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44.1つの事実と多くの真実

 〜1つの事実と多くの真実〜


真実は、多くある。そして事実はたった一つだけだ。

人の信じた事の数だけ真実はある。だが事実は実際に起こったこと・・・つまり1つだけ。


アリスは大勢の人間から「真実」を聞かされた。

でも、今は目の前のリデルから「事実」を聞かされている。


「私の、記憶?・・それって・・・・、」


アリスの言葉にリデルは頷きながら言う。


「アリスの記憶がり固まったもの。それが、私よ。

 だから目を閉じると、アリスの小さいころから体験していたことがよみがえるわ」


だから、とリデル言葉をつむぐ。


「アリスは私で、私はアリスなの」


アリスがリデルの顔をどこかで見たことがあって当たり前だ。

なぜなら自分自身なのだから。


「でもそれだとおかしいわよ!」


「何で?」


声を荒げたアリスに対し、リデルは静かに問うた。

アリスも一度心を落ち着けてからリデルに答える。


「リデルが私の記憶というのはおかしいのよ・・・だって、帽子屋と戦ったときや兇手に襲われたときに

 私の記憶、一部だけど戻ったの。リデルが記憶って言うんなら、その一部の記憶は何?」


「・・・それは、言い方を悪くすれば残りかすね。一部だけ記憶がアリスの身体に残ったのよ。

 ほら、見て?現に私の方がアリスより少し幼いでしょう?それは所々の記憶が抜けているから」


これで説明は終わり、とリデルは言った。

アリスも他に聞きたい事も無いから黙る。


「じゃあ、アリス。あなたに私を・・・いえ、あなたの記憶を戻しましょう」


リデルがあまりに淡々というので、アリスは少し驚く。

アリスの記憶が戻る。すなわちリデルがアリスに戻ると言うこと。


でもそうなれば、リデルはどうなる?

リデルという存在は一体どうなる?


「消えるわ。全て。私と関わった全ての人の記憶から消滅する。だって、私は所詮、記憶だもの」


「え・・・!?そんな・・・・のって・・・」


自嘲気味に笑うリデル。

アリスは、どうしてリデルがそんな風に自らを嘲るのが分からない。理解などできやしなかった。


「私は人じゃない。人から忘れられていく記憶よ」


確かに、人は記憶を忘れる。どんな形であれ、忘れさる。

人間は様々な記憶を持ち、どんどん新しい記憶を手に入れる。だから、当然忘れられていく記憶もある。

それは否めないのだ。


「でも、だからって、人の記憶からも消えるなんて、そんな。おかしいわ、そんなの」


人から忘れられ、存在がなかったことにされてしまう。

それが例え記憶であろうと、そんなこと悲しいじゃないか。あまりにも、つらすぎるじゃないか。


「だったら、私は今までの記憶はいらないし、リデルが人じゃなくてかまわないから。

 だから、お願い。存在が消えるなんてこと、止めて」


アリスはすがるように懇願した。けれどリデルは頭を横に振る。

その顔には、慈愛に満ちた、優しい微笑みが浮かんでいた。


「ありがとう、アリス。でも、もういいのよ。あなたの記憶は大切だわ。1つ1つがかけがえのないもの。

 それをあなたから奪うなんて、私にはできない。大丈夫。私は消えるけれど、あなたは覚えておいて。

 私が視たリデルとしての記憶はちゃんと残る。残って、アリスの以前の記憶と共にアリスに渡される。

 私は死ぬわけじゃない。あなたがおぼえていてくれるなら」


アリスは小さく頷いて、言った。


「忘れないわ。決して」


それを聞いて、ふわりとリデルは微笑み、アリスに近付く。

リデルはアリスの頬に両手で触れ、顔を近づけた。

鼻先とおでこがぶつかり合う。アリスは静かにまぶたを閉じた。

刹那にリデルから淡い光が発した。


記憶の、濁流。

一気に押し寄せて映像のように流れる記憶。

幼少期から現在まで。素早く、鮮明に。しっかり、くっきり、はっきりと。

頭がパンクしそうで、でも頭はその記憶をちゃんと受け入れている。


リデルの姿がおぼろげに、霧のようにかすんだとき、アリスは確かに聞いたのだ。

―――「アリス、赤い箱を開けてみて」と。


たった独りきりになってしまったアリスは、言われた通り

部屋の片隅にポツンと置いてあった赤い箱に近付き、ふたを開ける。


そこには真新しいトンファーに、白い紙。水色のエプロンドレスに、右端にリボンのついたカチューシャ。

そして、アリスの目と同じ色、蒼い涙型のペンダントが納まっていた。


アリスはエプロンドレスの上に置いてある2つ折りにされた紙を開く。

そこに書いてあったのは、「ありがとう。ずっと友達よ」というわずか13字の文章だった。


知らず知らずのうち、アリスの瞳から涙が溢れていた。

そのとき、アリスは心の底から感じていた。


リデルが消えた、いや、最初から存在しなかった存在。だが違う。

リデルはアリスじゃない。アリス=リデルの記憶じゃない。

リデルという名のアリスの友達。リデルは生きていた。リデルは確かにた。


アリスはすっと涙をぬぐうと、髪をまとめていたゴムを外し上を見た。

その瞬間、アリスは『黄昏の国のアリス』となった。

リデルという記憶を身体に秘め、メイド服のリボンを外す。


―――もう、寂しくないよ。もう怖くなんかないよ。

だって独りじゃないから。リデルという友達が傍にいるから。

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