36.茨の牢獄と断罪の場 後編
〜茨の牢獄と断罪の場2〜
「あなたは・・・・確か、ビショップ・・・?」
「あぁ。王の補佐、ビショップで合っている」
ビショップはアリスに附けられた鎖と足枷を見て、痛々しそうな表情をした。
何も自分がされている訳でもないというのに。
やがてビショップはその場にしゃがみこみ、アリスと目線を合わせる。
「アリス嬢。此処から逃げ出したいと思われるか?」
「えっ?」
アリスは自分の耳を疑った。
反響の国側、つまりクイーン側の人間なのに、何故アリスにこんなことを訊くのか、と。
「で、どうなのだ?」
「それは・・・・逃げたい・・・けれど」
不審に思いつつそう答えると、ビショップは「そうであろうな」とだけ呟き、
自身の懐を弄った。
「あの、何を?」
「心配はせずとも良い。拙僧は今はアリス嬢の味方、と言った所であるからな」
ビショップは何を企んでいるのだろう。
今「は」味方という言葉。どこか胡散臭さがある。
「さっきの言葉・・・今はってどういうことなの?」
「拙僧は本来、反響の国の補佐官。しかしながらクイーンのやり方には賛同しかねる」
その返答に、アリスは心がざわついていくのが良く判った。
苛立ちともいえる感情が心を巣食う。キッと鉄格子ごしにビショップを睨む。
心が苛つく。自分がこんな目にあっているのは反響の国のせいだ。
「だったら・・・・だったらどうして私をこの国に連れてきたのよ!!」
八つ当たりということは分かる。けれど口が止まらない。言葉が止まらない。
アリスの目の前の世界が滲む。涙がまた溢れてきたのだ。
ポタリ、と涙の雫がアリスのドレスに落ちた。
「どうして・・・・よぉ・・・」
堰を切ったかのように涙が止まらない。
やっぱり、一度泣いてしまうと涙腺が緩み続けるものだ。
アリスは幼馴染にも誰にも見せたことのない涙を、敵国のビショップに見せた。
ビショップはというと何も言わずじぃっとアリスを見る。
だがやがて、鉄格子の隙間から手を伸ばし、アリスの頭を撫でた。
アリスはビクリと一瞬体を震わせ、顔をビショップに向ける。
「・・・・拙僧、は」
ボソリと囁くように小さな声で、ビショップは言葉を続けた。
「拙僧は王の補佐だ。連れてきて欲しい、そう申したのはキングだ。
けれど此処にアリス嬢を閉じ込めたのはクイーン。だからこそ今は、アリス嬢を救う」
確かに「王」の補佐のビショップは、「女皇」の命令を聞く義務は無い。
だからこそ、アリスを助けようとしている。
ビショップの撫でる手は、とても温かく、優しかった。
余計に涙が止まらなくなる。
「今くらいしか泣くときが無かろう?故に、泣きたいだけ泣くが良い。拙僧は何も言いはしない。
泣き止んだら、もうアリス嬢は『黄昏の国のアリス』に成っているのであろうしな」
アリスはただ、泣き続けた。涙を止める術なんて、もう分からなかった。
ようやくアリスは泣き止んだ。
どのくらい泣き続けたのだろう。目も腫れているのかもしれない。
そうアリスが考えていると、ガチャリがして牢が開いた。
ビショップが懐にしのばせていた牢の鍵で開いたのだ。
「アリス嬢。動かないで呉れ願う」
ビショップに言われた通り大人しくしていると、今度は二枚の紙を取り出した。
その紙にはすでに何か文字が書かれている。しかし達筆で何と書かれているのか
よく分からない。これが式の発動に不可欠な式紙だということは言うまでもない。
アリスが不思議に思っていると、ビショップはその呪字が書かれた
式紙の一枚をアリスの手の鎖に、もう一枚はアリスの足枷の所に置く。
「オン バザラ アラタンノウ オン タラク ソワカ。
彼の者に放恣を与えよ」
そう唱えると、式紙、否、紙に書かれた呪字が反応するかのように光を放つ。
そして、
パキン
と音を立て、鎖と足枷に亀裂が入り、割れた。
「嘘・・・」
アリスは信じられないと言うかのように、足を見、手首を見る。
鎖と足枷が、自身の手足から外れた。拘束していたあの忌まわしき玩具が。
一方、ビショップは鎖で赤くなったアリスの手をとり、
また、別の式紙を取り出し呪いを唱えた。
「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ。
この者に安らぎを」
先ほどとは違い、まるで蛍のような、淡く優しげな光に包まれる。
刹那、アリスの手足の赤みは引いていた。
未だ、アリスは手足を凝視していたが、やがて顔を上げ、
「ありがとう」
と微笑んだ。
ビショップやたらと出張ってますね。
ちなみに今回の式術の呪いは、
真言(マントラ)とよばれる言葉をお借りしました。
真言とは↓
密教で、仏・菩薩などの真実の言葉、また、その働きを表す秘密の言葉をいう。
〔Yahoo!辞書参考〕
「オン バザラ アラタンノウ オン タラク ソワカ」は虚空蔵菩薩という空を管理する菩薩の真言です。
この真言を毎日100万回、100日間唱え続ければ飛躍的に記憶力が増大するとされます。
「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」は薬師如来というその名の通り
医薬を司る仏で、医王という別名もあり、衆生の病気を治し、安楽を与える仏の真言です。
興味のある方はまた調べてみてください。
アリスという洋風な話にこんな渋い宗教知識、失礼しました。