47.黒魔術と女皇の本心
〜黒魔術と女皇の本心〜
「あなた、何者?」
アリスはジョーカーに尋ねる。だが、ジョーカーは無言で走る。
さっきからこんな調子だ。
「どこへ連れて行くつもりなの?」
「・・・・・・」
何がしたいのか分からない。
流石にアリスも焦りを感じ、手を振り解こうとした。
でも、ジョーカーは手を放そうとはしてくれない。
この華奢な手のどこにそんな力があるのだろう。
「あの、ジョーカーさ「姦しいな。俺はお前を黄昏の国に送り返すだけだ。少し黙っていてくれ」
その言葉にムッとして、アリスは目の前の男を睨む。
姦しい、黙っていろ?それだけじゃない。黄昏の国に連れてかれる、なんて。冗談じゃない。
アリスはここでせねばならないことがある。
「離して!私はここでしなきゃならないことがあるの」
「そうかもしれないが、戻れ」
アリスはその言葉に焦燥し。逃げようとした。
その時だ。
「っ!!アリス=リデル!!逃げろ。この先は、拙い。後ろに走れ」
そうジョーカーに言われた。
でも、こんな奴に言うことなんて信用できない。
会ったばかりなのに。
「早く逃げろ!」
声を荒げるジョーカーにアリスは反抗する。
「貴方は人に指図してばかりじゃない。
さっき会ったような人間、そこまで信用できるとでも?」
「そんなこと言ってる場合じゃない。さもないと・・・―――」
「さもないと、どうなる?」
突然現れた声。
嫌な予感が体中を駆け巡る。
アリスは汗を流しながら、ゆっくりと振り返った。
紅く彩られた唇。長い睫毛。白いドレスを着こなした、その人物。
「アリス」
名を呼ばれただけで、こんなに嫌な汗が流れたのは初めてだ。
アリスは横にいるジョーカーを盗み見すると、苦虫を噛んだかのような表情をしていた。
ジョーカーは本当にアリスのことを助けようとして、逃げろと言った。
だが、アリスにとって逃げなくて正解だったのかもしれない。
アリスは今、目の前にいるこの人物の元に行こうとしていたのだから。
「良くも、まぁ。あの牢獄から逃げ果せれたものだ」
にこり。と笑んでいる。だが、それは怖い。
つぅっと汗が伝った。
会わなければ、と思っていたのに実際会うと恐ろしい。
けれど、アリスはちゃんとクイーンの双眸を見つめた。
本質を、見極めるように。
「クイーン・・・兵士を動かしたのは、貴方?」
内心確信を持ちつつも、アリスはクイーンに問うた。
クイーンは悪びれる様子なく、右手をひらひらと振った。
「そうだ。まぁ、あまり役には立たなかったようだがな」
言い捨てるような物言いに、アリスは沸々と怒りが沸いてくるのを抑え切れなかった。
「何言ってるのよクイーン!・・・・自分の都合で人を操っていいとでも思っているの?
人を操って何かあったときの責任なんてあなたにとれるの?
クイーンのしてることは、人の命を弄ぶってことなのに・・・分かっているの!?」
人のイノチを弄ぶ。アリスは何より心を痛めた。
国のトップにたつものは、人の命を手のひらに乗せているのと同様だ。
自分の命一つで、生命を投げ出す人もいる。
アリスだって、国を護るためならばそうする。
けれどそれを望まない人間を無理やり操って命を投げ出させるなんていけないことだ。
それを分かっていながらすることは、もっとタチが悪い。
だが、クイーンはアリスに対し、くっと口元に弧を描く。
「何を馬鹿な・・・私は女皇だ。民草など、私のために命を投げ出して当然」
アリスは愕然とする。
込み上げる怒りで心がいっぱいになる。
「そんなことっ「アリス下がれ!」
アリスはクイーンに向かって足を進めようとする。
だが、それはかなわずジョーカーに引っ張られた。
アリスをかばうように抱きしめるジョーカーの背中ごしに、アリスは見た。
クイーンの手から赤と黒の混じった色をした炎が発しているのを。
黒い靄がクイーンの周りを囲うようにして渦巻いていた。
これが、黒魔術。
近寄っただけで足が竦みそうになる。
炎で熱いはずなのに背中は凍るように冷たい。
冷気が、アリスのすぐ横を通り過ぎた。
アリスは目を見開いて、その炎を凝視する。 動けない。
「アリスっ」
ジョーカーが苦しそうに呻いた。
炎による外傷はないようだが、炎とともに吐き出すようにでたあの黒い靄に苦しんでいる。
靄に包まれながら、アリスは思う。
この靄は、クイーンの苦しみ、痛み、怒り、妬み、憎しみ。
そして身を引き裂かれるほのどの悲しみ。
―――助けて。
この、救いを求める声、は。
「クイーン、の・・・本心・・・・・」
朦朧とする意識の中。
ジョーカーは意識を失ったアリスを横抱きにしながら、何とか靄から抜け出す。
そして、気付いた。
アリスの頬に伝う、一筋の涙に。