49.嬉し涙と女王の誘い
〜嬉し涙と女王の誘い〜
冷たい雨が、スペードに落ちる。
そうしているときは、全て、苦しいことも悲しいことも忘れられる気がした。
「駄目なんて・・・そんな」
「じゃあ頼って欲しい。誰もみな1人で生きている人間なんていないから。
人から幸せや喜びを分けてもらって、生きてる。アリスだって、1人じゃない」
アリスは1人で、片意地張って生きていた。
弱みを見せることは、母らしくも父らしくもないと思っていたからだ。
だから誰にも弱みを見せなかった。
「アリスは、アリス自身が思っている以上に、たくさんの人に愛されている」
それは、恋愛的な意味であっても、友情的な意味であっても。
大切に、想われている。
今度はアリスの目を見て、スペードは諭すようにアリスの頬に触れた。
「アリス・・・どう?」
スペードは頼ってほしいと言った。
アリスは少しも自分が背負った荷を分けてくれない。
それがたまらなくもどかしい。
スペードだけじゃなく、皆そう思っているはずだ。
「えぇ・・・ごめん、なさい」
「謝るほどのことじゃないよ」
「・・・・ありがとう」
「お礼を言うほどのことでもないよ。これは、僕の我侭なのだし」
そうして、ふんわりと微笑んだ。
頼ることも弱みを見せることも、悪いことじゃない。
むしろ、1人で抱えて1人で苦しむことのほうが、よっぽど苦しいのだ。
「そうだアリス」
アリスは何?という意味合いを込めて首を傾げる。
スペードがどこか子供のような笑みを見せていた。
「ハートが」
あれだけアリスのことを嫌っていた女王。
「アリスがもし無事に帰ってこれたら」
アリスがいくら望んでも、決してアリスと仲良くしようとはしなかった。
「一緒にお茶会しよう、ってさ」
けれど、もう。
アリスはハッとして、スペードを見た。
本当のことだという意味で頷くスペード。
アリスは女友達がいない。いたとしても極端に年下や、ごく僅かだ。
アリスが武官になるための鍛錬を積み重ねている間、女の子達はお洒落や恋に夢中になっていた。
ハートもそうだ。
ハンプティーに恋をして、好かれるためにお洒落をした。
だがハートがいくら自分を美しくなるよう磨いても、ハンプティーはアリスが好きだった。
だからこそ、ハートはアリスが嫌いだった。
挙句の果てには、政略結婚として嫁ぐはずのキングにも、アリスが好きだからと断られた。
アリス自身、ハートに嫌われていることはよく分かっている。
もう、和解するのは無理ではないかとさえ思えた。
だけど、お茶会を一緒にしようという誘いは
「友達、って思っていいのかしら」
「うん。・・・いいと思うよ」
ハートはもうアリスを妬み、嫌っていないから。
自分がアリスにした仕打ちを悔やんでいる。
スペードの言葉にアリスは手で顔を覆う。
すこし、嬉し涙がでてしまったのを隠すかのように。
やっとあの不毛なサイクルから抜け出せそうな気がしてたまらなかった。
『それでアリスは今からどうするつもりなんだ?まさかこのまま黄昏の国に帰るわけじゃないんだろうが』
指輪から発したジョーカーの声にアリスは頷く。
そして真っ直ぐ空を仰ぎ見る。
雨は先ほどよりもゆるやかになっていてあと数十分もしたらやみそうだ。
「私、人に頼ることはいけないと思ってた」
“リデル”だったときも、誰にも頼らずに1人だけでなんとかしようと足掻いていた。
その結果、こんな大事になってしまった。
「だけど頼ることは悪いことじゃないのね。それを気付かせてくれて、ありがとう。
・・・今から私はクイーンのところに行くつもりよ。だから、着て欲しいの。クイーンを止めたい、から」
「あぁ、もちろんだよ」
クイーンを止めに。
クイーンを救いに。
「行こう。全てを終わらせに」