつまれ姿を消した。
その場に残っていたのは白い紙。
時計兎は警戒しつつ、その白い紙を手でつまむ。
だが、その紙は少し文字のかかれた何の変哲もないただの紙だ。
いや、ただの紙でなく、式紙ではあるのだが。
先ほどの白い猫は、と事情を知るルークは目を見開く。
白い猫はビショップの式神だ。その式神はルークの元にきた。
ということは、キング、もしくはクイーンに何かがあったということ。
ほんの少しだがキングは式術が使える。
ビショップから少しながら習っていたからだ。
そこで、キングは式術のなかのい式神術に目をつけ、こう言った。
「ルークとナイトが無きとき、自分と姉に何かあればビショップに自分の指揮を遣わせる」と。
要するに、キングかクイーンに何かがあったときは、
キングはビショップに式神を遣わせ、ビショップに何かがあったと知らせる。
そしてそれを受けたビショップが、ナイトとルークに式神を遣わせ、それを知らせるという仕組みだ。
キング式術を使えるといってもまだ未熟。
式神を創るのにも力が要る。
ビショップのように複数式神を創ることはできない。
つまり、1つしか式神ができない。
ナイトかルーク、どちらか一方に知らせても、ナイトとルークが一緒にいるとは限らないし、
もしキングとクイーンどちらにも危険等が迫っていれば、どちらか一方だけ呼んでも意味が無い。
故に、まずビショップに知らせる。
そういう風になっているのだ。
その式神が、ルークの元へ来た。
おそらく今頃ナイトのところにも式神がいっていることであろう。
・・・式神がきたということは、敬愛するクイーン、もしくはキングに何かあったということだ。
ルークは痛む背中のことも忘れ、駆け出す。
クイーンの身、ただそれだけを案じて。
時計兎も、自分を抜かしてまで走ったルークを不審に思い、後を追った。
今回のマメ知識です。
式神は使う人によって形が違います。
色は全部白に統一されていますが。
キングは狼、ビショップは猫の形になります。
ちなみにクローバーは鳥です。
しかしクローバーは式術を使うのが苦手なので
滅多にでてこないと思います。