28.女王の決意と王の決断 後編
〜女王の決意と王の決断2〜
城の最上階から飛び降りたが、スペードが死ぬことは無いだろうとハートは思う。
(・・・“彼”も付いているしね)
と、その時突然「入るで!」という声がしたかと思えば、
ダイヤとクローバーが室内に入ってきた。
「スペード!ナイトメアを反響の国に!・・・ってあれ?」
今日一日駆けずり回っていたダイヤは肩を上下させている。
息を落ち着かせてから問う。「スペードはどこや?」
ハートはというと窓に手をかけボソリと小さく言った。
「アリスを救出に行ったわ」
その言葉を聴いた瞬間、ダイヤは目を剥いた。
「どういうことやねん!ハート!!」
ハートの肩をつかみ強く揺さぶる。
その激しさに、ハートは気絶しそうになった。
「ダイヤ、少し落ち着け」
クローバーが咎めると、ダイヤはパッとハートを離す。
ダイヤの瞳には焦り、ともいうべき感情が宿っていた。
そんなダイヤをクローバーは横目で見やり
「で、どういうことだと?」
と、物静かに訊く。
ハートはクラクラするのか暫く黙っていたが、やがて口を開いた。
「兄さまはアリスが好き。ソレは知っているでしょ?
・・・だから例え地位を捨ててでもアリスを助けに言ったのよ」
流石にこれにはクローバーも驚きを隠せない。
だがすぐに気を引き締め、キッと前を見据えた。
「・・・勝手なことをしてくれたもんやな、スペード。
地位を捨ててでも・・・?ふざけとるん?」
「そうだな。王なんて地位を、スペードがやらねば誰がやるというのだ?
甘えたこと、言うものだな。今の王とやらは」
2人の声には怒りに似た何かが篭っていた。
そうだ、2人は怒っているのだ。
王位を捨てても・・・なんて馬鹿げたことをいうスペードに対して。
「ま、今文句言うても仕方あらへんし、説教は後回しや。
クローバー、ナイトメアに伝えるで」
――自分達もナイトメアに同行するということを。
隠されたその言葉をクローバーは正確に読み取ると、
作業に戻るため走って部屋を出ようとした。
「待って」
しかし、そのハートの声に2人は足を止める。
ハートは静かだがよく通る声で言った。
「兄さまが・・・反響の国へ行って良かったわね。
これであなた達がアリスを助けられるから」
「・・・どういう、意味だ?」
ゆっくりと振り返ると、そこにはハートの不敵な笑みがあった。
やはりスペードとは兄妹だ。
スペードが良からぬことを考えているときの笑顔と似ていた。
「兄さまは知ってるわ。クローバーとダイヤはアリスが心配で仕方無いってことを。
でもあなた達は王の近衛と補佐。王の傍を離れるわけにはいかない。
だから、兄さまが反響の国へ行ったことにより、あなた達も反響の国へ行ける。
・・・兄さまを捜すついでにアリスも捜せる。まぁ、アリスを捜すついでに
兄さまを捜す、かもしれないけどね」
「あんた、ほんまにハートなん?」
いつもとは違う様子のハートに思わずダイヤは呟いた。
ハートは笑いながら
「脳ある鷹は爪を隠すってのはあたしのためにあるような言葉なの!」
と言い放った。
やはり、ハートはハートだった、とも2人は思う。
「もぅね、あたしは爪をかくしたりしない!第一、宝の持ち腐れだしね!
・・兄さまは死んでも、王位を捨ててもアリスを守ると決断したの。
だから私も決意した。本気で黄昏の国の女王として働くことを」
王は危険を冒しても反響の国へ行くと決断した。
例えそれが、多くの人物に迷惑と心配をさせても。
女王は今ここに、黄昏の国のために“女王”になると決意した。
女王のように気高く、それこそ母のようになると。
ハートはぐっと胸の前で握りこぶしをつくって、祈るように瞼を閉じた。